前世の記憶持ちも王太子の側近も狙われている
そのまんまのタイトルしか思いつきませんでした
ウィリアムの怪我自体はそう酷いものではなかったが、彼は後頭部を強打してそのまま昏倒してしまった。発見後すぐに警備隊の救護室に運ばれたが、目を覚まさないので病院へ移動させようとしていたら、たまたま警備隊に立ち寄った父親のアレンビー伯爵が自宅に連れ帰ったのだ。
ルルは眠れるウィリアムに付き添うように言われた。
昏倒してから既に3日である。衣服を緩め身体を絞った布で丁寧に拭いて、オムツを替える。小さなスポイトで口元から水分を補うようにした。ちなみにスポイトやオムツは、前世の記憶持ち達の知識から生まれたものだ。ルルはそれを更に改良したものを作り出していた。いわゆるポリマー的なものを考案したのだ。
赤ん坊の為の布のオムツはあったものの、それは大人が使うものではなかったため大きさが足りないし、何より排泄量も考えるとただ布を重ねただけでは心許なかった。
ルルは前世、製薬会社で研究職だった知識を動員して、食物から採れる澱粉やセルロースといったものに、魔力を流してポリマーもどきを作りだしたのだ。
ポリマーを作り独占的に作り販売したアレンビー家によって、赤ん坊や寝たきりの病人の排泄の世話や女性の月のものの処理に大革命が起こる。ルルの知恵を有益だと判断して取り込んだ、アレンビー伯爵がほくそ笑んだのは言うまでもない。
*
刺し傷や切り傷だらけの身体だわ、ルルはウィリアムの体を拭きながら小さく呟いた。その数を見れば彼がこれまでにどの様な鍛錬を続けてきたか、どの様な場面を乗り切ってきたかが想像できた。
アレンビー伯爵の領地の騎士隊というのは、いわば王家が動かせる秘密部隊ともいうべき存在で当然その訓練は厳しい。
王立学院を卒業後、領地の騎士隊で鍛えられたウィリアムは、騎士として一流に育っていた。王都で王宮警備隊の入隊試験を受ける時に、近衛を勧められたのはその腕を見込まれたからでもあるのだが。
そのウィリアムが賊とやり合って、転倒した際に後頭部を打ち、目が覚めないまま3日が経過していた。ルルはベッドの横に椅子を持って来て座り、声を掛け続けていた。昏睡状態と思われていても、実は会話は全て聞こえていたというような話を、前世で聞いたことがあったからだ。
今日も身体を拭き終えてから取り止めのない話をしていた。
「サーシャ様もヴァレリー様も、友達になってやると脅すのですよ?おかしくないですか?わたしお2人に嫌われてて当然だと思うんですけど、そんな脅し方ってありますか?
しかもサーシャ様なんて、ふふ、本当に変わったお嬢様ですよ。
だけど、わたしはサーシャ様とウィリアム様はお似合いだと思うのですよね。
あ!ウィリアム様が変わってるからじゃないです!
あわわ、わたしってば何を言いたいのかよくわからなくなりました」
その時、ウィリアムの右手がぴくりと動いた。
「え?今動いた?」
そしてゆっくりと、ウィリアムは目を開けた。
「ウィリアム様っ、目が覚めたのですね!」
旦那様をお呼びしてきますと言うルルの細い手首を、ウィリアムは咄嗟に掴んだ。
「済まない。水を飲ませて欲しい」
水差しを口元に持っていくと、ウィリアムはごくりと飲み込んで長い息を吐いた。
「大丈夫ですか?旦那様とお医者様をすぐに呼んで……」
「行かないで、ここにいて……」
今まで寝ていたとは思えないほど強い力で引き寄せられたルルは、彼の胸元に寄りかかる形になる。
「あ、あの!ウィリアム様。どうなされたのですか?」
「…………と思ったんだ」
「は?」
「ルルを連れて行かれると思ったんだ。お前なんて憎いだけの女で、父上がお前をこの家に連れて来た時も、許さないし許せないと思ったんだ。なのに、あの男達が前世の記憶持ちを狩っていると言って俺を挑発するから……」
「世の中の人にとって、自分たちの知らない事を知っている人間が怖いのは当然です。異端者として排斥されるのもわかります。わたしの前世暮らしていた世界でも、過去にはそういう異端者は処刑されたりしましたから」
「ルル、行くな、ここに居ろ」
ウィリアムはルルを抱きしめようとしたが、体力が落ちていた様で、その手は空を切って、再び彼は目を閉じた。
「限界……」
「ウィリアム様?」
ルルは我に返ってすぐさま伯爵の元へと走った。
(ウィリアム様の目が覚めた!良かった!)知らず知らずのうちにその瞳からは涙が溢れてくるのだった。
*
ウィリアムが目覚めたことは、王太子達にもすぐさま知らせられた。
「前世の記憶持ちが狙われている」
ステファンは重々しく側近達に告げた。隣国の近況がきな臭く、王と大公との対立が表立っているらしい。
「前世の記憶持ちは何故か我が国に多い。その彼らを捉えて、その知識を争いに利用しようと考えているのかもしれない」
「捕まえた賊は何と?」
「我が国まで出張ってやってくるというのは、双方の陣営とも必死なのでしょうか」
側近達からの質問に
「全くわからん。そしてこれが届いた」と、ステファンが机の上に隣国から届いた親書を置いた。
「陛下から、どう対処するか一任されている」
一通り読み終えたエルンストが口を開く。
「内乱が起こるかもしれないこの時期に、王子と王女を送り込むとは、全く大したものですね」
「そうなんだ。拒絶するにも理由がいるし、受け入れないと無駄に勘繰られる。何を企んでいるのかわからないが、王女は学友であったサーシャ・コリーン侯爵令嬢に滞在中のアテンドを頼みたいらしいぞ」
「サーシャですか。サーシャが関わるとなると、妹はポロック嬢も巻き込もうとするでしょうね」
「だよなあ。あの王女は随分とお前にご執心だったから、お前とヴァレリーの婚約話を聞きつけて、父親に泣きついたのではないかな。そういう単純で馬鹿げた理由なら良いのだがな」
「良いわけないでしょう」
エルンストは顔を顰めた。
隣国エルキリアの王女に一方的に好意を寄せられて、辟易した事を思い出してげっそりしたのだった。
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