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灰色のバックソード  作者: Hegira
第二人
20/95

廊下ワンダー

「おお、今日はまた美味そうな弁当だな。いいよなあ、親ができる人だと」


 午前の授業で集中砲火を浴びせられたことなど、どうということないかのように、それこそいつものことであるように、打葉は僕の席に弁当の蓋を置いて昼食を始めた。


「この間おまえの話したこと言ってみたらマジで晩飯にマーボーカレー作ったぞ、あの母親」


 知る人ぞ知る、単なるネタ。

 というか実際に作られたことがあるらしい。


「お、どうだった? 美味かったか?」

「どうも比率が悪かったらしく上手くいかなかったみたいで、どっちかって言うと豆腐カレーっぽかった。しかも少しドロッとした感じの」

「ほぉ……」


 打葉は僕の感想に興味を持ったような相槌を打った。


「次は成功させるみたいだ」

「いいな、それ食わせてくれよ」

「晩飯の残り物扱いで詰めてもらうか」


 と、約束を交わして、


「ところでこの間、闇と光の対立っぽいこと話したよな?」


 切り出してみる僕。


「ああー、なんかそうっぽいこと話したな」


 と、特に訝しがることなく打葉。


「あれに関連する訳じゃないけど、正義ってどう思う?」


 ちょっと思うところがあるので、意見を聞いておく。

 別に僕は誰かの考えが聞ければ良かったので、相手が筑紫でも、まあ家の人はハズいからパスだとして……浪雅でも、それこそこの間の川井窓枠や、八木尖刃でも良かった。

 一人、絶対に聞かない奴がいるけど。

 そいつは、正義を道徳とごっちゃにしていたから。

 今は多分、耐えられない。

 まあいずれ向き合うけど。


「正義?」

「そう、海軍本部の連中が恥ずかしげもなくコートの背中に背負ってるやつ」

「ああ、あれ」


 『ああ、あれ』って、他に『せいぎ』という単語にどういう誤解が生まれるんだ。

 例えを出した僕も僕だけど。


「俺はなあ……正義ってのは逃げだと思う」

「…………」

「お前だから話すけど、俺の敵はな、皆正義を口実にしているだけで、やっていることはただの憂さ晴らしだ」


 逃げ。

 人間誰しもが感じる、ストレス、その捌け口。

 その為の、正義。

 そういう考え方も、あるか。


「多分俺が例えば転校していなくなっても、そいつらは別の奴にターゲットを変えるだけで、俺の思い出なんかはもう、去来しないだろう。だから俺はここまで耐えるし、逃げも隠れもしていな――かった」

「かった?」


 なんだ?

 過去形?


「ああいや、気にすんな――」


 と、すんなり打ち切ろうとして、


「おーい鬱、ちょっと来てくれないかー?」


 などと、『打葉を討つ会』とか嘯いたりする(当然流行らなかった)グループの頭的存在が、打葉に声をかけた。しかもみんなに聞こえるようにアピールするぐらいの声量で。

 僕は立ち上がって軽く睨みつけ、そいつを気持ちびびらせることにどうやら成功したが、それ以上は打葉の行動次第だ、と打葉を見ると、また打葉は、拒絶、というか観念したように首を振った。

 幼稚園の頃、深入りをして痛い目を見て、小学校でそれ以外のやり方で助けられた僕としては、その時点で踏み込むという選択は消された。

 そのまま、打葉は僕の目の届かないところへと、教室から連れられて出た。

 ……あ、弁当食い終わってる。といった即時的な感想もあるのだが、それを述べることによって、意外と台無しな空気になった。

 台無しついでに、学校に着いてから放置されてきた(だって学校でだと会話しづらいんだって。今までが今までだし)朱夏の方を見ると、朱夏も打葉を見ていた。

 ただし、その目は虐めを許さないといった、道徳的な正義で敵――つまり悪、を見る目ではなく、『いかにも様子が怪しい奴を見る目』だった。

 そして、それが角度を変えて僕に向けられたときは、多少驚いた。

 ……え、何ですか? 朱夏さん。


「行ってみよう」

「え? あ、まだ食べ終わってな――」


 い、と言う前に僕は教室からいなくなっていた。俊敏だった。いや、シュビビーンだった。

 直前、クラスメートが驚いた顔をしていたが、あれは朱夏の行動に対してだろう。何せいきなり僕なんかを連れ出すんだから、普通は一体何があったのかと勘繰るだろう。僕でもそうする。

