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【短編版】豚小屋のような別荘にぶち込まれたあげく実家追放(ノД`)・。→身体強化を極め、学院最強の実力者に(∩´∀`)∩「え、僕を実家に呼び戻したい? ――判断が遅い! 遅すぎる!!」

作者: 勇者

【学園追放ファンタジー 短編版】




「残念ですが、御子息は魔法がお使えになりません」


 薄暗い照明の僕の部屋に、「王国でも腕が立つと有名なんだ」と父さんが教えてくれたお医者さんの声がむなしく響いた。


(え……?)


 魔法が使えない?

 だったら、父さんのような魔法騎士には……?


 上半身を裸にされて寒いなとは思っていたが、その重々しい声と父さんの暗い表情に、僕はますます悪寒を覚えた。


「ま、魔法が使えないって……だってこいつは、生まれたときはあの公爵家の長男坊にも匹敵する魔力量を持つと……」


「魔力量は関係ないのです。御子息に問題があるのは『魔力弁』……おそらく、お母様の影響を色濃く受けているのかと」


「ああ……くそっ!」


 父さんが僕の机に拳を叩きつけ、机には罅と黒い焦げ目がついた。

 握りしめすぎたせいで血管が浮き上がった父さんの拳には、金色の炎が宿っていた。


「知っているとは思いますが『魔力弁』とは全身に張り巡らされた魔力の通り道である『魔力回路』に無数に存在する、魔力を体外に放出するための穴……『出力孔』にある器官のことです。この『魔力弁』はその穴をふさいだり、広げたりして魔力の体外放出をコントロールするためのものですが……御子息のそれは広げることができません。つまり……」


「魔力を体の外に出すことができない……魔法が使えないと?」


「そういうことになります」


「あぁ、なんてことだ……」


 父さんの顔に深いシワが刻まれる。

 僕は父さんの服に掴みかかって訴えた。


「だ、大丈夫だよ父さん! だって僕は父さんの子なんだ。きっと努力すれば、父さんみたいな立派な騎士に……」


 パァン、と乾いた音が木霊する。

 父さんが僕の頬を叩いた音だった。


「少し黙れ」


「うっ……」


 ベッドに倒れこんだ僕に、父さんは氷のように冷たい目を向けてブツブツと呟き始めた。


「コイツが生まれてからこの十年、あれだけ手をかけてやったというのにとんだ誤算だ……弟の方も悪くはないが……あと一人は産んで試してみるか。いや、だが母体の調子は……」


「と、父さん、僕は……」


「黙れと言ったろう、この出来損ないが。私の顔に泥を塗りやがって……」


 その声の調子はひどく平坦で、まるで僕をモノか何かに見ているようだった。

 憧れて背中を追いかけてきた父さんとはまるで違う、金に目が眩んだ商人のような姿をしていた。


「よし……決めた。お前、明日から別館で過ごせ。ここに立ち入ることは許さん。修行も勉強ももうしなくていい。無能で出来損ないで欠陥品のお前はもう……何もするな」


 十歳の誕生日を迎えたその日から、僕――ブレド・ローフィールドは、父さんにとっての家族ではなくなった。



 ――――――――――――――――――――



 次の日から、別館での生活が始まった。


「ここが……」


 手渡された地図と周囲を何度も見比べて、ここが目的の場所であることを確認する。


 別館といっても、それは名ばかりのものだった。

 人一人が生活するのがギリギリの場所。

 中は埃にまみれ、窓ガラスは割れている。

 こんなものが、なぜ子爵家であるローフィールド家にあるのか、不思議に思えるほどだった。


「……よし」


 僕はまず、部屋の修繕や掃除から始めた。

 森の中にある草木で箒をつくり、掃く。

 前任者は掃除が苦手……というより、掃除を一切していなかったようだ。

 部屋をどれだけ探しても、掃除道具の類は見つけられなかったのである。


「でも、ここで生活してる人はいたみたいだ」


 食事をするスペースであろう、テーブルがある。

 また、小さいがキッチンもある。

 魔力を放出できない僕ではキッチンの魔道具を活用することはできないかもしれないが、薪を使った暖炉を活用すれば、料理は可能なはずだ。


「そして、この本棚だ……」


 部屋の壁には本棚が置かれており、みっちりと本が並んでいた。

 その中の一冊を手に取ってみる。

 題名は『超級火属性魔術の呪術打破の可能性についての考察』。

 すごく専門的というか……ニッチな内容だ。

 やけに劣化し、茶色く色焼けしたページをめくってみる。


「……うわぁ」


 中には複数の魔術式や計算式が描かれ、文字も一部古代語の表現がなされている。

 僕は五年後に学院へと入学するため、入学するために必要な最低限の知識は叩き込まれていたが、これはさっぱり理解することができない。


「でも、どうせ屋敷の書斎には入れさせてもらえっこないんだ。根気強く読み進めていこう」


 父さんからは屋敷のある本館へ入ることの一切を禁じられている。

 内容が難しかろうが、古代語が混じっていようが、ここにある謎の前任者の書物から学べるものを学ぶしかないのだ。


 だって――


「僕は、諦める気なんてさらさらないんだから」


 ずっと、父さんの大きな背中を追いかけてきた。

 いつかの日、病弱な母に読み聞かせてもらった物語の中の騎士のような、強い存在になりたいと願いながら。


 だから、勉強は続ける。修行だって続ける。誰に何と言われようと。



 ――――――――――――――――――――



 魔法王国アガスティア。

 僕が住むこの国は、資源や土地に恵まれ、実に大陸の約三割を領土に収める大国である。

 そしてその名の通り、この国では魔法というものの存在感が大きい。

 例えば生活面でいえば魔道具の開発が他国よりも活発である。

 また、軍事面でいえば、他国では兵士を騎士や歩兵などと魔術師でその役割を分けるが、この国では兵力の約七割をその両方の役割をこなす『魔法騎士』が、残りの三割を魔術師が占めている。

