色採アブソーバー
両腕に虚白を握んだまま、八木はにたりと笑う。にたにたと笑う、でもいい。したり顔は……語感は近いんだけど、外していた。
「よー、やーっと来たか。さっきの邪魔者も居ねえみてえだしよ……ちょっと話そうや。そこの女子高生じゃない方」
……八木のカテゴリでは僕は部分集合なのか?
とりあえずそれは置いといて、無難に僕は身構えながら次を待つ。やがて八木は片手を自由にし、僕を指さした。
放された虚白は、元の色を失い、偽られた色で、歩きだし、見えなくなる。
もしここでこんな目に遭わなかったら、その先にどんな事が待っていただろうか。そのことを思うと、ぞっとするより先に、切なくなった。
「…………」
今度は大丈夫だ。
もう僕の精神は畏れたりしない。
……一人じゃないからだろうか?
まあ、それでもいい。悪くない……よな?
「おまえも『そう』なんだろう?」
『そう』とは、色採の事を言っているのだろうか。
そう分かっていて、僕はしかし反発する。
誰がこんな奴と、同じなものか。
「……少なくとも僕はそっちと一緒にはされたくないね」
「……あーあー。全く、連れねえなあ」
そう言って、もう片方の手をぱっ、と放した。
「おまえ、何で俺がこんな事してるか、分かるか?」
「……!」
その言葉に――朱夏が反応した。僕が分からないという表情を作る前に。
「おっと睨むなよ女子高生。まさか何も知らないなんてのは、とても可哀想だろ? その点、俺は親切だから教えてやんのよ。アーユーアンダスタン?」
その英語、日本ではバツが付くぜ。そう心で付け加えて置いた。僕は野暮ではない。
さーて、と八木は前置いた。
「『俺ら』が何でそんな事をするのかは、分かってねえな?」
「……それがどうした?」
まあ、怨恨の線は薄いだろう。
「おーいー、そう急ぐなよ。結論なんてのはすぐに出んだからよ。俺はな、こいつらを『食ってる』のさ」
さらりと事実を述べた。
僕は、衝撃を受けた。
食うという表現に。
この男は言った。
人を食べると。
自分の為に。
食うとは、
つまり、
採取?
色。
……色採とは、そういう意味なのか?
畜生、なんてネーミングだ。
僕は不覚にも思考を少し止めてしまった。
「食うのは気持ちいいぜ。力が溢れてもう、しょうがないったらねえ」
そう言う八木の全身から、依然として、いや、以前よりも光のような狐色が漲る。
間違っても、後光のような神々しさ、まして禍々しさもないのだが、圧倒的な雰囲気は、感じられる。
「食うって……」
「ああそうだ。食ってんだよ、コレ。つっても俺が勝手にそう言い表しているだけでだな、まあ、かなり強くなれんのよ」
八木は、遊びなのか、力こぶを作った。
……そんなことの為に、こいつは、人に迷惑をかけるのか。
そんな奴の為に、僕は命を狙われているのか。
僕は、絶対に、自分の都合だけで他人を害するこいつを許容する気にはなれない。そして許容する奴は僕が許さない。
今決めた。未来にも決めた。
若い思想でも構わない。うらぶれるまでは突っ切ってやる。それでナンボだろ? 若さって奴は。
「こうしていると、腹も減らねえし、そこらの店から金銀財宝ざっくざくだし、やりたい放題でよー。もうつまらないくらいに面白えぞ」
説明しながら、満ち溢れる自分の力を見せつける八木。
仮物で、借り物な力で、人の存在をぞんざいに扱う。
まあ、その事自体に怒るのは、僕ではなく――勿論僕も許さないが――、隣の、獅子島朱夏だ。
僕のスタンスなど、朱夏に比べればきっと甘っちょろい掬いのような救いだろう。
朱夏の道徳は、こんな事が存在する事そのものを許しはしない。
「ふ、ざ、ける、なぁあああああ!」
揺らめく紅蓮の髪を、火の粉と共に煌めかせる朱夏は、掌を八木に向け、そこから炎を奔流の勢いに乗せて走らせ、八木の上半身を焼き包んだ。
しかしこれが効かないのは、僕も既に目撃済みだった。
一秒、数秒、十数秒と炎が過ぎ、ようやく橙のぶちまけられた画は元のグレーゾーンに戻り、上半身が裸の黒こげになった状態で、八木が姿を見せる。
「……最初っから無駄だって言ってんのに、分かんねえのか? 女子高生」
また、ウロコが八木を守り、ぼろぼろと散った。
改めて見ると、ウロコはびっしりと八木を包んでおり、その様は鳥の羽毛の並びのようにも見える。
……成程。こうやって僕の前に出てきたときはワイルドだったわけか。
「…………」
「もう俺が形取りって名乗ってんのは分かってるんだろ? だったら俺の〝竜鱗〟を破れないって、いい加減認めたらどうだ?」
顔に付いた(自称)竜鱗を手でぱりぱりと払い、細かに落とし損ねながらも元通りの顔を見せた。
朱夏はそれを見て、
「別に無限だとは決まっていないんだから、無駄じゃあない」
諦めていなかった。
……昔っからだよなあ。挫けないの。
しかし、だからといって常勝無敗という法則は、ないのだ。
八木は、余裕を崩さず、肩を鳴らした。
「確かに無限だと言った覚えはないがなあ、今、俺は『食後』だ」
……つまり、お腹は一杯である、と言いたいらしい。
「『腹が減った時』なら分からねえけど、まずスタミナは比べ物にならないよな、っと!」
地面を罅割り、台詞のかけ声そのままに八木は踏み出した。
鳴らした肩の先、黒光りする手が朱夏まで届く、二メートル。
すなわち、僕の出番だ。