ピンク頭はそれなりに考えている
ルルーシュの回です。
メイドの朝は早い。早朝に起きたルルーシュはお仕着せに着替えるとまずは厨房の手伝いへと向かう。
今でこそ家令も侍女長も料理長も受け入れてくれているが、初めは冷たい目で見られたものだ。いくら主から偏見を持たぬようにと言われても、相手は大事なウィリアム坊ちゃんの未来を潰した女なのである。
「何故、旦那様はあの女を引き受ける事にしたのだろうか」
アレンビー家の使用人はほぼ全員がそう思った。本来なら許せない相手だ。
使用人達を前にした初めての顔合わせで、ルルーシュはがばりと土下座をした。ピンクブロンドの髪は肩あたりで切られ、一つにまとめてある。化粧けのない顔だが、透き通るように白い肌に赤い唇で、確かに人目を引く美しい娘だった。その娘が頭を床に擦り付け少し震えていた。
「皆様がわたしを受け入れがたいのは承知の上でございます。
何でもやります。何でも言いつけてください。わたしに仕事を与えてください」と、それでもしっかりした声で言ったのだった。
若い娘が床に座り込んで頭を擦り付けて謝る様子に、一同は驚いたが、誰もがそれは演技だと決めつけた。
ところがその様子を見ていた主人は、偏見を持ってはいけない、アレンビー伯爵家の使用人として決して愚かな事はせぬように、誇りと矜持をもって彼女に接するように、と言った。
「お前たちが感情に任せてルルーシュを虐待すると、それは必ず自分自身に跳ね返ってくる。以前の彼女がそうだったろう?
親身に面倒をみろと言っているわけではない。怪我をさせたり食事を抜いたりと、目に余る虐待をしたならば、この家にそのような使用人は不要なので出て行ってもらう」
こっそりと脅したり怪我をさせてやるつもりでいた気の強いメイドなどは、思わずびくりと震えた。アレンビー伯爵と目が合ったのだ。見抜かれてる恐怖から、おとなしくするに限ると悟った。
とりあえずこの女には必要以上に関わらないに越した事はない。
「妻の考えも私と同じだから、妻に直訴してルルーシュを排除しようとするなら、その者もまた速やかにこの屋敷から排除される。以上だ」
使用人達は、旦那様の気持ちがわからないと思いつつも、不承不承受け入れた。
初めは朝の挨拶も無視されていたルルーシュだが、下働きのするような洗濯や外周りの仕事などのきつい仕事にも文句を言わずに勤めた三日目に、厨房の手伝いを命じられた。
その時に野菜を剥いた皮を捨てようとしていたのを貰い受け、厨房の隅を借りて油で揚げて塩を振ったものを作った。それを紙に包み大事そうに持ち帰るので、調理師は不思議に思い尋ねたところ、カリカリして美味しいのだという。同じく平民の馬丁親子にオヤツとしてあげるのだと。
「汗をたくさんかくと塩味のものが欲しくなるんです」
それならば厨房も暑くなるからと、ひとつまみ口に入れてみた。捨てられる筈の人参の皮はカリカリとして甘味と塩味のバランスが良い。手が止まらなくなる。
「イモを薄く切って水に晒したものを、水気をよく拭き取ってから揚げて、塩をまぶすと美味しいのですよ」
ルルーシュは口に出してから、余計な事を言って料理人達を怒らせたかもしれないと不安になった。慌てて頭を下げると次の仕事である洗濯場へ向かった。
*
今日も洗い立てのシーツを干場に運び、張られたロープに一斉に並べていく。その光景は一面の白い畑のようで壮観だ。
もちろん、魔力の込められた魔石を利用すれば乾かすのは簡単だが、人力で干して日光で乾かすというその手間に、生きている事を実感できるから好きなのだ。
この世界の動力源は魔力だが、個人で魔力を有する人間は少なく、特にこの国では希少な存在だ。だから魔力が発現したら国に報告し、国の為に働く事が必須になってくる。もちろん優遇はされるし、平民ならば稀に爵位を賜る場合もある。それほど貴重だという事だ。
生活を豊かにする魔力は、隣国からの魔石の輸入で賄っているが、それは高価なため貴族しか使う事はない。
ルルーシュは前世の記憶を思い出すと共にあれこれやらかしてしまったので、魔力を持っているとみなされていた。
矯正施設から魔力研究所へと送られて、魔力量の検査や彼女が潜在的に持つ能力を調べられたのだが、それは驚くべき結果となった。
結論から言うとルルーシュ自身には魔力が無かったのである。
では何故、ルルーシュに魅了の力があったのか?
彼女の魅了の効果が薄いのは魔力量が足りていないからだと思われたいたのが、魔力ではないとわかれば、どうやってそれが発現したのかを調べることになる。
そこでひとつの可能性が出てきた。つまり彼女がせっせと作っていたクッキーに何らかの力が込められたのではないかと。
しかし、何度も作って再現させようとしても無理だった。
それはただのクッキーにしか過ぎなかった。検証と実験を重ねた結果、ルルーシュには魔力はなく、魅了の力が発現した理由は不明。
その後、矯正施設で下働きのような事をしながら過ごしたルルーシュは、身元引受人がいれば開放される事になり、アレンビー伯爵が名乗りを上げて、現在に至る。
*
何故もう魅了が効かないのか、ルルーシュ自身は理解しているつもりだ。発現するには条件があると知っている。しかしそれを告げなかったし、今後も使うまいとは決めている。
前世の記憶とやらを思い出してから、楽しかったのは初めのうちだけで、男子にモテて嬉しかった、ただそれだけ。
女子から嫌われたり、婚約破棄させて恨まれたりするつもりなんて無かったのだ。
(馬鹿だったのよ、わたし。ちやほやされて馬鹿に磨きがかかっちゃった)
階段の手すりをピカピカに磨き上げている時に、ふと思う。
少しくらい頭が良かったからって王立学院なんて行かなければ良かった。
孤児院から引き取ってくれた養父母は今頃どうしているのだろうかと、思い出しては涙が滲んでくる。決して金持ちでは無くて、祖父母といっても良い年齢の養父は一代限りの男爵だった。子どもに恵まれなかった夫婦は、子育てが出来るうちにと、ルルーシュを引き取って愛情深く育ててくれたのに。
施設ではその養父母について尋ねても何も教えてもらえなかったので既に亡くなっているのかもしれない。アレンビー伯爵に尋ねるのも怖かったので、ルルーシュは心の中で密かに手を合わせた。
そんな事を思い出しながら手すりや調度品を磨いていたところに、家令から声をかけられて伯爵の執務室へと急ぐと、そこには旦那様とこの家の長男ウィリアムが待ち構えていた。
(いよいよ来た。また断罪されちゃうの?今度はどこへやられるの?)