 結果として、王国は世界的にも随一の精強な軍隊――王国では騎士団と言われている――を保有している。


 他国の軍隊や魔獣から民を守るのは、魔法騎士の仕事。

 そして、魔獣なんかよりさらに恐ろしい『悪魔』と戦うのも、魔法騎士の仕事。


 この国では、英雄になるには魔法が使えることが大前提。

 それどころか、一切魔法を使えないとなれば、一般的な職業でも大した活躍はできない。


 でも……だからどうしたというのだ。

 前例がなくとも、どれだけ無理だと頭で分かっていたとしても、この憧れは止められない。


 魔法が使えないというのなら、斬撃を飛ばせるほどになるまで剣を極めればいい。

 魔法を撃ち返せないのなら、剣で道を切り開くか、その(ことごと)くを躱してしまえばいい。

 才能がないのなら、全身全霊を賭けて意志を貫けばいい。


 その先でこそ、きっと父さんもまた、僕を認めてくれるはずだから。



 そうして僕は、初めての一人暮らしと、訓練、勉学の日々に明け暮れた。

 森で魔獣を狩ったり、香草やキノコを採集したりしてそれらを調理に用いる狩人のような生活を基盤として、その間に剣を振り、体を鍛え、本を読み進めた。

 毎日のように体と頭を限界まで追い詰め、気絶したら眠る生活。

 そんな生活を、夏の暑さの中でも、魔獣が活性化する秋の中でも、凍えるような冬の寒さの中でも続けて……素振りの回数と腕立ての回数が1000回を超えるようになった頃だった。



 木製の車椅子に押された母さんが、この別館に訪れたのは。



 ――――――――――――――――――――



「母さん!」


 僕が車椅子に乗った母さんの元に駆け寄ると、その前に母さんの傍付き使用人――カリンさんという人だ――が立ちはだかった。


「ブレド様。あまりお母様を興奮させるようなことは――」


「ああ、すみませ……え?」


 カリンさんの後ろに控える母さんを見て、僕は愕然とした。

 母さんの顔は以前にも増して青白く、その瞳に生気は宿っていなかった。


「……あー……うー……」


 というよりも、心ここにあらずといった様子だった。

 目は開いている、が、意識はないといった感じ。


 母さんは僕と同じように、魔力の放出を調整する器官、『魔力弁』に障害を持っている。

 魔力を放出するために目に見えないほどの大きさで体中に空いている無数の穴、『魔力孔』。

 そこにある『魔力弁』は、魔力の放出や、逆に魔力を外に出さないために必要な器官だ。


 僕の場合はそれが閉じたままなため、魔力を放出することができない。

 つまりは魔法が使えない。

 母さんの場合は、その逆で――。


 ――ピキピキピキ。


 小屋の床に、母さんを中心として氷の膜が広がる。

 冷気が床と、母さんの全身から噴き出している。

 そう、母さんの場合は『魔力弁』が常に開いているのだ。

 そのために慢性的に魔力が欠乏しているため、体力が著しく低い。

 また、五大属性――火・水・風・雷・土のいずれにも当てはまらない特殊な魔法属性である氷の魔力を放出しているため、体が冷えやすく、病気にかかりやすい。


 ……とは言ったものの、こんな状態になった母さんの姿は見たことがない。

 こんな、中身のない抜け殻のような母さんの姿は。


「ねぇ、カリンさん」


「……はい」


 よくよく見れば。

 首元には、五本の指で締め付けられたような痕がくっきりと残っていた。


「この首の痣は、父さんがやったものですか?」


「…………」


「母さんに何があったんですか?」


「……それをお教えすることは、できません」


「なるほど」


 守秘義務というやつだろうか。

 それを破れ、というのはあまりにも酷だろう。

 僕は立ち上がった。


「待ってください。どこへ行くつもりですか」


「決まってるでしょ、父さんのところです。……問いただしてやる」


 外に出ようと扉に手をかけたら、カリンさんに服の裾をつかまれた。

 力ずくで振りほどこうとしたけど、できなかった。

 この一年、あれだけ鍛えたというのにびくともしない。

 すごい力だ。

 一体なんなんだ。


「なんのつもりですか」


「……いま、ブレド様がお父様の元に向かわれても門前払いを受けるか、有耶無耶にされるだけです」


「でしょうね、でも百発ぐらいぶん殴れば口にする言葉も変わるかもしれませんよ」


 パァン!


 乾いた音が響く。

 頬に鋭い痛みが走った。


「ガンマ様はそんな短絡的な行動が通じる御方ではありません。何人もの騎士があの方をお守りしています。そして、あの方自身も一騎当千の騎士です。魔法の使えないブレド様ではどうすることもできません」


