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すれ違うのはもはやお約束

 エルンストは菓子店での様子を思い出して遠い目になっている。

 そう、マルガレーテ王太子妃付きの女官、ヴァレリー・ポロック伯爵令嬢にお願いして、妹への誕生祝いの菓子を買うのに付き合ってもらったのだ。しかしエルンストは甘く考え過ぎていた。スイーツにかける女性達のエネルギーとパワーを。それと自分が彼女らに与える影響力を。


 彼の頼みを快諾したヴァレリーは、すぐに王太子妃に外出許可と翌日の休暇許可を得てくれた。

 何か良からぬ企みが進行しているのでは?と、王太子妃の側を離れない心つもりでいたヴァレリーが考えを改めたのは、護衛が増えたからだ。


 素人の自分がいる事で護衛騎士の足手纏いになってはいけないと考えはじめていたところに、エルンストからの依頼があった。それゆえ、気持ちを切り替えて更なる精進を目指すために、小休止が必要と判断した。マルガレーテは満面の笑みで許可を出してくれた。理由を告げた時に口元が微かに持ち上がったが、ヴァレリーは急な申し出を快諾された事に申し訳無さが募っていたので、その事に気が付かなかった。


 見合い相手に襲われて元婚約者に助けられた時、もう少し上手いやり様があった筈。自分自身に余裕がなかったのだと思う。

 確かに護身術などを会得しているとはいえ所詮女性、本気の男性の力には敵わないだろう。自分は大丈夫だという慢心が王太子妃に危機を招くかもしれないとヴァレリーは反省していた。


 それに宿舎で暮らしているため、久しく実家にも帰っていなかい。ちょうど良い気分転換になるかもしれないと考えたのだ。

 サーシャ嬢の誕生日パーティは身内だけの気軽な集まりとはいえ、侯爵家にお呼ばれしたのだからドレスを着てきちんと身なりを整えないと、誘ってくれたエルンストや主役のサーシャに対して失礼にあたるだろう。

 久しぶりにドレスアップする気分にさせてくれたエルンスト・コリーンに感謝しよう、ヴァレリーはそう思い、実家へと使いを出した。


 一方エルンストは、勢いで誘ってしまって不審に思われていないだろうかと不安になっていたが、待ち合わせに現れたヴァレリーに安堵した。

 彼女は全く平常運転だった。地味で動きやすいドレスに襟足近くで纏められた緋色の髪、そしてメガネ。

 普段通りでいてくれる事を感謝すべきだろう。いささか傲慢かもしれないが、女性に人気のある自分の誘いに、特別感を持たれたり意識をされたら困る。


 ん、困る?寧ろ多少は意識して欲しいのでは無いのか?


 エルンストは矛盾した心を隠し、ヴァレリーお勧めの菓子店へ向かった。しかし、彼女とともに買い物の列に並んだところで周囲を女性に囲まれていることに気がついた。


 初めはヒソヒソと、徐々に大きな声で。どうしても耳に入ってしまう。王太子の側近として頭角を表し、尚且つその美しい顔で令嬢達から人気があることを自覚しているだけに、居心地が悪い。独身の優良人物である自分が、女性の集まる場所に現れたらどうなるかわかっていたつもりだったが、想像を超えていた。

 

 あれはエルンスト・コリーン様ではなくて?どうしてこんな所に?隣の地味な女は誰?きっとあれは侍女か何かよ、侍女に任せれば良いのに何をしてらっしゃるのかしら?

