欠落ライト
「この、僕だぁああああああ!」
叫んだ僕は、今以上の力で柄を握りしめた。
刃から力を引き出そうとするかのように。
すると、僕の中からではなく、握った手の先から、
「……!? 本当に何か湧いてくる……?」
それは、色採として(?)増強された体力のような、動きに直接関わるようなものではなく、目に見えるものでもなかった。
カン・技術・境地・思考・流れ・方法。それらをごった混ぜにしたような、『戦い方』とでも言うべきなのか、奇妙な知識だった。
それが『流れ込んで』くるのが、分かった。
それは紛うことのない不思議だったのだが、今の僕に余計なことを考える時間も、余裕も無い。
「……おまえが先か。まー、どっちも同じか。……さて、じゃあ希望にお応えして今度はどこに吹っ飛ばしてやろうかなぁっと、っよ!」
八木は最初の加速で後塵を巻き上げながら僕へその勢いのまま迫り、僕の右側から、つまり左腕の指を鉤爪にした掌底をかちあげるように僕に送り込む。
僕は――というより体が勝手に――それを左へ避けながらナイフを逆手に持ち上から突き刺す勢いで下ろした。狙いは右腕。とりあえず当たればいい、という一撃。そして、そのまま当たった。
だが、またしても表面で受け止め、逸らされ、弾かれた。その後の左腕による反撃をなんとかバックステップでかわして距離を取る。
その瞬間、見た。
腕が水晶のよう……いや、もっと複雑な輝きをしている。
「ダイヤモンド、か……?」
僕の問いに八木は、
「おー、当ったりぃ」
などと『大当たり』なのか、『感心した声→当たり』なのか分からない返答が返ってきた。
「それが『形取り』の異能、って事か?」
「あー? 知らなかったのか? おまえ……いや、シデ君だったなあ、予習しろっての、そんぐらい」
こっちは暇じゃなかったんだよ、とは言っても聞いては貰えないだろう。
しかもおまえは教育課程には含まれていないはずだ。歴史の教科書に載っているのか。
それにしても……ダイヤモンド、か。
かなり、いや、一番相性が悪いかもしれない。
「というわけでおまえに俺は切れねえ。……と悪役っぽく言ったら途端に切れそうな気がしてきたな……やっぱ撤回だ。ほらほら、頑張ったら切れるかもしれないから、コンティニューはまだ出来るぜ?」
ダイヤモンドというのは、言うまでもなく天然の鉱物では世界で一番硬いと言われる石の事で、しかし金槌を振り下ろしただけで砕ける事もあるなど、意外と簡単に壊れたりする馬鹿みたいな石のことでもある。
ここで重要なのは引っ掻きに対する耐性の方で、ダイヤモンドの硬さの神話は『刃物』に対して、今も昔もかなりの力強さを持っているという事だ。
つまり、ナイフの切れ味では切れない。
それこそ、ダイヤモンドカッターでもないと研磨すら怪しい所だ。
「ハイそれじゃあ再開だ!」
言動の派手さに反して、今度は忍び寄るように音のない動きで八木はまた僕の右にずれて襲いかかってくる。僕はさっきまでなら普通の避け方をする所だったが、やはり体が勝手に動き、
「ふっ、と」
自然すぎる動き――しかし今までの度を越して速いわけではない――で八木の背後を取り、八木が反応しきる前に右上にナイフ持って、背中をバツ字に切りつけ、最後に唐竹割りで頭を叩いていた。
驚いたのは、むしろ僕だった。いきなりこんな動きになるとは思いもしなかった。
エイリアンハンド・シンドロームか!? ……かなり嫌だなあ……それ。
「っつあ……あっぶねえなオイ!」
それでも八木はその全てを硬く凌ぎ、不規則に角張った皮膚を輝かせるだけだった。
新たな箇所を切りつける度にそれは増えていく。穴埋めしていくゲームみたいだった。
「これは……いけるか?」
僕は再び動き出した。今度は正面から。
容赦なく浴びせられる八木の両手をすり抜けるように、流れるような、浮くような足捌きで右へ左へ、さらには膝の力を瞬間で抜いて下にもかわしながらその度に腕に脇腹に脚にとナイフを切り刻んでいく。
向こうの攻撃は当たらず、こっちの攻撃は当たるって……僕は何の達人だ? いや、こっちの攻撃は通じていないんだけど。
「っくそ! 何だよてめえ! スルスル抜けやがって、ウナギかよ!」
僕にとっては最早大雑把でしかない動きで両腕をぶん回しながら八木は徐々に焦りの様相を見せた。勝てるはずと見た相手にここまで、見た目だけでも押されているのだから。
その質問、逆に聞けば、おまえは『人間』なのか?