 なんだか懐かしいな。

 頬を叩かれたことも、魔法が使えないことを揶揄されたことも。

 そういえば、人と話すのも随分と久しぶりのことだ。


「でも、カリンさん。だったら僕には、何もできないって言うんですか」


「…………」


「こんな母さんを前にして、僕にできることは何もないって言うんですか!」


 僕がこんなに声を荒げても、母さんは不思議そうな表情で首をかしげるだけだ。

 魔法が使えない、力がない、年端もいかない十一歳のクソガキが何言ってんだって、そんなことは分かってる。

 でも……本当にないのか。

 母さんのために僕がやれることは、本当に、何も……。


「そばに……居てあげてください」


 涙声が聞こえて顔を上げると、そこには涙を浮かべるカリンさんの姿があった。

 気づいたときには、目の前の光景がぼやけて歪んでいた。

 僕の目からも涙が溢れ出していた。


「実は、ブレド様にお母様の事情を話さないのは別に命令されたからというわけではありません。私の独断です」


「え……?」


「落ち着いて聞いてくださいブレド様。お母様はもう、長くはありません」


 カリンさんの話によると、母さんの体は一年も前にはもう限界を迎えていたらしい。

 それが、この一年――結局のところ原因は教えてくれなかったけれど――さらに体を酷使したせいで取り返しのつかない状態になっているのだとか。

 身体的な衰弱はもちろんのこと。魔力の欠乏によって脳に十分な魔力が届けられず、認知機能にも影響がでている。


 もはや、治療による回復は見込めない。

 父さんは母さんの治療を諦め、母さんをこの別館へと追いやった。

 母さんの実家であるフランデール子爵家に情報がいかないよう、カリンさん以外の使用人や関係者には、集中的な治療を施させるためだと嘘をついて。


 僕やカリンさんには知られてもいいと考えたのだろう。

 いち使用人であるカリンさんや、跡取りにもなれない魔法の使えない僕の発言力と父さんのそれでは、信憑性に天と地ほどの差がある。

 どっちの言うことを信じるかなんて問い自体、馬鹿馬鹿しくなるほどの差が。


「お母様はもって、あと二年といったところです」


「そう、ですか」


「だからこそ、お二人は一緒にいるべきです。絶対に」


 屋敷にいた頃、勉強と訓練漬けの毎日を送っていた僕が母さんに会えるのは一週間に一度だけだった。

 この別館に移動してからは、ただの一度も会えていなかった。

 もしかしたらもう二度と、生きて会うこともできないかもしれないと思っていた。


「……母さん」


 母さんの手を握る。

 寝たきりだったベッドの上で騎士物語を読み聞かせてくれた、母さん。

 きっと疲れていたはずなのに、それをわずかでも気取らせない優しい笑顔を振りまいていた母さん。

 辛いときは、母さんの前でだけ泣いていられた。

 涙を流す僕の頭を、母さんは微笑みながら撫でてくれた。


 その手は溢れ出す氷の魔力のせいで、ひんやりと冷たかった。

 それでも、僕が貴方から受け取ったものは、こんなにも温かかったから。


「……?」


 母さんはきょとんと首を傾げた。

 その仕草は、十一の僕なんかよりも、ずっと幼い子のようだ。

 僕は母さんを抱きしめた。


「今度は、母さんのことは、僕が守るから」


 あと二年やそこらで、一体どれだけのものが返せるだろう。

 きっと、十分の一でも返せやしない。

 守るなんて言ったって、僕にできることなんて限られている。

 それでも。


「私も誠心誠意仕えさせていただきます」


 そう言って震える僕の手を握ってくれて、支えてくれる人がいるから。

 僕はきっと頑張れる。

 僕一人じゃできないことも、できるのだろう。



 ――――――――――――――――――――



 その日から、三人での生活が始まった。

 母さんの介護も始まるからある程度生活が苦しくなることも覚悟していたが、むしろ負担は軽くなった。


 母さんの傍付き使用人であったカリンさんの助力が大きかったのである。

 むしろ、放っておいたら無理をして次々と家事もしてしまおうとするため、僕が怒ったこともあるくらいだった。


 そんなことだったから、訓練だって続けられた。

 奪われた母さんとの時間を取り戻すこともできた。


 母さんとは、たくさんの話をした。

 話をしたと言っても、僕が一方的に語りかけていただけだけれど。

 これまであったこと、そのときに感じたこと。

 これからどうしたいか。


 カリンさんが母さんの寝室からこっそり持ってきた騎士物語の本を、今度は僕が母さんに読み聞かせたりもした。

 母さんは僕の頭を撫でてくれたときのような大人びた優しい笑顔ではなく、純粋な子供のように笑っていた。


 母さんの心に僕はいなかったのだろう。

 それでも僕は嬉しかった。


 三人での生活は、まるで本当の家族のようだった。

 無理をしがちなカリンさんは母親のようで、カリンさんと僕に世話をされる母さんは、新しくできた妹のようで。

 こんな日々がいつまでも続けばいいと思っていた。

 それでもこの日々は、初めから終わりが決まっていた日常で。



 余命とされていた二年から、さらに二年が経った頃。


 しんしんと雪が降る冬の朝。

 雪解けを待たずに、母さんは息を引き取った。

 寝の途中の子供のような、邪気のない笑顔を浮かべながら。

 それはカリンさんが持ってきていたカレンダーの花丸の左隣……僕の成人を迎える誕生日の、前日のことだった。




 次の日、本館で母さんの葬儀が行われた。

 そしてその後、僕は父さんに呼び戻された。

 実に五年ぶりに、僕は屋敷への帰還を果たしたのである。



 ――――――――――――――――――――



「今日が成人の誕生日だったな、ブレド。おめでとう。そして正式な手続きが済んだ。お前はもうこの家の子ではない」


「……は?」


 父さんの執務室に入った直後、そんなことを言われて僕は思わず絶句した。

 五年ぶりに息子に会って、初めに言うことがそれか?

 母さんの葬儀が終わってすぐに話す内容が、それなのか?


「ん、聞こえなかったのか? お前を追放すると言ったんだ。ああ、ローフィールドの姓を名乗ることは許さんからな。今、この瞬間から、お前はただのブレドだ」


 気だるそうに言う父さんは、もう話は終わったと言わんばかりに手元の書類に目を通し始めた。

 僕のことなんか、視界にすら入っていない。


「待ってください、父さん。僕……あれから、修行したんです。剣も身体も鍛えて、魔法だって、ちょっとなら斬り落とせるようになったんですよ?」


 ……駄目だ。五年も言葉を交わしていないからか、どうしても、他人行儀になってしまう。

 以前の僕は、どんな態度で、どんな気持ちで、父さんと向き合っていたのだろう。

 もう思い出せない。

 思い出せないが、伝えるべきことを伝えなければ、後がないのは確かだ。

 僕は斜め下を眺めながら、必死に口を動かす。


「それに……大型の魔獣だって倒せるようになったんです。ほら、うちって魔獣の被害が結構酷かったじゃないですか。たぶん、この五年でだいぶ改善されてるはずだと、思うん、ですけど……」


 思わず、言葉が詰まる。

 顔を上げたのがいけなかった。

 父さんの、ゴミを見るような目が、僕に向けられているのが分かってしまったから。


「もはやそんな妄想を口にするようになるとはな。大型の魔獣なら我が騎士団の騎士たちが討伐していると報告されている。それに……魔法を斬るだと? ハッ、そんな芸当、できるわけなかろうが。言い訳をするにしても、もっとマシなものを考えるべきであったな」