 ひそひそ声は伝播した。エルンストを知らない娘達までもが、王太子殿下の側近、しかも独身が、侍女一人をつけて並んでいると。


 遠巻きに見られるのは仕方ないが、そのうち勇気ある女性が近寄ってきて、エルンスト・コリーン様では?と確認し、肯首したところ、あっという間に女性達に囲まれてしまった。


 その菓子店『ジュエラス』は昨年王都に出来た店で、まるで宝石のように美しい菓子が並び、店内で飲食が出来るという事であっという間に人気が出た店だ。女性の好みそうな美しい色合いの菓子が並んでおり、注文に合わせてトッピングしてくれるのである。それは華やかで美しく食べるのが惜しくなるほどの芸術的な菓子たちで、とりわけ丸ごとホールのクリームたっぷりのケーキは色とりどりの果物で飾られて、誕生日の贈り物にちょうどよく思えるのだった。

 

 そして店ではお茶と菓子の飲食が出来るようになっている。

既に店内の予約は埋まっていて、並んでいるのは購入の順番待ちの女性達だ。中には主人に頼まれた従僕などもいたが、圧倒的に女性が多かった。

 そんな中に一際目立つ長身で黒髪の、独身優良物件のエルンストがいると、女性達に囲まれるのはある意味当然だろう。


「まあ!エルンスト様!こんな所でお会い出来るなんて、これはもう運命ですわね。

 わたくし、ここのお席を予約しておりますの。庶民も来る下賎な店ですけれど、物は試しと申しますでしょう?宜しかったらわたくしの席でご一緒されませんこと?」


 やたら派手な貴族令嬢に声をかけられたエルンストは、眉間に皺を寄せてその令嬢を見た。少し前に婚約の打診が来たのを断った相手である。派手で見栄っ張りで、エルンストが一番嫌うタイプの女性だ。エルンストは黙って無視をしたところ、その令嬢が騒ぎ始めた。


「もしや、どなたかとお約束でも?」と、ぐいぐいと詰め寄ってくる。無視し続けるわけにはいかず、「仕事なので」と一言返したエルンストだったが、そこへヴァレリーが助け舟を出してくれた。


「コリーン様、王城から使いが来たようでございます。どうぞこちらへ」


 振り向くとヴァレリーがいい笑顔で裏の道を指さしている。


「失礼する」と軽く会釈をしたエルンストは、ヴァレリーに続いて早足でその場を立ち去った。



「コリーン様が一緒だという事を失念しておりました。貴方様が女性に与える影響力を甘く見ておりました。申し訳ございません」


 ヴァレリーに悪気があるわけではないが、なんとなく居心地が悪い。


「あー、人気店なのだな。サーシャが喜ぶこと間違いないが、中に入れなくては選ぶこともままならないようだ」


「大丈夫です、ご心配なく」


 ヴァレリーは迷う事なく遠回りして、菓子店の裏口へと案内した。


「ここは?」

「従業員出入り口ですわ。ここから入ります」


 ヴァレリーは手に持っていた小さなバッグから鍵を取り出した。何をするつもりなのか?と問いかける視線に

「実はですね、このお店はわたくしが出資している店で、お菓子のアイデアなども提供しておりまして……

 黙っていて申し訳ございません。コリーン様に菓子店を紹介して欲しいと言われた時に、とっさに自分の店を勧めてしまいました」

 

 照れたように頬を赤らめるヴァレリーに、エルンストは思わずポカンとした顔をしてしまった。


「え、貴女の店?」

「はい」



 オーナー権限で裏口から厨房に入ったエルンストは、甘い香りと色とりどりの菓子の世界に驚いた。


「ここが貴女の店だとは。一体どういう経緯で?貴女はレシピも提供していると言うが、伯爵家の令嬢が菓子作りに造詣が深いとは、全くもって不思議だ」


 エルンストの問いに、ただ笑顔を返してのみで、ヴァレリーは菓子店の職人に指示を出していた。薔薇の花を形どったショコラに砂糖がけのゼリーをあしらったものなどを纏めて箱に入れ、さらには明日コリーン侯爵家へ配達するホールケーキの手配をする。


「ご家族様とあと何人くらいいらっしゃいますの?」


「家族だけの内輪の誕生会だ。サーシャは留学から帰ったばかりだし、何より派手な事が苦手だ。学院で親しくしていたのはポロック嬢くらいだと聞いている。それでせめて貴女だけでも来てくれればと」