ルルーシュは怯えながらも彼らの前に立った。
*
「よくもまあ、我が家へのこのことやって来られたもんだな」
ウィリアムは憎しみを隠そうともせずに吐き捨てた。
何を言われても、ただひたすら頭を下げて旦那様の言葉を待つ。
「ウィリアム。済んだことだ。それに彼女のしょぼい魅了に引っかかったお前も悪い」
「父上っ!それは……」
伯爵に促されてテーブルを挟んで向かい合ったソファに座ったルルーシュは恐る恐る顔を上げた。不機嫌なウィリアムと目が合った。
(ウィリアム様のこと、最後は魅了ではなくて本当に好きだった。
ただ「好き」で、真剣に彼を自分のものにしたいと願っただけだったのに。ウィリアム様の人生を狂わせてしまったわたしはきっと、殺したいほど憎まれている)
「彼女を我が家のメイドとして迎えたのには理由がある。この娘は、計り知れない知識を有している。それを埋れさすのは惜しい。
ゆくゆくはその知識を、我が伯爵家のために役立てて貰う」
「そんな!この女は信用出来ませんっ!」
ウィリアムが叫ぶが、父伯爵は平然とした顔だ。
「騙される方も隙があると聞かなかったか?お前はヴァレリー嬢への叶わぬ想いを、この娘で埋めようとしたのではないのか?己の行動には責任を持てと散々言い聞かせてきた結果がそれか?
罪を憎んでも人を憎んではならん、ウィリアムよ」
ウィリアムは憎しみの籠った目でルルーシュを睨みつけている。
いたたまれなくなったルルーシュはテーブルに頭をぶつける勢いで首を垂れた。
「申し訳ございません。全てわたしの馬鹿な行動のせいで、ウィリアム様には何も落ち度はなく、ウ、ウィリアム様が望まれるのならこの首を差し出します」
いい加減飽きている、この世界に。それに疲れちゃった。
優しかった養父母の行方も教えてもらえない。使用人として雇って貰えたが、そこの息子に忌み嫌われて殺したいほど憎まれているのならいっその事……
「ウィリアム。彼女はこう申しているが?追い詰められて疲弊して、お前に殺されても良いと言う。
騙されたとわめくお前に一切の非がないと言い切れるのなら
私は止めないが?」
「ふざけた事を仰らないでください。そんな事をするわけがないでしょう。
信用はしないが、この女は使用人として雇われている。雇用しているのは父上です。ならば我慢するのみです。
話はそれだけなら自分は失礼します」
部屋を出ていくウィリアムを呆然と眺めていたルルーシュは、済まなかったなと声をかけられて伯爵の方を見た。
「ご子息様には本当に申し訳ない事を致しました。働く事で償えるのなら、誠心誠意仕事に務めます」
「君は婚約解消は自分のせいだと思っているようだが、それは違うのだよ。ウィリアムはどのみち婚約者を諦めねばならなかった。きっかけを作ったのは確かに君だが、気に病む必要はない」
「え?」
*
「君はヴァレリー・ポロック伯爵令嬢を知ってるかな?」
「あの、ご子息様の元婚約者様で、わたしのせいで婚約が解消になったのですよね。本当に申し訳ない事をしました。どのように償えば良いのか……」
「ポロック嬢について何か知っているか?」
「あ、、、メガネをかけていらして……」
「そうだ。学院時代は顔を隠すためにメガネをかけて地味な装いをして目立たぬように過ごしていた。ポロック嬢がメガネを外したところは?」
ルルーシュは首を横に振った。
「ポロック嬢の素顔は驚くような美女で、あれは傾国の美女と言って良い美しさで、その素顔を隠すためにわざとメガネで顔を隠し地味に装っていたと言えばどう思うか?」
「それは、やはりご自分の身を守る為に必要な事なのでは無いかと思います」
「そうだ。ややこしい相手に目をつけられては困るからな、
それゆえ小さい頃から身を守る術を学んできたし、つまらぬ恨みを買わないために勉学に励んでいたと聞く」
アレンビー伯爵は新しい紅茶を淹れてルルーシュの前に置いた。
「婚約は解消される予定だった。それゆえ君が気に病む必要はない。君のしょぼい魅了に掛かったのはウィリアムの気の緩みと、ポロック嬢を諦めねばならない自棄からきたものだ。
そもそも君の魅了、あれは何か薬をつかっているだろう?
クッキーを分析したが魔力的なものを感じ取ることができなかった。
ゆえに君を魔女とは断定出来ず、君の身柄も解放されたが、君の持つ知識を外に出すわけにはいかない」
お読みいただきありがとうございます。
ルルーシュの魅了の秘密についての話でした。
次はヴァレリーの話です