駅前フレイム
前の2話が改されましたが、投稿した後に、ちょっと思うことがあったので、一字下げにさせてもらっただけですので、ほとんど変わりありません。あ、この文頭下げてない……。
さらに追記(2010/09/05)。
本格的に改稿(むしろ気分転換)しています。思いの外修正したくなる箇所が多くて早くも挫折気味ですが、読みやすいようにするつもりなのでどうかお付き合い下さい(まあ、ほとんどご新規さんだと思いますが)。
朱夏が普段と違う姿、いわゆる、炎みたいな髪――いくら二番煎じでもこれはひどいな……――で現れたことに驚いた僕だったが、対して僕を襲った男は朱夏を認めても、平然そのままの態度で対峙していた。
「おーおーよくこんなしつこく追いかけてくるなぁ美少女ちゃん。惜しいのは大人の俺がロリコンじゃあないって所ぐらいだ」
男は上半身裸のまま、そんなことを口にした。
しかしただならぬ怒気――そんな感情、僕は今まで見たことがない――を発した朱夏は芯の通った声を出す。
僕は自分が胸に致命傷を負ったのもすっかり忘れて――後から思えばどっちでも構わなかったのだが、倒れたままその様子を見ていた。
「そんなことはどうでもいい!」
さらにその怒気に呼応して彼女から熱気が溢れた。
その、実在する気迫は僕にまで及ぶ。
いつしか、燃え盛る火を切り取ったようなその髪と同じ色の炎がどこからか現れ彼女に纏い、練り上げられていく。
「はあぁっ!」
手に集められた炎がさながら息吹となって男を包み込んだ。
その躊躇いのない『殺せる』攻撃に、僕は場違いにも、止めようと身を起こしかけたが、間に合わない。
僕がそれを認識したときには男はもう、火の中だった。
無理だ……火だるまになって生きられるはずがない。
と、真っ当な人間であるつもりの僕はそう思っていた。
しかし、十数秒続いたその放射に晒され、過ぎ去り――しかし男は平然としていた。
「おいおい……いきなりとんでもねえことしてくれんじゃねえか」
そう言う男の前面は、黒く焦げた『ウロコ』のような物がびっしりと張り付いていて、挙動、言動によってぼろぼろと、ぱりぱりと、表面から剥がれ落ちる。
そして、続ける。
「俺も暇ってわけじゃあねえんだ。ほんじゃま、そういうことで、帰らせてもらうぜ」
先程の朱夏に匹敵する速さで走り、跳躍。
垂直なはずのビルの壁をその両足だけで飛び登る。
ついにその姿は建物の裏に隠れて見えなくなった。
朱夏はただ、焼け焦げた残りのかす……男がいた位置を見つめていた。
追わなかった。
それがどうしてなのかは僕には分からなかった。
……というか、誰か僕にこの状況を説明してほしい。
ああ……その前に、僕は胸のどこかを貫かれていたんだっけ……まずいな……死ぬのか?
「…………」
そんな風に朱夏を見ながら僕はぼんやりと意識が薄れ――なかった。
世界は、相変わらずモノクロだった。
「いつまで寝っ転がってるの」
「……えっ? あれ?」
呼びかけられ、目を開けると朱夏が不遜な(という表現をする僕こそ不遜か?)態度で見下ろしていた。
その瞳は紅く、吸い込まれそうな炎の色だった。
いきなりパクりだよな……大丈夫かこの物語?
そんな心配をする僕に、朱夏が鼻を鳴らした。
「そのナイフじゃないの?」
あの男に抉られたあたりを確認すると、胸ポケットがさらけ出され、その中に確かに家から持ち出した刃渡り7センチのナイフが刃こぼれ一つ無いまま、革製のベルトでグルグル巻きにされた鞘――さすがにこっちは裂けていたが――にくるまれていた。
…………。
「でたらめな助かり方だ……」
どうやら、心臓の手前で盾になっていたらしい。
映画とかでよくある、形見の品が胸の前で銃弾を受け止めるシーンを思い出し、自分もその一人になったことになんだか普通に生きていないような気がして悲しくなった。
なんとか、命を繋いだらしい……。
人生二度目の命の危機を脱したことに(一度目は交通事故で車に跳ねられたときだった。以来左折する車にはめいっぱい気をつけている)ほっとしていると、朱夏が周りを見て、また僕の方を向いた。
「あと、そろそろ元に戻るから変な目で見られないように気をつけてね」
「え……?」
聞き返したときには、すでに朱夏は何事もなかったように歩き出していた。
すると今までの殺伐、静寂、くすんだ世界が、ぱっと嘘のように元に戻った。
元通り、人がそれなりに通る、鮮やかな駅前の大通り。
希薄な人間関係しかない人の声より道路から唸る音の方が大きい、いつもの風景。
……誰も気付いていないのか?
よくよく考えれば、今のことがあったのに、何のパニックも起きていない。それが僕の疑問に対する状況証拠だった。
だとしたら、何で僕がこんなことに。
その答えが、近くにいる。
「ま……待てよ!」
しかし、遠くではあったが聞こえていたはずの朱夏は、決して振り返らなかった。
場違いに大きな声を出したことで、一時衆目を集めたが、そんなことに大して構ってはいられない。
僕はすぐに追いかけたのだが、一発目の曲がり角で振り切られ、初手からすっかり見失ってしまった。
……よくあるよな、こういうパターン。
「なん、だったん、だ……?」
獅子島朱夏のことも含めて、あまりに荒唐無稽なそれらの光景は、しかし僕にとって、すっかり、認めがたい現実となってしまった。