「そうでしたか。嬉しいお誘いです。ケーキは手配しましたのでご安心下さいませ。

 わたくしは今日は久しぶりに実家に帰って、明日の誕生会に出席させていただきますね。そうとなればお祝いの品を探しに行かねばなりません。

 コリーン様、申し訳ございませんがここでお暇させていただきます」


 箱に詰められリボンがかかった箱を手渡されたエルンストは思わず焦る。


「そういう訳にはいかない。貴女をご実家まで送り届けさせて欲しい。祝いの品など要らないと言いたいところだが、その品物選びにも是非同行させて欲しい。

 このような素敵な店を紹介してくれたお礼も兼ねて、提案を受け入れてくれるとありがたいのだが」


 何とはなしに照れた表情のエルンスト・コリーンなど見られるものではない。ヴァレリーは珍しい光景に驚いた。


(いつも冷静で、というより冷たいコリーン様が。一体どういう風の吹き回しなのかしら?)


「それに先ほど途中になってしまった、この店の経緯も知りたい。もちろん、ポロック嬢が話しても良いと判断してくれたならばだが」


「調べればすぐにわかる事なのです。

 婚約解消時にアレンビー家よりいただいた慰謝料を投資に回しましたの。同時に我が家の料理人経由で菓子職人を雇い、修行を積んでもらいました。

 目処が立ちましたので昨年こちらを買取り改装して、ジュエラスを開きました」


「そういう事でしたか。貴女は表に出るつもりはない?」


「今はまだ。

 女官としてマルガレーテ様に仕えております。万が一面倒事でも起きてしまい妃殿下の足を引っ張らぬようにと、今は知り合いの商会の名前をお借りしていますの。いずれ妃殿下のお側を離れる時が来ましたら、店に専念しても良いかと考えていますわ」


 涼しげに口元に笑みをたたえてエルンストを見るヴァレリーの瞳には曇りなど全くない。


「まあ、貴女も遠からず結婚されるだろう。その時は堂々と名乗られると良いだろう」


「結婚は考えておりません。そういうコリーン様こそ引く手数多でありましょうに」


「貴女がそのような心配をする必要はない」


 ムッとした様子のエルンストの言葉に、地雷を踏んだかとヴァレリーは思った。明日のサーシャの誕生会で話題に上がったら、素知らぬ顔をしようと思った。


 そして、どうしてもと譲らないエルンストに付き添われて、サーシャの誕生会のプレゼントを選び、コリーン家の馬車で家まで送り届けてもらった。


 予め連絡はしてあったものの、突然のヴァレリーの帰宅、しかも王太子の側近で切れ者と名高いコリーン侯爵子息に送られて帰ってきた事でポロック伯爵家は大騒ぎになった。


 ヴァレリーの母は「大物を捕まえたわね!」と娘を褒めたのだが、仕事の仲間ですと淡々と返された。

「先方から申し出があればすぐにお受けするが?」と、期待に満ちた顔をした父は、あり得ませんの言葉に泣きそうになった。


「ヴァレリー、お前はどうしたいのだ?」


 一番冷静な兄に尋ねられて

「どうもこうも無いですわ。コリーン様は同僚ですし、サーシャ様の誕生会に誘われたのは、唯一交流があったからという理由ですし。

 それより、お兄様。アレンビー伯爵子息についてお話があります。お父様だと話が拗れそうなのでお兄様にお伝えいたします」


 兄、イーサンは父の代わりに領地の管理をしているが、社交シーズンという事もあって妻と共に王都のタウンハウスに滞在していた。

 その兄に、ウィリアムと再会した事を伝えると、

「何も無いとは思うが、逆恨みでもしていたら大変だからな」と本気で心配したのだった。





お読みいただきありがとうございます。


エルンスト→ヴァレリー(惹かれているけど認めたく無い)

ウィリアム→ヴァレリー(勝手に守ると決めている)



イーサン・ポロック 25才 妻あり。ヴァレリーの兄。

普段は領地にいる。ポロック家の跡取り。


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