「待ってください、父さん。僕は本当に――」


「黙れ。それにもう、私はお前の親ではない。それにお前はもう貴族ですらない。この私を父親呼ばわりする愚行は決して許されるものではない」


「…………」


「早々に立ち去れ。お前のような者が私の血を引き、同じ世界に存在していると考えるだけで怖気が立つ。不愉快だ」


 父さんはそれだけ言って、再び手元の書類にサインをし始めた。

 本当に、一縷たりとも僕に興味がないようだった。


 僕は……訓練するとき、どうしても父さんのことを思い描いていた。

 父さんのような騎士に追いつくには、どうすればいいのだろう。

 父さんに認められるような騎士になるには、どうすればいいんだろう。

 けれど、無駄だったようだ。

 父さんとの心の距離は、こんなにも離れてしまっていたのだから。


「……承知、しました。これまで育てていただき、ありがとうございました。……ガンマ様」


 僕は振り返り、執務室の扉へと歩を進めた。

 幼い頃はよく、父さんの仕事の傍らで勉強に励んでいた場所だ。

 しかし、もうここにも、あの小屋のような別館に戻ることもないだろう。

 僕はもう、この家の子供ではないのだから。


 僕は、踏みしめるように歩いた。

 そして、扉に手をかけようとしたその瞬間、ひとりでに扉が開いた。


「――え?」


『――――』


 そこにいたのは、四~五歳くらいの、可愛らしい女の子だった。

 耳にかかるほどの、氷のような透き通った薄青色の髪。

 オッドアイと呼ばれるものだろう。その髪色と同じ色をした美しい右の目と、僕が持つのと同じ、金色の瞳を左の目に宿している。

 そして――


『……?』


 その、きょとんとした穢れのないその表情が、僕の一番愛した人のそれと重なった。


「――あ」


 目の前にいる、四、五歳くらいの幼女。

 四年前に、茫然自失となって別館に現れた母さん。

 母さんの首元にあった、手の締め付け痕。


 僕の中で点と線がつながる。

 僕だってもう、子供じゃない。

 五年前に何があったのか……カリンさんがどうして僕に説明するのを躊躇ったのか。その理由が、否が応でも理解できてしまう。


「――――ッ!」


 鞘に納めている剣の柄を握る。

 僕は、かつて父と呼んでいた男に斬りかかろうとしていた。

 僕と同じ男の金色の瞳がギラリと光る。


 男は座ったままだ。

 魔法を使えないからと、僕のことを舐めているのだろう。


 男は金獅子と恐れられたほどの火魔法の名手だ。

 勝てるだろうか。

 ……分からない。だが、刺し違えてでもその首と自慢の腕を斬り落としてやる。


 そんな黒い感情に支配された僕を止めたのは、冷たくも懐かしい温度だった。

 振り返る。

 そこには無垢な表情をした、母さんの形見である肉親がいた。


「……ぐっ!」


 僕は抜こうとした剣を鞘に納めた。

 この子の前で、血生臭い真似はできない。

 幼い頃に受けた心の傷がその先でどうなるか、僕は身をもって知っている。


 男と殺し合えば凄惨な現場になるのは明白だ。僕が勝つにしろ負けるにしろ、腕の一本や二本は飛び、血の沼ができることだろう。

 そんなところを、この子に見せるわけにはいかない。


「どうした? 最後に骨のあるところを見せてくれると思ったが……怖気づいたか? やはり貴様は私の失敗作だったようだな」


「……失礼します。ガンマ様」


 言葉はもう、意味をなさないだろう。

 彼にとっても……僕にとっても。

 誇りを失ったら、騎士としては終わりだ。

 僕は彼を軽蔑する。

 僕があの男を目指すことは、これから先何が起ころうともない。


「ごめん……君の力になれなくて」


 今日初めて会った妹にそう告げて、彼女の横を通り過ぎる。

 彼女の表情からは感情が読めない。それが彼女の性格ゆえなのか、状況が読み込めてないからなのか、そんなことすら僕には判断がつかない。それどころか、名前すらも……。

 彼女にはこれから、苦労が待ち受けることだろう。

 もしかしたら、すでに苦しみの中にいるかもしれない。

 母さんの名残をとどめるそんな彼女を救う力が、僕にはない。


「ごめん……本当に、ごめん……」


 無力感に苛まれながら、僕は部屋を後にした。



 ――――――――――――――――――――



 屋敷の外に出ると、雪の中、正門につながる庭の前に見知った男が立ちふさがっていた。

 弟のクリスだ。五年も経過したが、サラサラとなびく金色の長髪を見て、誰なのかはすぐにわかった。


「やあ兄さん、久しぶり。どうやら父さんとの話は終わったようだね」


「……何の用?」


「あーあー怒らないでくれよ。ただ聞きたかっただけさ、幼少期は跡取りとして期待されて散々に訓練漬けの毎日を送った挙句、家から追い出された気分はどうだいってね」


 クリスは手で口を隠してクスクスと笑う。

 クリスは昔、あの男に気に入られていた僕に嫉妬しているようだった。

 その感情をおくびにも隠さないから、僕は弟とまともなコミュニケーションを交わした記憶がない。


 確かに、クリスには同情する部分もある。

 生まれ持った魔力量の違いから、あの男は僕を跡取りに考えていたようで、僕と弟は全く異なる生活を送っていた。

 僕が訓練や勉強に明け暮れている間、弟は友人と遊んだり、読書をしたりしていた。

 あの男の関心は僕に向いていたから、弟に関してはある程度の自由を許していたのだ。

 しかし、それが幼い弟に孤独感を植えつかせてしまっていたかもしれない。一年も放置されて誰と話すこともなかった今の僕には、痛いその気持ちがわかる。

 当時の僕も、何となく弟のそんな機微を察していた。

 けれど、気遣いも交流も、その悉くが失敗に終わっていた。


「その……まあ、なんだ。元気そうで良かったよ。それじゃあ、体には気を付けて……」


 元々コミュニケーションが上手くいってなかったのに、五年も間が空いてしまえば話す内容なんて思いつかない。

 僕は早く立ち去ろうとクリスの横を通り過ぎようとしたが、すごい力で腕を引っ張られた。

 どうやらクリスは、まだ僕に話したいことがあるらしい。


「ちょっと待ちなよ兄さん……ねぇ、今、ウチの騎士団に出されている極秘任務のことは知ってる?」


「極秘任務?」


 極秘なら部外者の僕が知るわけないと思うんだけど……。


「『屋敷に侵入した不埒な賊の輩……ブレドを討伐せよ』」


「!?」


「それが父さんが騎士たちに出した命令だよ。もちろん、討伐した者には報酬が出る。……完全に捨てられたねぇ、クソ兄さん。それと……この命令は見習い騎士である僕にも参加が許されてるんだ」


 クリスは下卑た笑みを浮かべながら、剣を抜いて近づいてきた。

 剣には金色の炎が宿っている。

 魔剣というやつだろう。


「あー、魔法が使えないクソ無能兄さんにこれは必要ないか。じゃあ……」


 クリスは剣を持つ手を天に掲げた。

 雪の降る闇夜に、黄金色の火球が次々と展開される。

 その数は、二十を超えている――!


