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灰色のバックソード  作者: Hegira
第一刀
12/95

刀七アサンダー

直接的な描写は避けたつもりですが、怪我します。


 僕は未だに竦む体を、無理矢理に利かせた。


「うおっ、とお」

「ぐっ!」

「……!」


 僕は朱夏の前へと色採としての速度で駆け、まっすぐに進む八木の手を、左手に握ったナイフを僕の顔の前に据えて防いだ。

 僕のナイフ(名前はまだ無い)が八木の黒い手を少し裂いたが、その内側、骨にも当たらない部分で、僕の経験上今までにない硬さで、弾き返された。

 八木は自分の皮膚(?)を裂かれた事で、僕は弾かれたことで互いに後ろに一歩下がる。


「おお、なんだ危ねえな。なんだその法律違反? 実は不良だったのか?」

「さあ、ね!」


 僕は間髪入れずに切りかかる。

 八木は歯を剥き出しにして笑い、鈍い黒で妖しく光らせた両手で応戦した。

 僕の右からの袈裟切りを八木は胸の辺り、両手で軽々と受けて弾き、そのまま両手で同時に黒光りする、尖った五指を曲げた掌底を目一杯繰り出す。それを僕はしゃがんで避け、そのまま足を狙って腕を弾けるように伸ばして刺突。


 ガキンッ!


「!?」


 服を突き破り、皮膚どころか、脛毛すら切った感触があったのにしかし、嘘のような硬度でまた逸らされる。


「どらよっとぉ!」


 ズボンが切られていない方の足、八木の左足に晒された僕の頭に、蹴り上げによる回避無用の爪先が初速ゼロにも関わらず、額に、脳に重く響いた。


「かあっ……!」

「ほれもういっちょ、っとなあ!」


 そして、『蹴り上げの勢いだけで』立った僕に、瞬く間の回し蹴りを脇腹から叩き込んだ。


「ぐはぁっ、……ぁぁああああああ!」


 僕は、放物線を無視して、道路を挟んで十数メートル以上は飛ばされた。目指す先は――、


「オラァ! ショーウィンドウのメスマネキンとキスでもしてろや!」


 入り口から、奥に通路を覗かせるカウンターまでが一望出来る、ガラス張りのファッションショップ。その展示スペースに、僕は全身を強く打ち付けながら盛大にガラスを割り、転がり込んだ。

 それは、僕がそうだと認識する、一秒前の出来事だった。

 故に、反応が鈍った。


「うあっ……ッ!?」


 最悪なことに、そのショーウィンドウは文字通りの全面ガラス張りで、店の前後左右だけではなく、上も、下も、本来の天井、床から数センチ離れた造りになっていた。つまり、六つの面すべてがガラス面……いや、違った。五つの面だった。後ろは強度を確保するためか堅く、展示スペースと店内を仕切る面にあたるそこだけがアクリルのようだった。まあ、アクリルかどうかはともかく、そこが異様な硬度を持っていたため、僕はそこに頭をぶつけて朦朧としながら透明な刃の、衝撃で崩れたガラスの(つぶて)の中に身を晒すことになった。


 ばりぃん、

 がらがら、

 がっしゃあああ、


 ガラスが崩れ、


 どすっ、

 ざくっ、

 ぐさっ、


 それが刺さったり切り裂いたりして、


 ぶしゃっ、

 どくどく、

 どろどろ。


 もうどこがどうとか全てを表しきれないくらいに様々な部位から出血。


 いたい。


 踏む。切る。

 降る。刺さる。

 砕ける。裂ける。


 ガラスと僕の、関係。


 痛い。


「いっ、ぁあああああああ!」


 僕は、経験したことのない、全身を切り裂き刺し貫く痛みを骨身にまで実感し、愚かしく更なる痛みを貰うように破片の散らばる床をのたうち回ろうかと至ったところで、


 ――治まった。


「…………え?」


 見れば、無数とも思えるぐらいに、そこに在った傷が、全て嘘のように――つまり在ったことは本当なのだが――消えて無くなっていた。


「…………」


 もちろん、着ていた服(なんと、替えのない制服!)にはガラス片相応に破けた穴が数えられないほどに空いている。そこで、僕は一つの疑問にぶち当たる。


 パンツ、破けてないよな……裂けてないよな……!?

 ……いやいや、だってそれだけはしっかりしておかないと締まらないだろう!? ……ごほん。失言だった。


 それにしても、色採ってのは……回復力まで普通じゃなくなるのか……。まさか何でもありって訳じゃないだろうな……?

 超が付くほど気を取り直し、僕は一人取り残された朱夏を案じて店から飛び出す(シースルーな店にも関わらず女性の下着まで売っていてそれがマネキンにすら上着の下に装着済みという視覚破壊兵器っぷりだったのでその空気に耐えられなくなったこともあるが!)。

 ……僕、半角丸括弧の使い方間違えていないよな?

 いや、それより、無事だろうな……?




 果たして、


 朱夏は、無事でいた。


 ただし、追い込まれていた。


 断続的に火炎放射を放ち、自身は付かず離れずの距離を保ちつつ、バス停の屋根、交番の屋上、または猿のように街路樹の下枝などを跳び回りながら、ヒット&アウェイを繰り返していた。対して八木は降り懸かる火を振り払いながら、鬼ごっこを楽しむかのように、時折何かを軽薄に喚きながら地を駆けており、次々とそれらの建物などをその手でぶち壊しながら――朱夏の足場を奪いながら――追い詰めていた。

 僕は、思わず……ということはないが、叫んだ。


「朱夏っ!」

「統那!? 大丈夫なの!?」

「んんーん〜? 思ったより回復が早かったな……後でゆっくりバラして食ってやろうかってな具合に思ってたのによ」


 追いかけっこをしていた二人の注意が、僕に向けられた。

 注目されたことで再び僕は、僕自身に意識が向いた。

 最初に注意が向いたのは、僕の左手。

 あんな目に遭っても、僕の手には、ナイフがしっかりと握られていた。

 ……どうやら僕は、こんなことになっても『刃物』を手放さない、奇特な人間のようだ。

 まあ普段からその認識だけは既得していて、社会的に危篤なまでに奇特なんだけれど。


「八木、尖刃……おまえの相手は」




 切って切って切り続ける物。


 切っても切れない体、それでいて切る者。


 おまえの性質は僕に似ていて、僕の本質はおまえと相似なのか?


 ――答えは、無い。


 僕は灰色らしいけれど、それはおまえらの色なのか?


 ――応えも、無い。


 僕は、だから『とうな』なのか。


 ――けど、分かった。


 切っても、無理矢理くっつく。


 名前は、大事だったようだ。


 知らない内に、裏の意味――いや、別の意味――が込められる可能性を、否定出来ない。


 ……オーケー理解した。


 僕はほんの一部ではあるが、僕をすっかり理解出来た。

 己を理解すると、竦んでいた体は内なる激越に震えた。

 覚悟は終わり、後は『それ』を使いこなせるかどうか。


「四手統那……この、僕だぁああああああ!」


 僕は、切る。

 切れる。


この主人公、緊張感があったり無かったりしますが、そういう人です。気持ちにだけは余裕を持っています。

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