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灰色のバックソード  作者: Hegira
第二人
16/95

登校ネイバーフッド

字数多めですが、多分さっと読めます。

 何かの気まぐれで、僕こと四手(しで)統那(とうな)・高校二年生は、八木(やぎ)尖刃(せんば)・土木関係の仕事人(推測)との事があった次の日、向かいの玄関から、獅子島(ししじま)朱夏(あやか)・高校二年生が出てくるのを待っていた。

 そして、おはようと挨拶を交わし、


「…………」

「…………」


 ………………。

 それから、『……』の、百倍ぐらい時間が過ぎた。

 しかも何故か決闘のような空気の中で見つめ合って、というか、互いの目線を合わせてそっから目を逸らしたら負けという精神耐久ゲームをやっているようだった。ただし欠片もロマンがない。

 正直な所を言えば、こっからどうやって自然な流れに持ってこようかとかその辺の会話運びを全然考えてなかった。

 初手:エラー。

 どうしようもなくしくじった。ああしくじったさ!

 なんかもうこのまま朱夏にスルーされるんじゃないかって所まで沈黙が続いた。というか僕が声をかけないといけないんだっけ、こういうとき。

 ここにきてようやく僕は動きだそうとしていた。

 しかし次の一手は、朱夏とは別の所からきた。


「おっと、統那じゃないか」


 僕と朱夏は、同時に僕から見て左方向へと振り向いた。

 慣れ慣れと僕の名前をいかにも適当というかフランクに口に出したのは、


浪雅(ろうが)……」


 彼女……そう、名前からは想像もつかないが、彼女は夜天(やてん)浪雅・フリーター。

 その格好いい名前の彼女は僕の通っている高校のOGらしく、どこかの体育大学を卒業したらしい。

 今日も今日とて質の良さそうな、しかし刻々と時刻を刻み続けてすっかり貫禄の出たジャージを身につけて、今はジョギング……などと健康愛好家みたいな事をしていたらいいんだけど、僕は不幸にもそんな姿を見たことがない。

 つまり、いつも右手に携帯左手にビニール袋のコンビニ帰りという出で立ちで僕の前に現れるということだ。

 ちなみにジャージは上下で数万はしたらしい。ぼったくりじゃないのかとか色々と思うところはあるんだけど、僕にそんな口出しができようはずもない。

 できたからといってあまりする気もないけど。

 その浪雅は「んー」と何事かを考え、


「いきなり呼び捨てとはご挨拶じゃないか」

「失礼しました夜天さん♪」


 僕の最上級の営業スマイルが炸裂。

 カウント、ノーダメージ。


「本当にご挨拶だな。さて、どうしたものか……」


 いきなり僕の生殺与奪が決められようとしていた。

 というかこうやって彼女のコンプレックス(はっきり言って武士っぽい。男っぽいとか以前に)を突っつくぐらいしか僕の彼女に対する抵抗手段はないのでこれくらいは許してほしいと思う。

 それ以外では僕の分が悪いんだから。


「そうだ、挨拶がまだだろう。ほら」

「ほら、って……」


 確かに、最初から名前だけというのは失礼なのかもしれない。僕は最低限のことぐらいはするべきか、とぎこちなく首だけで軽くお辞儀した。


「……おはようございます」

「おはよう♪」


 それを期待されていたのか、にこりと挨拶をしながら微笑んだ。そして浪雅はおもむろに朱夏を見た。なんか得意そうにフフンとしながら。

 それに対してなんと朱夏は怪しむような視線を……僕に向けた!?

 何で僕なんだ!?


「……ふーん? これは私に対する当て付けって事でいいのかな?」

「どういうことだ!?」


 挨拶が!?

 おまえにはちゃんと最初からやっただろう!? ミスったけど!

 悪いが全くもって僕には分からない、というか当て付けってなんだ!?


「おお? うーん、……成程。結論として、統那は隅に置けないってことか?」


 一体僕が何をした!?

 挨拶か!?

 挨拶なのか!?

 というか隅に置けないって何かの決まり文句だったような……なんだっけ?

 そして浪雅の奴は僕を見て、鼻を鳴らした。見る間に僕の状況だけ悪くなっている気がする。しかも僕だけがわかっていないっぽい。


「それに何だその顔は。鳩が食らった豆鉄砲みたいな顔をして」

「どんな変顔だ!?」


 豆鉄砲みたいな顔ってひょっとこぐらいしか思い浮かばない。銃口をイメージした感じの。

 ちなみに、僕の変顔レパートリーはひょっとこ、般若、悪尉に三日月……ちなみにとんでもない嘘だから信じないでほしい。僕なんかにジャパンの伝統芸能・能が出来るはずもないじゃないか。


「ああ、鳩が豆鉄砲を食らった、だったかな、そういえば」

「うっとおしいから鳩から離れろ!」


 それに現代っ子は豆鉄砲を知らないんだから図解してくれないと話にならない、ってこれ論点からズレてるよな〜……などと、僕は地の文なら多少ピンボケしても全然良いや、などと平気でそんなことを思っているらしい。


「む、鳩が違ったか……となると、九官鳥か?」

「僕が言ったのはクイズのヒントじゃない!」


 鳩から九官鳥。随分な変化だった。


「ふう、甘いな統那。どうしてそこで鳩と九官鳥が似ていると気付かない。私は悲しいぞ」

「どういう事だよ……あ」


 よく考えると『鳩』の間に『官』を詰めると『九官鳥』だった。……こいつ、(そら)でそんなこと考えられる程に偏差値高かったのか?