「これで死ねよクソ兄さん……【火弾連弾(ファイアボール)】!!」


 火属性初級魔術、【火弾(ファイアボール)】。

 しかし、それを複数発同時に発動すれば人を殺すには十分すぎる火力がでる。


「――――!」


 バックステップで後退しつつ、僕は剣を引き抜いた。

 魔法を斬ったことならある。

 騎士としての戦闘経験もあるカリンさんに、修行をつけてもらったのだ。


 とはいえ、カリンさんの出せる【火弾(ファイアボール)】の総数は五。

 二十もの数を出せるクリスはやはり子爵家の血を引く魔力的に優秀な者だということだろう。

 さすがにそれほどの魔法を捌いたことはないが――、


「――ふっ!!」


 すべてを斬る必要はない。

 致命傷に直結する攻撃以外は無視し、僕は魔法の核となる中心点を切り裂いていった。


 ザシュ!! シュバッ!!


 十は斬り落とした。

 だが、対処しきれなかった魔法が僕や庭に直撃し、粉塵を巻き起こした。


「な、魔法を……斬った? そんなこと、ありえるはずが……」


「ぐぅ――ッ!」


 僕は衝撃による痛みを奥歯で噛み殺し、低姿勢のままクリスの元に駆ける。

 魔法が直撃した左肩や右足は焦げ、プスプスと煙を上げている。

 クリスは本気だ。

 本気で僕を殺すつもりでいる。


 僕の命を狙うなら仕方がない。

 仕方がないから――


(なら……殺すか?)


 加速する思考の中、冷徹にその結論を下す……のは、やめにする。


 困ったもので、剣を握ると時々このような黒い感情が沸き上がることがある。

 黒い感情は、僕の心の中でささやくように、時折僕を突き動かす。

 魔獣と戦っているときも、この感情に苛まれそうになっていた。


 この感情に任せ、本能のままに剣を振るえば、確かに強大な魔獣すらも無意識のままに討伐することができた。が、決まってその間は記憶に綻びが見られた。

 カリンさんを傷つけようとしてしまったこともあった。


 これが何なのかは、正直よく分からない。

 僕の出生によるものなのか、それとも外部的要因なのか……。

 しかし、これがよくないものは確かだ。

 だからこそ、僕はこの感情を制御し、支配して戦わなければならない。


 顔を上げれば、クリスは動揺しつつも、意外と冷静に再び火弾を展開している。


(腕の一本くらいなら、ここの治癒術師は簡単に治せるはず……)