 ……ああいや、『普通は』とか言うけど、僕が普通ではないことは重々承知している。

 何せ、ガラスに切り裂かれまくっても痛みを感じた次の瞬間には治ってたんだから。

 さすがにそれを普通とは言わないだろう。

 で、その『普通ではない世界』の先輩とも言うべき朱夏はというと、僕を引きずって廊下を歩いていた。僕はブッシュベイビーの置物か。

 僕が制服のダメージを嘆いていると、朱夏がいきなり、


「怪しい」


 と一言。


「怪しいって……あいつらか? 別に普段通り――」

「そっちじゃない。統那の友達の方」


 と二言。

 僕の呼び捨てはともかく(一応、幼なじみだからありだろう)打葉のことは固有名詞で扱ってやれよ……とは言えない僕。朱夏のシリアスむんむんな雰囲気がそうさせない。

 ……朱夏とは、大概シリアスな会話がテーマだった気がする。


「打葉? まあ、最近僕の手を借りないなー、とは思っているけど」


 四つもあるんだから、一つぐらい全然オッケーなんだけど、とか冗談を織り交ぜながら話すが、その辺は見向きもされない。


「ちゃんと目を見て話してた? あれは何かやらかしそうだった……何か嫌な予感がする」


 と三言。

 ここに来てようやく僕は、体勢を整えて無理矢理立ち上がる。

 というか朱夏がこのまま僕を引きずって現場に到着しそうだったので、さすがにそれは絵にならないだろうと思ったからだ。

 別に見た目を格好良くしたいわけじゃないが、制服が傷つくのはもういやだったのだ。

 母ちゃんが夜鍋をしているのを知るなんて思いはもう十分だ。かなり申し訳がなくなる。

 僕の抵抗で一旦立ち止まることを余儀なくされた朱夏は焦りを含めた表情で目を細くして僕を見た。

 ……うん、そんな表情も可愛い。

 勿論こんな状況(具体的には廊下の角で二人きり、とか)で口に出す訳がない。それこそ品がないだろう。さすがに心、の声が漏れるという使い回しというか、使い古しは無かった。幸運にも。

 ……良かったー!


「…………」

「えっと朱夏さん? 何か……」


 まさか、顔に書いてあるとか!? 実際有り得ないのに!

 ちくしょう、世界の法則はどうあっても僕に牙を剥くのか!?

 シビアだ!


「まあいいや……今はそんなことしてる場合じゃないし」


 『まあいいや』だってさ!

 やっぱりバレてる!?

 僕との会話は……まあそんなことですよね。この場合。

 それに割と緊急事態な気がする。

 僕はずるずると引きずられたズボンの汚れを落とし(ごめんよ僕のプロテク継ぎ接ぎズボン……)周囲に異変がないか窺う。

 ちなみにプロテクは、プロ並みのテクニックという意味と、プロテクションという単語を掛けた、思いっ切り日本でしか通用しそうにない略語である。

 呑気に僕が括弧の中身を説明していたその時、


 バガンッ、という音が、少し向こうのトイレの方から聞こえてきた。


「統那!」

「わかってる!」


 僕たちは咄嗟の判断で駆けだしていた。

 ……こういう速さも色採のものだろうか?

 と、お決まりの、異能者が強くなってますよ的な解説を言ってみたり。

 そんな内に、駆けつけることができた。


 果たして、


 朱夏の予想は当たっていた。

 僕が先頭になって這入った男子トイレの中には、打葉と数人の気絶した生徒――まあ、ぶっちゃけいじめっ子ってやつだけど――がいた。

 ただし、双方とも普段とは違い――変わり果てていた。

 片方、人数の多い方は、和式洋式を問わずにトイレの個室に放り込まれていた。

 効果音がしたのは、どうやら閉じこもった一人を、ドア越しにというか、鍵を掛けられたドアを突き破りながら殴った音らしい。丁度それくらいの穴が見事に開通していた。

 もう一つの方、こっちの方がむしろ変わり果てていた。


 麻倉打葉はその輪郭の周りから、藍鉄の色を揺らめかせていた。

 その意味するところは、一つしかなかった。


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