夕方スプレッド
残念ながらクインテットではございません。
続き。
「まさか、隠したりしてないよね?」
ずい、と朱夏が僕の目をのぞき込むようにして、未だ倒れている僕の方にしなだれかかってきた。
待て……しなだれかかってきた!? ……近い! 近いぞ朱夏サン!
特に無駄な肉の付いてない、陶磁のような印象すら持たせる手を持つ腕が僕の顔の右横で自身を支えていて、それが最後の守りとなっているようだった。
今更ながら確認する服装を説明すると、胸の辺りに風流な絵と『勧善懲悪』と達筆な文字の書かれた(…………、)白のTシャツ(厳密には違うのかもしれないが僕には服飾の違いが分からない)の上に赤系統の上着を羽織っていて、下の服装は今の僕の視界では確認できないが、確か上着に近い色をしたスカート(もう一度言うが僕は違いの分からない男だから、毎日のように同じものを見かける制服はともかく、単発でくる物までは分からない)に、黒のストッキングだったように思う。
言動の割にはオトナなんだなあと僕は思った。というかまあ、『勧善懲悪』を見ているようで僕の視線は……も、黙秘で許して。
それにしても……僕は何をしているんだ? BかCかで悩んだり(自爆)。
……さあて本題に戻ろうかなっ!
果てしなく動揺していた僕は、後ずさりながら答える。
「か、隠すって……」
僕の場合、やっぱりあるとしたら『これ』なんだろうけれど……いまいち、自信がない。
勿論、隠しているつもりはない。
いかんいかん、さっき決意したばかりじゃないか。ええい、ものは試し! 儘よ!
と、決意したところで、
また、視界が、一部の例外を除いて、あらゆる色の浮いた世界へと、変貌した。
封陣。
「また!?」
と朱夏は言って、髪と目の色を赤と朱の混在する炎に煌めかせた。
――というよりは、それぞれが勝手に煌めいたのかもしれない。と僕は思った。
だって、僕自身が、既に変わっているのだから。
その僕は体を支えながら起き上がるのに失敗して、今度は背中をバネにして起き上がった。
「どうするんだ!?」
そして、慌てて朱夏に聞いた。
「こんなところで戦ったら巻き込むかもしれない」
朱夏は僕が慌てているせいで逆に落ち着いているようだった。
「でも、離れたらここが狙われたとき――」
どうするんだと、言いかけて、
「その可能性もあるけど、この間隔で、さっき窓枠に突っ返されたなら、再戦希望じゃないの? 元々統那を狙ってたんでしょ?」
「とにかく、家からは出た方が吉、なのか!?」
「そう!」
朱夏は窓を乱暴に開け、蹴り飛ばすんじゃないかという勢いでスニーカーを履き、ベランダから飛び降りた。
僕は真似するわけにもいかないので、出し得る限りの速度で玄関から飛び出した。
その途中で気がついたのだが、どうやら封陣の中では、電気系統が麻痺するらしく、下りるときには気をつけていないと『池田屋る(動詞)』――一応、僕と片那で考えた有名すぎるアレの動詞化――ので、いつもつける階段の電気がつかなかった。お陰でいつもより注意を払ってしまい、全力は出したのだが、最速で下りたとは言えなかった。
……これ、ただの言い訳だった……。
そして、玄関から出た僕は、『今度は取り出せるように』ズボンの左ポケットに入れたナイフを、出して持つ。
朱夏は一応、待っていた。玄関から見えるギリギリの所で今か今かと、という修飾表現を間に入れるのは避けられないが。
「よし、ゴー!」
「ちょっと待っ、……って、速っ!」
朱夏が、という意味では必ずしもない。
言う間に追いかけようと、踏み出した僕の足取りがおかしなまでに軽かったのだ。踏み込んだ喩えで言うなら、ブラックゴーストに改造されたような感じだった。……奥歯に何かがある感触は無い。良かった。
しかしこれは都合がいい。
これが、色採の身体能力というものらしい。
ますますお決まりだった。
程なくして、僕は朱夏に追いついた。
「で、どこに行くんだ!?」
「とりあえず、人の集まりそうな所!」
「って言うと……駅前か!?」
「一番はそこだね! 次は商店街とか!」
そんな一連の会話と、風景を見て僕は一つの疑問が湧いてきた。
「なあ朱夏」
「なに?」
お互い、人としておかしなペースで走りながら言葉を交わし合う。
「思ったんだけど……封陣って、どんぐらいでかいんだ?」
「人によって全然違う。八木は普段から大きく作ってるけど、これはかなり大きい方だと思う」
「軽く町一つ覆ってそうだな……!」
「でも行動範囲は変わらないし、『あれ』が出来るのも手の届く範囲だから、言い換えれば封陣は色採同士にしてみれば、こっからは自分の空気だって言ってることぐらいにしかならないの」
「成程……」
僕は、ナイフの柄を握り、走ることに集中した。
数分も経たない内に、僕たちは駅前にたどり着いた。
「さーて、おびき寄せることにも成功したし、いっちょ再び、始めるとするか」
そこには、八木尖刃がいて、両手に虚白を握っていた。