 僕はクリスを無力化するために、腕を斬り落とそうと剣を振り上げた。


 しかし、そのとき――突如出現した氷のツタが体を絡め、動きを止めた。……クリスの。


「何のつもりだい、ティア。この僕を邪魔するなんて」


 クリスが吐き捨てるようにそう呟く。

 振り返ると、そこには執務室で会った妹の姿があった。

 どうやらティアと言うらしい。


「……わたしはただ、にーさまを助けただけ」


「なに!? 一度も会ったことがないこの男を、お前は兄呼ばわりするのか! 大体こいつは家を追い出されて――」


「……ちょっと違うけど、めんどくさいから……もうそれでいい」


「なんだと!」


 どうやら、クリスの意識は完全にあの子に向かっているらしい。

 見たところ、クリスのコンプレックスは今、あのティアという妹に向いているようだ。

 美しい氷の魔法だ。

 幼少であの魔法を扱えるとしたら、将来は希望に満ちているはずだ。


「……にーさま」


 ティアと視線が合う。

 相変わらずその表情は分かり辛いが、ここは任せてほしいという意思は感じられた。


「ごめん、ティア! この借りは必ず返すから!!」


「あ、おいクソ兄さん!! ……っおい、ティア、邪魔をするな! だいたいお前はいつもいつも……っ!」


 後ろでドンパチ響く音を聞きながら、僕は走った。


 それは、俗に言うところの兄妹喧嘩というものだ。

 クリスに怒りはあるのだろう、恨みもあるのだろう。しかし、そこに殺意はない。

 クリスに言ったら怒られるかもしれないけれど、僕は二人のやりとりを微笑ましく感じてしまった。


 願わくば、二人が分かり合える日が来るといいなと思う。

 僕にはもう、どうすることもできないだろうから。


 心の中で彼らを弟や妹と呼んでいたが、僕にはもう、便宜上、兄弟なんてものはいない。

 父には離縁され、愛した母はこの世を去った。

 姓を剥奪された僕には、家族と呼べる者はいない。

 父も母も弟も妹も、祖父母という存在だって、僕にはない。


「…………」


 僕は、孤独感に胸を押さえながら走った。

 走って、屋敷を後にした。

 振り返ることはしなかった。











 ――――――――――――――――――――



「痛つつ……っ」


 僕はクリスにやられた左肩を押さえながら、ゆっくりと山を登っていた。

 ――そう、真冬の雪山を、だ。


「……ざ、ざむいぃぃ……」


 荒れ狂う吹雪は僕を殴りつけ、目の前に広がる景色は無限の白。

 空に輝く満天の星空は行先を照らしてくれていたけれど、それだけでは物足りないので、僕は両目に魔力を込めて、何とか視界を確保していた。


 ……さて、なぜ僕がこんな馬鹿な行動をとっているかというと、話は数時間前に遡る。

 僕はローフィールド家の領地である都市のはずれで宿を取ろうとしていた。

 さすがに屋敷のすぐ近くに泊まるのは危険だろうし、なによりばつが悪いと考えたのだ。


 お金に関しては、カリンさんにこっそりと渡された金貨三十枚があった。

 無駄遣いをしなければ半年は生活できる金額である。


 これは、僕が追放通告を受ける前に受け取ったものだった。

 カリンさんは何らかの予測を立てていたのだと思う。

 きっと、宿泊や馬車による長距離の移動が必要だと考えていたのだろう。


 何にせよ、宿をとるには十分過ぎる金額である。

 しかし、僕は門前払いされてしまった。

 子供だと勘違いしたのかと成人済みしていることを伝えたが、そういうことではないと言われた。


 何と、僕に一切の施設を利用させないようにと、都市全体に勧告がなされていたらしい。

 僕を泊めたことがバレれば、店は破産に追い込まれるとか。

 見れば、宿のレストランで食事をしている客のうち、何人かの目が光っていた。

 諦めて外に出て歩いていると、そこでも尾行されていた。

 人目を外れると、襲い掛かられることもあった。

 交代制にしているのか、零時を回っても刺客は現れた。


 襲い掛かってきた騎士は一応すべて返り討ちにしたが、この都市に居ては命の危険がつきまとい続けることは明白であった。

 それに、衣食住が確保できず睡眠が取れないままであれば、長く滞在すればするだけ戦闘で僕が不利になる。

 その考えに至った僕は、今夜中に山を越えて王都に向かう決死行を決断したのだ。

 ……したのはよかった、のだが。


「だ、駄目だ……さすがに目眩が……」


 僕が登山を始めて、もうかなりの時間が経つ。

 最初の方なんかは追手があったし、一日で越えるつもりだったから全力疾走で登っていたが、さすがに体力に限界がきていた。


 やはり登山……本で読んでいたように、そう甘くはないようだ。

 まぁ、中腹にある大きな洞窟で休もうとしていたら、まだまだ騎士が追いかけてきていたから、立ち止まるわけにもいかなかったわけだけど。

 寝ているところを数で押し込まれたら、さすがに部が悪いしね。


「でもでも、さすがにこんな植物の欠片も存在しないような場所までは追ってきてないみたい……とにかく今は、一刻でも早く洞窟を……?」


 僕が休める場所を探そうと周りを見渡していた、そのとき。

 視界の先で、何か白いものが蠢いているのに気付いた。

 白は二百色もあると、いつか本で読んだことがある。

 その白は、真っ白な景色の中でも一瞬で判別がつくほどの純白の巨影。


「……まさか」


 僕は震える右手を逆の手で殴りつけ、剣を引き抜いた。


『ォ、オオオオオオオオオオオオオオン!!』


 耳を劈くような鳴き声が雪山に木霊し、突風が吹雪をも吹き飛ばす。

 視界が開ける。

 そこにいたのは、全高八メトルを超える、六つ目の巨大な狼だった。


巨酸(ジャイアントアシッド)白狼(ウルフ)――――ッ!」


 僕が名を呼んだのをまるで理解したかのように、山の一角にも思えるような巨大な狼は雄叫びを上げながら僕に突撃を仕掛けてきた。

 叫び声が聞こえた直後。

 巨狼の殺意のこもった視線は、僕の眼前に迫っていた。

 僕の右肩に凄まじい熱がはしった。


「ぐぁぁ――ッ!?」


 巨狼はその牙を僕の肩に突き立てていた。

 咄嗟に魔力で右肩を強化するが防ぎきれるはずもない。血は濁流のように流れ落ちる。

 流れ落ちる。

 流れ落ちる。

 流れ落ちる――!


「――く、そぉぉぉおおおおおおおお!!!」


 僕は思い切り左脚を蹴り上げ、巨狼の顎を打ち抜いた。


『ギャオッ!?』


 牙が抜けたので、もう一発顔面に蹴りをお見舞いし、衝撃を利用して後退する。


『グルルルルルルルルル』


 巨狼は怒りの形相で僕を睨むが、警戒しているようで迂闊には手を出してこない。

 僕は改めて目の前の化物の動きを観察する。


 ジャイアントアシッドウルフ。

 草の一本も存在しないような高山の寒冷地帯……山頂付近に生息する、アシッドウルフの長的な存在だ。

 アシッドウルフはその名が示す通り肉食で――もちろん他の魔獣を食することもあるが――その主な食糧は同種である他のアシッドウルフである。


 アシッドウルフたちはまるで東洋呪術の蠱毒のように、雪山の上で喰らい合う。

 殺した同族の肉体と魔獣にとっての魔力生成機関(人族にとっての心臓)を喰らうことで、己を強化していく。

 そうして、強い個体のみが生き残っていく。

 強い個体同士が結ばれ合うことで、より強い個体が生み出されていく。

 そうやって生み出された個体同士も喰らい合う。

 その輪廻の中で、現時点で頂点に君臨している者――それがジャイアントアシッドウルフなのである。


 等級は竜種と並ぶAランク。

 同ランクの冒険者か、上級騎士が適切なバランスのパーティーを組む……もしくは、中級騎士が五十人規模のレイドを組んで何とか討伐できるかできないか、とされる強敵だ。

 ちなみにAランクの冒険者や上級騎士なんてものは全世界を見渡しても百人程度。

 中級騎士は一般的な魔法騎士のことであるが――それでも、かの有名な学院を卒業した者がようやく成れるものだ。そう容易くはない。


 彼らが束になってようやく張り合える相手……それが奴なのだ。


『……オォォォオオオォォォオオオ……』


 ビリビリと体中に痺れがはしる。

 心臓がドクン、ドクン、と大きく跳ねる。

 緊張と不安でおかしくなりそうなのを、わずかばかりの酸素を鼻から吸い込み正気を保つ。

 思考と肉体を駆動させろ。

 でなければ、僕は死ぬ――!


「!」


 見れば、巨狼は牙を覗かせつつ頬を膨らませている。

 得意の酸爆弾をお見舞いするつもりなのだろう。

 僕は駆けた。

 低く、低く――犬のように。


『ウ、ヴォアアアッッ!!』


 吐き出された酸は地面の雪を溶かし、僕の左肩を真っ赤に変色させた。

 被害は最小限にとどめた。――勝機はここにしかない!


