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灰色のバックソード  作者: Hegira
第二人
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教室トーメント

 登校直後、教室に入った僕はいきなり、見たくもないものを見た。

 麻倉(あさくら)打葉(うつは)・高校二年生。

 ……いや、そういう風に言ったが、打葉が見たくないわけではない、その周りの状況が、だ。


 打葉が別のクラスの生徒に、殴られていた。


 それは僕が初めて見る光景と言うわけではなく、たまに見かけることはあるのだ。僕の目が離れている時に――逆に言えば僕なんかが近くにいる時は起こらないのだが――打葉はこんな目に遭うことがある。

 一応断っておくが、僕は能動的な干渉や深入りは絶対にしない主義の人間なので(へたれ、に近いかもしれないけど)、打葉が自発的にでも話してくれない限り事態を把握することはない。つまり、打葉が話さないので、僕はこの件に関して打葉が一人で抱え込んでいる内は無駄に干渉しない、ということだ。

 本当にまずいなら助けを求めてくればいいのだ、と僕はある種の楽天的な考えでこの事態を見てきた。

 言い訳みたいと言うか、言い訳そのものなのだが、僕は決して見過ごしてきたわけではない。待ちではなく、常に受け身の姿勢でいたのだ。換言すれば、僕は降り懸かる火の粉を払う事ぐらいはやっていたけど、消火活動にはあたらなかった。

 だから、この時僕がやったのもそれに準ずる形で、あまり積極的とは言い難いものだった。


「おい、何やってんだ」


 年相応の、安っぽい喧嘩腰の声を出して、自分の存在を示す。

 打葉を囲んだ四人の男子の全員が僕の方を向き、


「ちっ、『時間切れ』か……行くぞ」


 立ち去る。

 どいつもこいつも僕に××××××(これを言うと当時の僕の担任……というかPTAあたりがヒステリックになるから伏せ字)をやられた記憶を思い出しながらというか、思い出してるくせに、僕が深追いしないのを良いことに悠々と引き上げた。

 何というか、自適だなあ、と思う。

 自己中、とも言う。

 それと、××××××は誰でも知っているような単語で××××××に大した意味はない。強いて言えば、痛めつける部類で、多分みんな知っている。ドキュメントで扱われているのを見たことがある。カタカナ六文字。僕はこれでも結構黒い。

 いや、灰色――だったか。

 それにしても奴らは見ていて、というか描写していて気持ちいい存在ではないので、僕は打葉の方を向く。

 打葉は丁度起き上がるところで、その顔を僕に向けた。……案外顔が無事だった事に僕は感心した。

 その面、大事にしておくと良いことがあるぞー……っと、矛盾しているんだった。それは。


「いやあ、悪いな、いつも」

「そりゃあ目の前であんなことやってたら放っておけないって」


 一回あいつらが刃向かってきた時――本当、言葉通りというか文字通り、全く僕に敵いっこない表現だな――僕はそれを当然、ねじ伏せたのだ。

 だけどそれ以降は、僕はまるでパトロールの警官扱いだった。

 僕はそれでもいいんだけど、それより問題なのは、打葉はなんだって『何もしない』のかということだ。

 ――どうして抵抗しない?

 そんな僕の心情を余所に、打葉は僕の『放っておけない』発言に何かを感じたのか、


「良い奴だな、お前は」


 などと、今の僕にはとても重い言葉を言った。


「…………」


 僕はしばし、黙ることしかできなかった。

 以下、ちょっとシリアル……いや、シリアス。あれ、シニカルだっけ?

 ゴメン忘れて!

 ……ゴホン。

 僕は、打葉の台詞に対し、思う。

 違う。僕は絶対に良い奴なんかではないんだ、と。

 僕はただやりたいようにやっているだけで、ましてや昨日の僕は人生最悪の僕だった。

 なんたって、これでも、簡単に、言うけど、ついに、もう、人殺しに、なったんだぜ。

 もう僕は、何時何処で誰に何にどうやってどんな理由で殺されても、文句を言う筋合いは無い。

 ……なんて、そんな覚悟、昨日の内に固めたけど、こんなちっぽけで当たり前の事、それこそ何時何処でも誰にも何にもどうやってもどんな理由でも、言えない。

 殺人。殺刃ではなく、殺人。

 さすがに、そこだけは、それこそ、真剣に、考えておかないといけない。

 僕は他人の事をよく真似るのだが、本当に取り返しの付かないような都合の悪いことから目を逸らすような人の真似だけはしたくない。

 罪は詰み、罰はバツ。巻き戻し(まった)は無いし、烙印(バツじるし)も消えない。これも当たり前のことだ。言うまでも、言われるまでもなく。

 だから、僕はそれを軽んじた八木を憎み、立場を追いやった。あたかも罪も罰もないように振る舞うあいつから場所を奪い、自覚を持ってそこに座り込んだ。

 罪とか罰とかそれ以前に、そこに法があるかどうかは、また別問題だけど、僕はそこまで考えが良くないのでこの辺で勘弁。

 とまあそんな訳で、僕は既に良い人ではなく、ただの正義なのだと思う。しかも酷く個人的で矮小な、そして誰かにとっては悪となる、正義だ。

 だって最終的な所は――――ああ、そうだ、今回のサブテーマは『正義』だからそこのところ、よろしく。


 とまあいい感じに僕の言語が崩壊してきたところで、僕のこれ以上無いくらいに不真面目に真面目な話は一旦、中断。

 僕が打葉に返事をしたところから話を再開する。


「まさか、普通だって。それよか、大丈夫なのか?」

「まー、大丈夫なんじゃねーの」


 僕は本当に、力を加えれば加えるほど反発する、抵抗力のように――むしろ力を加えるほど傷つける、剥き出しの日本刀のような感じかもしれないけど――追い払うだけなので、この辺はあまり深く追求しない。

 事実、打葉はこういったいじめで骨折などの入院ものの怪我をしたことは無いし、不登校になったこともない。実際、今もけろりとしたように僕の目には見えている。

 僕はしてほしいと言われないと、してやらないんだ。

 そんなお節介の反対の僕に、打葉はこう付け加えた。


「ホント、これ以上はいい。一人で大丈夫だ」

「……え?」


 初めて、拒絶された。

 その真意に気付くのは、その日の昼休みだった。


真面目に不真面目と不真面目に真面目、どっちがマシなんでしょう。

前者は『おっはー』の人が声優をやったキャラクターのものですが。

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