「いけないなあ。いくらフリーターで普段はこんな……まあサラリーマンには似合わない格好をしているからと言って、私を見限るのはいけないな」

「そこまでは諦めてない!」


 いくら僕でも、少なくとも自立できているのを認めることぐらいは出来る。

 本当、僕に出来るのは自律ぐらいで、いつまで経っても自立できないんだからもうここだけは他人を尊敬するところだ。

 と、僕が感心していると、


「あ、違ったか。見くびるのはいけない、だ」

「やっぱおまえ頭悪かったな!」


 ああ、僕の錯覚は幻だった。

 そしてすぐに錯覚と幻、どっちでもいいことに気付く僕。

 それと今の内に言っておくと、僕はこの年上に対してはなんとも酷い言葉遣いをしているが、これはまあ、初対面の頃ぐらい、過去の――僕が他人に対して何の思慮も持てないような、自己中小学生だった頃の――名残なので、今更改められないだけなんだ。

 自己中の中学生にはならなかったけど。


「何を言うか。私の卒業した大学は……あれ、どこだったか」

「おまえは近くの体育大学だよ! 頼むからこれ以上後輩を失望させるな!」

「全く、ろくなもんじゃないな。私の人生は」

「まさか母校を忘れるなんてそうそうない人生だろ……」


 一番最近まで通っていた教育機関を忘れるって、履歴書に合わせる顔がないぞ、それ。

 僕ぐらいのどうでもいい奴に合わせる顔はあるけど。

 何か話題が、僕の個人的興味の領域からしてどうでも良い方面に行きつつあるので僕は切り上げるタイミングを探した。

 切り上げるのは、多分得意だ。


「さあ、学歴なんて詐称してしまおう」

「捕まる!」

「では査証」

「いや、どこどこを卒業したからあなたにはこんな特権が実は〜、とかないから今から調べても無駄というか」


 自分の読解力に感心しきりだった。

 それよりも、なんと僕は切り上げることができていない。


「ふむ、やはり学歴なんてものは些少だったと」

「結局それが言いたかっただけだろ!」


 なんと彼女は駄洒落が大好きだった。

 案外筑紫と気が合うかもしれない。


「さあ少年、そんな制服とはおさらばして一緒に働こうではないか! 私の方は既に君を受け入れる準備が整っている!」

「今時何の取り柄もない奴の高校中退がどれだけ就職危ないか知ってるか!? というか僕は独立出来ないのか!?」


 そして『そんな制服』とか言うな!

 これは僕の母さんが一晩で直してくれた大切なものだ!

 ……いや、純粋に感謝の気持ちだ。マザコンではないぞ僕は。

 それにしても、最近どの方向も行き過ぎが掘り尽くされた感があるからなあ。今更マザコンもどうだろう。


「まあまあ、よいではないか〜」

「あ〜れ〜、ってうちの制服に帯は付いてねえ!」


 二人で寸劇を披露して、それを僕が断ち切った。

 僕の人生では結構レアなノリ突っ込み。こんな所で披露してしまった。

 どうやってか、いつの間にやら剥ぎ取られた制服の上着を僕が取り返していると、浪雅(やっぱり女子の名前にしては格好良すぎる)は周囲を見回した。


「――と言っている間に彼女はどっか行っちゃったな」

「いきなりなんだ――って本当にいなくなってる」


 朱夏の姿は忽然と消えていた。どうやら愛想を尽かされたらしい。

 ……さ、寂しくなんかないぜ? 僕はMr.ダット(=脱兎)と言われたことがあるけど(当然流行らずにすぐ下火になった)寂しさでは死なないぜ……。

 と、またしても自爆。

 本当に僕は地の文で自由だな……翼でも生えてんのか?


「おー、振られたかな?」

「何かを誤解している!?」

「ん? 付き合っていないのか?」

「そんなこと身持ちが素晴らしく素晴らしい浪雅さんに言われたく……いえ全くの誤解にして何でもないです僕は戦争反対です」


 後半は(誰にとは言えないが)言わされた台詞だ。その台詞を聞いて浪雅は、


「うむ、良い心がけだ。まあしかし結局、君は私を求めずにはいられなくなるから、その辺の覚悟だけはしておくといい。では、機会があったらまた会おう」

「昔からそう言うけど、何なんだその自分自信な台詞」

「おお、なかなか上手いこと言うな。そう、私には自信があるんだよ。だから生涯フリーターなのさ」

「嫁いで養ってもらう気満々かよ!」

「そうとも言う」

「頼むから僕以外にしろ!」

「まあ、考えておいてくれ」


 そして、来た方とは逆の方に通り過ぎていった。

 ……しかし、僕はおそらく未来永劫、彼女には萌えないだろうな、と溜め息をついた。


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