「せああああああああッ!!」


 僕は巨狼の獣毛に飛び移り、魔力を足に込めて駆け上がった。


 魔獣だって魔力で動く生き物だ。

 大量の酸を吐き出すには、大量の魔力が必要で、当然大量の魔力を一気に消費すれば隙ができる。

 とはいえ、その隙は一瞬だが――一瞬もあれば、僕には十分だ。


「――ふっっ!」


 僕は巨狼の胸部に到達してすぐ、剣を突き立てた。

 多くの場合、魔獣は胸の部分に、魔獣たちにとっての魔力生成機関である魔石を隠している。それは巨酸白狼にとっても例外ではない。

 それを破壊すれば、魔獣は生命活動を停止させる――つまりは、奴らにとっての弱点というわけだ。

 だが――


 ――パキパキ、パキン!


 胸部に突き立てたその瞬間、強固な筋肉に阻まれ、剣を真っ二つに破壊されてしまった。


『グルァアアッッ!!』


「くーー!」


 大爪を横っ腹に叩きつけられ、僕は雪の地面と不細工な接吻を交わしてしまった。

 頭はグワングワンと揺れているが、すぐさまに立ち上がり、奴との距離を測りなおす。

 雪にまみれた体で、僕は思わず心の中で吐き捨てた。


 ――硬度が足りない!


 通算一三〇本目となる愛用の鉄剣は、その真ん中でポッキリと折れてしまっている。

 巨狼の胸筋は、信じられないほどの硬さを誇っていた。

 モンスターにとって弱点である魔石。

 それを守ろうと肉体が発達するのは当然と言えば当然のことだ。


 無論、ゴブリンやスライムなどの低級魔獣や、通常種のアシッドウルフであれば問題なく魔石ごと破壊できたことだろう。

 しかし、奴は紛れもない規格外の化物……A級モンスターだ。

 常識は捨てるべきだろう。


(それに――)


 僕は普通の剣士、戦士のように魔力で武器を強化することができない。

 魔力を放出できない……それはつまり、魔力を流し込んで剣の強度や硬度を高めることができないことを意味している。


 僕が強化できるのは、あくまで内側である肉体だけ。

 手元にある武器は半分に折れた鉄の剣一つ。

 この鉄剣はカリンさんが屋敷から別館に毎度こっそり届けてくれていたものだが、別れ際に再び新品のこれを渡されただけ、替えはない。

 カリンさんもまさか僕が買い物の一つもできずに単身雪山を登らされ、A級モンスターと対峙するとは思ってもいなかったのだろう。


 ともあれ、僕の持っている手札はこれで全部だ。

 なら――これらを使って戦うしかない。

 手札が欠けていることなんて、ずっとそうだった。変わらない。

 全力で……命を賭すほどの全力で己を追い込まなければ理想には手が届かないなんて現実も、ずっとそうだった。何も変わらない。


 でも……それでも。

 変わらない現実の中で、僕は僕を変えたいと、そう願ってしまったから。

 常識なんて思考ゴミは捨ててしまえ。

 この困難を打ち倒し、理想に再び手を伸ばしたいと、そう望むなら――。


 巨狼は獰猛な笑みを浮かべるように、引き裂かれた口から巨大な牙を覗かせる。

 対面。僕は獲物を前にした狩人のように奴を睨みつけた。


「――勝負だ」


 僕は再び低姿勢に構え、弓を引き絞るように右足を雪に沈ませ――それを一気に解放した。

 肉体の内側で魔力を爆発させる感覚。

 僕は肉体を光矢と化して、突撃を慣行する。


『オオオォォォオオオンン!!』


 巨狼はその凶暴な爪を振り下ろし、地面に叩きつけた。

 高波となって迫る豪雪。だが、僕のスピードは衰えない。


『ウ、ヴォアアアッッ!!』


 先ほどと同じように巨大な酸の塊が吐き出される――が、奴自身が発生させた雪の波に守られ、僕の身体にそれが降りかかることはなかった。


「ふッッッ!!」


 奴に接近した僕は、再度、足の魔力を爆発させる。

 奴の胸部――その一点に僕は肉薄する。奴の獣毛に掴みかかる。

 そして僕は、魔力で強化した左の爪と指で、毛皮ごとそれを毟り始めた。

 グチャリと巨狼の血と体液が撒き散らされる。僕の指が奴の赤と黄色のそれで染まる。


『ッッ!?』


 奴は慌てて僕を振り落とそうと、巨躯(きょく)独楽(こま)のようにその場で回転させた――が、当然、僕もそれくらいは読んでいる。


『!!!!?!!!!?!?!?!?』


 僕は右の手で握りしめていた半分に折れた鉄の剣で、胸部ほど頑丈ではない腹部を『僕の右足ごと』突き刺した。深く深く、深く。

 当然、燃え上がるような熱と痛みが脹脛(ふくらはぎ)から零れ落ちる。

 だが――


「――これで、捕まえた」


 僕は剣を手放して自由になった両手で、巨狼の皮に爪を立てた。

 毛を毟り、肉を剥ぐごとにドブのような鮮血が舞う。

 奴は僕を振り払おうと必死になるが、落ちようとするたびに僕は剣を押し込んでその場に留まる。


『ギャオオオオオオオオオオオオオンンン!!!』


 痺れを切らしたのか、奴は僕の左肩に噛みつく。

 僕は魔力で左肩を強化しつつ、構わず右の手と、今度は口を使って肉を抉り続けた。

 口に含んだ血肉を吐き捨てる作業を無限回に繰り返し、僕はやがて目的のそれに辿り着いた。


「……これが、巨酸白狼の魔石……」


 僕の身長くらいあるその巨大さは言わずもがな。

 高価な葡萄酒のようなワインレッドと、縦に長い均整のとれた六面体はその希少さを物語る。

 紛れもない、奴の魔石だ。


『ヴォエ、ヴォア……ヴォエォアアアアアアアアアアアアア!!!』


 巨狼は僕の左肩に噛みつきながら、血と酸が混じったものを大量に吐き出し始めた。

 奴の牙を突き立てられた左腕からはグチュグチュと音がしている。

 もう使い物にはならないかもしれない。だけど、少なくともここは切り抜けられる!


