災厄の種は身近にあった
ヴァレリーの告げた内容は、王太子とその側近達にすぐに伝えられた。
効果は弱いが怪しい魅了を使って、王立学院を混乱に陥れたルルーシュが王都に現れたという噂は、すぐさま調査される事になった。
その結果、ひと月ほど前からルルーシュに似たピンクブロンドの髪に赤い瞳の娘が、王都の酒場に現れたという情報を掴んだ。比較的安全な地域の酒場にひとりでやってくると、当然女ひとりだからと酔客に絡まれるのだが、気がつくと何故か酔った客たちはルルーシュのペースに乗せられ彼女に酒を奢り、一緒になって泣いたり笑ったりしていた。なかなかに人好きのする娘のようだ。
そこに『魅了』が使われているのではないか?と考えてしまうのは当然だが、ルルーシュ本人には潜在的な能力は無いことは矯正施設で確認済みである。しかも、今後魅了に関わる魔道具を使用した場合、激痛に苛まれるような施術を受けている。
それは非人道的ではあるが犯罪者を更生させる為にはかなり有効なもので、とりわけ人の心を惑わす魅了や洗脳に対しては厳しい措置が取られていた。もし学院での事件が進行していれば、ルルーシュはこの世に存在していなかったかもしれない。
彼女自身が魔女ではなく、元来善良で小心者であることが判明したので、監視をつけた上で外に出したのだった。
「その女が、あのルルーシュだとして、一体どうやって矯正施設から出てきたのだろうな」
報告書を一通り読んだ王太子、ステファンは側近に尋ねた。
金色の髪に碧眼でその上美形と、絵に描いたような王子様である。銀髪に紫の瞳のマルガレーテと並ぶと、大層美しく神々しい夫婦だ。
「後楯になる人物が現れました。今後犯罪行為に関わらせないと誓約書を書いた上で身元保証人となり引き取られたそうです。
元々魅了といっても効果は薄くすぐに解けるものでしたが、その言動によって学院の風紀を乱したいう事で、矯正施設へと送られました。施設内では大人しく学院内の行動が嘘のように従順で、模範的な振る舞いであったため、身元保証人が現れたら解放してよしと、昨年通知があったそうです」
その言葉にステファンは眉を顰めた。
「それはわたしには伝達されておらんな。陛下がお決めになったのか?」
「ご子息が軽い魅了にかかった経緯のある内務大臣が、陛下から指示を受けて人をやって観察し続けていたそうです。
元々の性格はおとなしく善良である、というのが施設の見立てです。何かに操られていたような行動には、特殊保安局も疑問を呈しており、監視は続いております」
「ふむ。それでその身元保証人とは?」
「それがなんとアレンビー伯爵で、現在ルルーシュはアレンビー家のタウンハウスでメイドとして雇われております。
矯正施設を出たのはひと月前。ルルーシュが酒場で目撃され始めた時期と同じです」
「なんだってまたアレンビー伯爵が?」
ステファンは驚いて思わず声が大きくなった。
「ウィリアムの事で相当痛い目に遭っているのにか?解せんな。それでウィリアムはどうしているのだ?」
「ウィリアム・アレンビーは、卒業後領地へ送られて、アレンビー家が領地に置く私設兵団へ入団しました。アレンビー伯爵と言えば辺境を抑える要のひとりでありますから、その私設兵団もかなりの実力揃いと聞き及びます。
そこでの訓練を続けたのち、半年前に王城警備部隊に応募し、並々ならぬ技量を発揮して採用に至り、現在警備部隊にて勤務しております」
「それほど腕がたつのなら、第一から第三まである騎士団を選べば良かったのではないか。王城警備部隊は平民と下級貴族から構成されている。伯爵家の彼なら騎士団が妥当では?」
側近はメガネを人差し指でくいと押し上げるとため息をついた。
「面接の際に王城警備部隊長からもその進言があったそうですが、ウィリアム・アレンビーは、これは償いであり義務であると答えたとの事。やはりあの婚約破棄宣言が尾を引いているのかもしれません」
「それで?アレンビー伯爵がルルーシュの身元保証人とは一体どういう事だ。償わねばならないのはルルーシュの方であろうに」
「私には判りかねます。アレンビー伯爵を呼びますか?」
ステファンは少し考えていたが、今はまだ良い、これから王太子妃の執務室へ向かうと答えた。
*
王立学院を混乱させた魅了事件の犯人であるルルーシュは、卒業前に退学させられ、そのまま強制施設へと送られた。
