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今更、一体何をしたい?

 サーシャはとても良い聞き手であった。

 相手から話を聞き出し、相槌を打ち、同意して懐に入り込んで、油断させて隠した本音を引き摺り出す。

 それらをごく自然にやってのけ、慈愛に満ちた微笑みを返されれば、自分に気があるのではないかと誤解してしまう。


 学生時代は意地になってヴァレリーとの交流を避けていたので、当然サーシャの事もほとんど知らない。ただ大変優秀で、兄があのエルンスト・コリーンだと言うのを知っている程度だ。


「先日、わたくしの誕生会を身内だけで行ったのですが、ヴァレリー様がいらしてくださったのですよ」


「なんで!」

 顔を赤くしたウィリアムは貴族として取り繕う事をやめた様だ。


 始めはカフェでおとなしくお茶を嗜んでいた2人だったが、周りの視線が気になる、余計な誤解をさせてはアレンビー様に迷惑がかかると言って、場所を変えましょうかと連れていかれたのは、なんと下町の酒場だった。


 貴族の子女が、しかも侯爵家の令嬢がこんな場所を知っているのかと訝しむウィリアムに、留学先で鍛えられましたのよ、とにっこり微笑むサーシャ。

 その頃には既にサーシャの人心掌握術に嵌ってしまい、彼女を信頼しつつあるウィリアムはさして深く考えずに、受け入れる事にした。


 ゆえにウィリアムの顔が赤いのはお酒のせいなのである。


「兄がヴァレリーを連れてきてくださったの」


「兄って!あのエルンストか」

 酔っているウィリアムは、年上でしかも王太子側近のエルンストを妹の目の前で呼び捨てにしているが、本人は気がついていない。


「そう、エルンストよ。兄はヴァレリーに惚れてるの。だから婚約を申し込んだのよね。だけど未だ良い返事を貰えないのよ。しかもステファン様のお父様から、待ったが掛かってるそうなの。貴方、何かご存知?」


「何だよぅ。まだ婚約には至っていないのか。ステファンのお父様って、へ、、うぐっ、何をする!?」


 うっかり陛下と言い掛けたウィリアムの口に食べ物を突っ込んでやる。そしてじとっとした責めるような目で見られた。


「元はと言えば、貴方が不甲斐ないからでしょう?兄にとっては願ったりの状況だけどね」


「……俺だって、自分の気持ちを押し殺して耐えてたんだ。いつか諦めねばならないのなら、最初から関わらない方が傷が少なくて済むだろう?」


「どう言う事?」


「本気になるな、これは仮初の形ばかりの婚約だからと言われてた。彼女を守る為の婚約なのだと」


「ふうん、本気にならないようにあの態度を貫き通せるくらい、貴方ってヴァレリーの事が好きだったのね」


「ふん、悪いか?初めて会った時からずっと好きだった」


「その好きな女性を自分の意思で無下に扱って、後悔してるんだから仕方ないわね」


 呆れるサーシャだが気になる言葉はしっかりと心に留めた。


(いつかは諦めないといけない状況にあったってどう言う事なのかしら?

 それが、お兄様とヴァレリーの婚約が進まない事と無関係ではない気がするわ)


 サーシャは形の良い眉を顰めて、傍に控えていた護衛に指示を出して、酔ったウィリアムをアレンビー伯爵家まで送り届けさせた。


 偶々ヴァレリーの店の前で見かけたから思わず声を掛けてしまったけど、今日は収穫があったと、サーシャは思った。



 

 ヴァレリーとエルンストの婚約が進まないのは、国王が難色を示しているという事実に、ヴァレリーの父、エイムズは頭を抱えていた。


「陛下もお喜びになると思ったんだがなぁ」

 全く何が気に入らないんだと、ぶつくさ言う夫を妻のマーガレットは宥めた。


「貴方、いくら自宅とは言え、陛下に対してその口の利き方は気をつけないと不敬に問われますよ」


「わかっている。しかしだな、そもそもの発端は陛下が我々にヴァレリーをくれぐれも頼むと仰ったからであって」


「はいはい。だからと言ってコリーン侯爵子息がわたくし達のヴァレリーに相応しいかどうかは、まだわかりませんわよ。あの年齢まで婚約者もいらっしゃらなかった、何か不具合がおありだとか。例えばお小さい頃に熱病にかかったとか?」


「マーガレット、そのような失礼な事を言うべきではない。コリーン殿は清廉潔白な方だ。その子息もまた浮ついた話ひとつない堅物で、冷静沈着だと聞くぞ。もしや、女性が苦手とか、いやまさかな、そんな事あるわけ無いだろうなあ、ははは」


 笑って誤魔化そうとしたが、マーガレットは食いついてきた。


「まあっ!それなら尚更良くありません。お飾りの妻とか言い出しかねないわ。そして白い結婚になって、哀れヴァレリーは離縁されてしまう。だめよっ!わたくし達のヴァレリーをそん…な目に遭わせるわけにはいかないわ」


「君は何か、変な小説に影響されているのではないか?エルンスト君に限ってそんな事はしないと思うが」


「悠長な事を言っている余裕はないわ。貴方はまず、陛下の真意を確かめてきてちょうだい。

 陛下のお考えはヴァレリーを然るべき力のある家へ嫁がせて、何の憂いもなく過ごせるようにという()()だとわかっているつもりよ。でもあの子は()()()()()()なのよ。

 

 アレンビー様と貴方と陛下の間の決め事がどうであれ、わたくしはあの子を幸せにする為なら、断固として戦うつもりよ」


 エイムズは、はぁとため息をついた。


「全く、君のその突っ走る所はヴァレリーとそっくりだな。意思の強さは確かに君譲りだよ。

 私だって考えているんだ。陛下に何としてもお会いしてお気持ちを伺ってくる。だから君はヴァレリーの気持ちを確かめて欲しい。エルンスト・コリーンとの婚約を望んでいるのかどうか」


 初めの婚約はヴァレリーの存在を守るための物だった。それも、国王陛下からの指示で結ばれたもの。

 秘密の共有は少ない人数の方が確実に守れるからだろう。

 予想外だったのは、ウィリアム・アレンビーの反応だったのだが、思春期を拗らせまくった挙句、ヴァレリーから全く意識されなくなってしまったのは流石に可哀想だった。


 ヴァレリーは、その優秀な頭脳をかわれて王太子夫妻に深く関わるようになってしまったが、それも国王の差し金ではなかったかと、エイムズは考えている。


 一体どうしたいんだ?今更、親子の名乗りをあげて、ヴァレリーを王女として扱うつもりなのか?


「じゃあ何であの時切り捨てたんだよ……」


 エイムズは、誰に聞かせるともなく呟いた。


お読みいただきありがとうございます。


ポロック家の人々について

父、エイムズ 48歳 国王、アレンビー父とは学院時代の友人


母、マーガレット 47歳 恋愛小説が好き


姉、エリザ 27歳 嫁いでおり子供もいる

兄、イーサン 25歳 妻あり、普段は領地にいる

(エリザとイーサンは今後出てくるかどうかって感じです)



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