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あの娘を引き取った理由は

体調不良のため間が空いてしまいました。 

 王太子の執務室でステファンとアレンビー伯爵は対峙していた。側近のエルンストは部屋の端にそっと控えている。


「単刀直入に聞く。其方があの女の身元引受人となり、メイドとして雇い入れた真意を問いたい」


 ステファンの探るような視線を真っ直ぐに受け止めたアレンビー伯は全く動じず、あまつさえ薄く笑みを浮かべていた。


「矯正施設、その実は研究所がもう不要だと判断した者を、処分するに忍びず引き取った、という事ですかな」


「彼女には有害な、或いは有益な魔力は無いと判断された。処分に値せずという結論だ。無用の殺傷は避けたい。

……アレンビー伯が利用する価値も無い筈だが?」


「私があの娘を利用する為に引き取ったと思っておられるわけですか。不幸で無知な娘を憐れみ、人道的な見地から引き取ったとは考えられませんかな」


 その答えを、ステファンは気に入らなかったようで、無言で言葉を続けるように促した。


 少し考える素振りをしていたアレンビーだったが、ステファンの目は誤魔化せないと思ったのか、それとも初めから計算の上だったのか、降参とばかりに肩を竦めて、改めてステファンに向き合った。


 アレンビーと言えば常に飄々として食えない男という印象があり、決して表舞台には出てこないが国王の信が篤く、舐めてかかれない存在と周囲に認識されている。国王とこの男の絆は学生時代に遡るため、王太子のステファンといえども、強引な事は出来ない。国王の望まない事は避けなければならない。


 しかし、アレンビー伯爵がルルーシュを利用して国家を揺るがすような悪意を隠し持っているとするなら、それを全力で阻止せねばと、意気込むステファンだった。

 もっともアレンビーの思惑はそんなところには無いし、そもそもが王太子達のズレた思考から始まっているのだが。


 がらりと雰囲気の変わったアレンビーを警戒しつつも、ステファンは彼の言葉を待った。



 ますば調べた結果から。ああ、既にご存知だと思いますが順を追って話しますのでしばし口を挟まずお付き合い願いたい。


 ルルーシュの魔力は元々生活に困らぬ程度のものです。魅了などとてもでは無いが使えない代物だ。

 ならば何故、効果が少ないとは言え、魅了を使えたのか?

施設ではそこを重点的に調べました。私は随分前から矯正施設の顧問をしておりますのでね、調査にも立ち会っております。

 そうですが、殿下はそれはご存知なかったと。


 あれは中々に心を抉る、精神的にダメージを負う検査で、ルルーシュにとっては辛かったことでしょう。稀ですが罪悪感が増長され自死を選ぶ者も出てくるので、あの娘はよく耐えたと言って良いでしょう。その辺りの心の強さというのがあの娘がここまでやってこられた原点なのでしょうな。

 孤児院で育ち一代限りの老男爵夫妻にメイドとしてら引き取られたものの、娘のように慈しみ育てられましたが、養女にはされませんでした。どのみち平民であることには変わりありませんので。


 そうですよ。殿下達の同級生として王立学院に入学出来たのは、あの娘本人の努力の結果です。どうやら学ぶことは好きだったようです。


 さて、本人も意図して魅了を使ったわけではないと主張する中で、実は重要な告白もしております。それは、前世の記憶とやらが蘇った時に閃いたと言うものです。


 彼女は過去世で、薬を調合する仕事に就いていたと申しております。その知識を動員して、気分を高揚させる薬草に自分の魔力を混ぜてみたと。ルルーシュはそれを『麻薬』と名付けていました。その麻薬を使用して作った菓子やら、薬草から抽出したエキスを封じ込めた装身具などを作った、と言うのです。

 しかしそれらの効果は殿下も知るように、持続性がありませんでした。ゆえに大事にならずに済んだわけですが。 

 私の息子だけが熱から醒めなかったのですがね。本当に魅了に掛かっていたのかどうか。


 前世が別の世界だと言う妄言を信じているのかと?

 ええ、信じないことには話は進めませんから。それに妄言と妄想の産物だとしても、ルルーシュの作った麻薬というものが確かに存在していたのです。


 それらは彼女が過ごしていた世界では禁忌の薬でした。依存性が高く抜けられなくなり、また強力なものは身体も心も破壊し廃人にしてしまうらしい。


 そういう類の薬は魔女や魔法使いなら作れましょう。しかも我々が知らぬ薬草の効果と魔力の掛け合わせで、その効果が数倍から数十倍になる。もしかするとたったの一滴で即死の毒ともなり得るものかもしれません。