と僕は変なことを思った、と同時に聞いていた。
「なあ、やめる気は、無いのか?」
人を食うことを、である。
「はあ? やめるわけねえだろ! これのお陰で俺は、それまでの人生逆転できたんだからな!」
「逆転、だって?」
つまり、負け犬の思いをしたことがある、ということだろう。
……これは深読みだろうか? 僕は今の所、周囲に対する負の感情というものは、劣等感ぐらいで済んでいるが、この男ぐらいになったときにそれ以上の事があるかもしれない……などという事を考えるのは。
「まあ、ここで語る必要もねえよっと! おまえは俺に理由があることだけ分かってりゃ……いや、それ以前にここで終わらせてやるから分かる必要もねえな」
僕と八木は、そんなやりとりをしながら切り合い殴り合いをしていた。
八木尖刃、おまえは、間違いなく、人間だと思う。
僕がそう認めたとき、八木は僕の一部にようやく、改めて注目した。
それは、僕の右腕。
「おまえ、まさかその右手……使えないって言うんじゃねえよな?」
ああ、ついに気づかれた。
最初から、そうだったのだ。封陣に巻き込まれたとき、僕は左手だけで物を掴む、動かすの動作をしていた。
何故なら、右腕が動かないから。
最初、それも怖かった。
「お前なんか、左手で十分だ……」
僕が精一杯の虚勢を張ると、八木はそれまでの態度をさらに崩し、笑った。
「ふっ……フハハハハハハハ――――っじゃねえ! 全然笑えねえ! スカしてんじゃねえ、カスが!」
八木はそれまでの勢いをさらに増し、一撃一撃に必殺の威力を乗せて僕に襲いかかった。僕は内心冷や汗をかきながらも、スレスレの安心感を持って避けと反撃を繰り返していた。その反撃も、やはり弾かれる。
ああ、戦えるのはいいけど、どうすりゃ決着になるんだよ!?
キレる八木、切れる僕。結局意味は同じなのかもしれない。
切り合い殴り合い、互いにスタミナを消耗していく。
相手の呼吸音すら聞こえてくるようだった。
しかし、拮抗は脆く崩れる。
「いい加減、終われよ、オイてめえ」
「出来るわけ、無いだろっ……!」
ぴしっ。
その音は、八木を打った僕のナイフから出たものだった。
八木から距離を取って確認すれば、刃先はボロボロで、罅が走っていた。
「ハッハァ勝負あったかあ!?」
「はぁ……はぁっ」
そういう八木も僕も一旦、相手の足下にまで視線を落とす。
僕自身、ここまで立ち回るという初めての経験だからか、立っていられるのがやっとの状態になっていた。
八木は、僕に遅れて顔を上げ、自分を睨んだ『一つの目』と、『もう一つ』を見ながら、それまでの戦いからでしか分からない答えを導き出した。
ずっと僕の右を狙った後、たまにフェイントとして左側から攻撃することがあったのだが、僕はそれに対しては、いち早く反応した。
それは、単なる右腕の使用不可能では説明できない。
「お前……まさか右目も見えていないのか!?」
「……ノーコメント」
もう一つ怖かったのは、こっちの方だ。
まさか『左目だけ隠しただけで視界が全て暗くなる』なんて。
世界が変わったことも大分恐れたけど、いきなり自分が欠損していた事も、恐ろしく恐ろしい。
失うというのは、無い事よりもむなしいものだ。
持つ者と無い者の差はその程度でしかない、というのは、僕の持論。
と、前触れ――少し、空気がピリッとするぐらいのだったが――がして、
瞬間、八木がその場で炎に包まれた。
「取り込み中悪いけどー! 誰か忘れてない!?」
離れた所から、大きく響かせた声がした。
「『炎技・離火』……その状態なら、燃えるんじゃない?」