平民ではあったが特待生として学院へ入学しており、学業の成績は決して悪くなかった。それが入学後暫くすると、わたしはヒロインなの、みんなから愛される存在なの、と言い出して、貴族子息達との交流を深めていったのである。
みんなと仲良くしたい、1人は選べないというのがルルーシュの言い分で、特定の誰かというよりは大勢の男子生徒に囲まれちやほやされるのが嬉しいようだった。
そんなルルーシュにも落としたいと狙っている相手がいた。決して自分に靡かないからこそ、どうしてもその人の心が欲しいと思った、それが王太子ステファンだった。
しかしステファンに全く相手にされず、きっと仲が悪いだろうと勝手に思い込んでいた婚約者の公爵令嬢とは相思相愛で、ルルーシュが入り込む隙間など針の先ほども無い。それにしょぼい魅了のせいなのか、すぐに正気に戻る男子生徒が増えてくるとルルーシュは焦り始めた。
これは逆ハーレムを狙ってる場合ではないと気がついたのだ。そこで対象をひとりに絞って玉の輿に乗ると決めた。そこで選んだ対象はウィリアム・アレンビーだった。
王立学院入学後に突如前世の記憶とやらを思い出したルルーシュは、自分がこの世界のヒロインであり、愛のない婚約者から王太子を救うのだと思い込んでいた。
何年かにひとり現れる前世の記憶持ち。彼、彼女らは必ず言うのが、ここは小説(或いはゲーム)の中の世界で、みんなその登場人物に過ぎないという事。そして、我こそは主人公であり、世界は自分中心に動いているのだと。
そして彼女らはほとんどが破滅への道を歩むのだが、ルルーシュの場合は実害を受けたのがウィリアムの一件だけだったので、軽い処罰で済んだと言えよう。あまりに酷い場合は処刑されていても不思議ではない。
*
ピンク頭の平民女のターゲットにされていると気がついたのは、その女の独り言を聞いてしまったからだ。
「うまくいかない。おかしいわ。
この世界のヒロインはあたしなのに!王太子は全然靡いてくれないし、公爵子息も侯爵子息も近寄ったら逃げちゃうし」
校庭の隅のベンチに座るルルーシュに見つからぬよう、背後の植え込みにとっさに隠れた。
「んもう!仕方ないわ。この際だからウィリアムでいいか。彼ひとりにこのクッキーを食べさせると魅了の持続効果が高まると思うのよね。ウィリアムは伯爵家、それなりにお金持ちな筈だし、なんたって顔が良いわ。そうと決めたらさっそく行動よ!こうしてはいられないわ」
ルルーシュの言葉に鳥肌が立つ。一体何を言ってるんだ?魅了だと?それは禁忌の魔術ではないのか?
そうか、あの女、胡散臭いと思っていたが怪しい薬をクッキーに練り込んでいたのだな。
俺は心を鎮めるために深呼吸をした。そして燃えるような緋色の髪に澄んだ緑の瞳をした彼女の顔を思い浮かべた。
「ヴァル、君を守る為なら俺は心を無にする。あの女が君を害しようとしたら、俺はあの女をこの世から抹殺する。
あの女が、君の婚約者の俺を狙うのには何か目的がある筈。それを探ってやる!」
*
ウィリアムは大いなる勘違いをしていた。
ルルーシュがウィリアムを狙うのは、ただ単純に「落としやすそう」な相手だとしてターゲットを絞っただけで、ウィリアムの婚約者のヴァレリーに対して何か仕掛けようなどと思ってはいなかった。
そもそも2人が婚約関係にあるとも知らない。学院でも交流のない2人だし、ヴァレリーは恋愛無縁のガリ勉メガネ女子と周りから思われている。
万が一ルルーシュがヴァレリーの存在を知ったとして、勝てると思う相手に嫌がらせするほど馬鹿ではなかった。
いや、本当はお馬鹿なのだ。
ウィリアムを狙った理由は、落としやすそうというのと、王子様と同じ色味だし顔が好きという、実にシンプルな理由だった。
ウィリアムはヴァレリーとは婚約者ではあったけど、父親から親しくなりすぎるな、それがお前の為だと聞かされていた。
その上でヴァレリー嬢の騎士になれ、とも言われていたのだ。
父親の言葉もヴァレリー自身も、ウィリアムには荷が重たかった。
剣技くらいしか取り柄のない自分が、彼女のために何が出来るのだろうかと悩み迷っていた時に、ルルーシュの誘惑に引っかかってしまった。
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