 そのような危険な物を生み出したルルーシュは断罪されていてもおかしくはありませんでした。

 では何故あの娘を生かしているのか。それは一重に彼女が作った麻薬の効果がとても軽い物だったからに過ぎません。そしてルルーシュには毒を作る能力は一才ありません。 


 あの娘が作れるのは、相手のことを好ましく感じる軽い魅了が1ヶ月程度続くだけの、惚れ薬とかまじない薬のようなもの。

 それを『麻薬』と呼ぶのも烏滸がましいような代物ですが、上手く使えば、例え仲が拗れた倦怠期の夫婦などに、良い刺激になったことでしょうな。


 その薬を食べ物に混ぜて、同意ないまま相手に食べさせたという行為は犯罪です。死刑までいかなくとも、重労働につかせる或いは修道院送りが妥当でしょう。

 しかしあの娘の持つ「化学」とやらの知識は捨て去るには惜しいものでした。

 薬草を元に生み出す掛け合わせの技術を「化学」と呼ぶのだとルルーシュは言いました。 


 確かに危険はあります。諸刃の剣といっても良い。このまま世間に放り出して良いものではない。だからこそ私が保護しました。利用されるような事があってはいけませんからな。

 前世の薬草の掛け合わせの知識は貴重です。「科学反応」とやらも気に掛かるし、その知識は場合によっては国を揺るがすような事になりません。


 本人は至って普通の娘で、恋愛に対する夢と憧れがあったのでしょう。前世では40歳ほどの年齢までの記憶しかないのでその時に死んだのだろうと申しておりました。生涯結婚もせず婚約者もおらず、一人孤独に死んだようです。

 それゆえ、薬の効果でちやほやされる事に高揚して、自分を見失ったと。


 殿下に対しての非礼に対しては、刑罰として死を覚悟していたと申しておりましたので、本人は今生きている事がおまけの人生だと言うのです。

 21の娘がそのような厭世観を持って生きている事に、多少の憐れみを持ちましてな。何しろ我が愚息が、彼女に最後の夢を与えたわけですから。

 曲がりなりにも伯爵家の嫡男を射止めれば、生活に困る事なく生きていけると思ったのでしょう。その捨て身の行動に、愚息は引っかかってしまったのです。


 彼女は我が家のメイドとして良く働いてくれております。

もう怪しげな薬を作ることもない。魔力を完全に封印されましたのでね。殿下か案じるような事件は今後は起きないでしょう。


 何故引き取ったのかと言う答えは、あの娘に対する罪悪感と憐憫、それ以上はございません。





「そうか。あの女は、ウィリアム・アレンビー殿を婚約者から奪い取るつもりで行動していたのだな。浅ましいことだが。

 彼らは傍目にもとても良好な関係とは言えなかったので、簡単に手に入れられると思ったのだろう」


「まあ、ウィリアムとポロック家の婚約はそもそもが期間の決まった契約でしたので、仲良く見せる必要もなかったわけですから」


「なんだって?契約?」

 

 聞き捨てならない台詞にステファンは聞き返した。


「ポロック家は類い稀なる美貌の持ち主であるヴァレリー嬢を守るために、我が家はウィリアムの覚悟と忠誠を確かめるために。思惑があったという事です」


「忠誠とはどう言う意味だ?」


「殿下の魔力はなかなか当たりがきついですな。そう睨みなさるな。

 陛下の判断を仰がねば私からは話せません。ご容赦を」


「では、ポロック伯爵から聞くとしよう」


「同じ事でしょう。我々は陛下のご意思に沿って行動したまでの事。もちろん我らの忠誠はこの国と陛下に在りますゆえ。

ウィリアムもまた然り」


 ステファンは、自分の父親とアレンビー、ポロック両伯爵が学生時代懇意であったと聞いた事を思い出した。

 何か秘密があるとしても、そこに何故ヴァレリーが絡んでくるのか想像がつかなかった。

 確かにヴァレリー・ポロックの美貌は人を惹きつけるだろう。変な輩に絡まれないように守ろうとしたのはわかる。

 

(わかるが、なぜか違う方向に突き進んだのだなあ、ヴァレリー嬢は………)


 地味な出立ちに顔を隠すためのメガネをかけ、ガリ勉メガネと不本意なあだ名を付けられていた学生時代のヴァレリーを思い出したステファンは、実に残念な事だと思った。


 虫除け代わりの婚約者であるウィリアムの存在価値が見出せないほど彼らは没交渉であり、ヴァレリーは我が道を邁進していた。


 ウィリアムはどんな気持ちでいたのだろうかと、同性として不憫に思う王太子だった。




 

お読みいただきありがとうございます。

お付き合いいただけて本当に感謝です。


アレンビー伯爵が語り(騙り?)まくりの回でした。

新しいわかった事としては、

アレンビーとポロックは国王と仲良しと判明。

ヴァレリーとウィリアムの婚約には国王が絡んでいる、ですね。



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