「ぅ、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 僕は渾身の力を込めて、右拳を魔石に叩き込んだ。

 当然、一度で破壊することはできない。

 だから何度も殴った。何度でも叩き込んだ。

 何度も何度も殴打した。


 殴打。

 殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打――――――


「おらぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


『――――――――――――――――――――――――――――』


 ぐしゃりという音が二つ響いた。

 一つは奴の魔石が砕ける音。

 もう一つは僕の左肩が骨ごと崩れ落ちる音。

 左腕を失いながら、僕は奴に勝利したのだ。



 ――――――――――――――――――――



「ぅ、ぁ……う…………」


 寒い、痛い、熱い、寒い、痛い、痛い痛い痛い。

 視界はぼやけ、今にも気絶してしまいそうなのに鋭すぎる痛みが僕の意識をこの場に留めていた。


 体中が痛い。

 肩から先がない左腕は言うまでもないが、体を固定するために剣で抉った右足や奴の爪で抉られた傷、ほぼ全身に浴びてしまった奴の酸が沁みて、熱いやら寒いやらもうよく分からなくなっている。


 無論、防寒しなければいけないことくらい頭では分かっている。

 けど、どう考えても今から洞窟を探すなんてのは無理だ。


「……あ」


 そこで僕は目を向けた。横たわっていた巨狼の死体に。

 死体と言えど、まだ温かいはず。

 それに、アシッドウルフの毛皮は主に北の国では防寒具として利用されているとも聞いている。奴は大きい。それで僕の全身を蛇が巻き付くようにくるめば防寒になるのではないか。


 そう考えて、一歩、二歩と歩いた、そのときだった。


『『『グルルルルゥゥ……』』』


 獣たちの、唸り声が聞こえたのは。


「…………」


 振り返る。

 そこには複数の赤い目。

 獣たちの、赤い目。


 アシッドウルフは単独行動を好む。「共通の敵」をみつけたなどの異常事態を除いて。

 なら――その「共通の敵」が……長年君臨していた長を討伐する人間が現れたとすれば?


 答えはすでに、僕を取り囲んでいた。

 その数は十、二十……いや、三十は超えている。


「ふふ……はは」


 何だ、これは。

 父に縁を切られ、弟や抱えの騎士たちに命を狙われて。

 雪山に決死行せざるを得なくなって、巨酸白狼と戦う羽目になって。

 仕舞にはアシッドウルフの群れだって?

 これじゃまるで、世界が僕を殺そうとでもしてるみたいじゃないか。


「あはははは…………」


 いや、違うな。

 最初から、この世界が僕の味方になってくれたことなんて一度もなかったじゃないか。


 見れば、鉄の剣ももう、根本までヒビが入っている。

 もう使い物にならないだろう。


 左肩から先はなく、あるのは指の骨さえ剥き出しになった右の拳と、傷だらけの両足。

 そして、身の丈に合わない理想への執念だけ。


(あぁ……)


 足りないものばかりだ。

 失ってばかりだ。


 ……いいだろう。

 だったら戦ってやる。抗ってやる。

 この血の一滴絞り切れるまで、無様に誇り高く抗い続けてやる。


「ぅ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォ!!!」


 僕は、グシャグシャになった右の拳を構え。

 取り囲む狼どもの集団に、獣のような雄叫びとともに激突した。











 ――――――――――――――――――――



 妙齢の女は、ひとり、吹雪荒れる山を登っていた。

 一見、細見の身体。

 雪と同じ白銀の長髪とクリスタルのような輝きを放つ瞳は、王族令嬢のような高貴さをも感じさせる。


 しかし、そんな女が東洋で言うところのお米様抱っこの要領で猪型の魔獣――ワイルドボアという――を肩に抱えているのだから驚きだ。


 女は歩く。

 重さをものともしないように。寒さなど感じもしないように。


 彼女を知らない者がその光景を目にすれば、正気の沙汰ではないと思うだろう。

 だが、彼女を知る者であれば――「ああ、彼女であればそのくらいはするだろうな」といった程度の感想しか抱かないことも、また事実。

 無論、この騎士国家で彼女の名前を知らない者など一人もいないのだが。


「……ん?」


 女は足を止めた。

 目の前に飛び込んできた光景が、あまりにも異様だったためである。


 まず、目立つのは横たわっている巨酸白狼の死骸。

 その胸部は開かれ、内臓と砕けた魔石が剥き出しになっていて痛々しい。


 そしてそれをグルリと囲むように、アシッドウルフたちの死体が同じような状態で転がっている。


 そこに一つ、人間の……少年の死体があった。

 左肩から先が捥がれ、全身のありとあらゆるところがあらぬ方向に曲がっている。

 女は少年の死体に触れてみる。

 温かい。脈がある。どうやら死体ではなく、少年はまだ少年らしい。


 とはいえ、風前の灯火であることに違いはないが。


「…………」


 女は続けて、周囲の状況を観察した。

 胸を開かれて倒れている無数の魔獣の死体と、ボロボロの少年。

 雪で隠れてしまっている可能性もあるが……見たところ他に戦闘の痕跡はない。

 ふと、足に何かが触れる。

 拾い上げてみると、根元まで砕けた、ほとんど柄だけになった剣があった。

 魔力の残滓が感じられず疑問に思ったが、少年の右足と巨酸白狼の死体を見比べ、これがどういった使い方をされていたかを逆算する。

 そしてそれから、どのようにしてアシッドウルフたちの群れに立ち向かったかも。

 思い至って、女は獰猛に笑った。


「――判断が、早い! 素晴らしい!!」


 女は少年を担ぐと、猪魔獣を抱える腕とは逆の腕でお米様抱っこをして歩き出した。








 ――女の名前はエリナリーゼ・フォン・クリスタライト。世界最強の騎士。





 ――――――――――――――――――――



 ※2/26 弟への「ざまぁ」追加シーン

【クリス視点】


 あのクソ兄さんがこの屋敷を追放されてから約二週間後。

 この偉大なるローフィールド家の実質的な長男となった僕――クリス・ローフィールドは、父さんの書斎に呼び出されていた。


 一体何の話だろうか。

 ああ、あと一年もすれば僕は成人となり、かの有名な魔法騎士養成学院に通うことになる。あのクソ兄さんが本来なら今年入学するはずだった学院に。


 きっとそれで、心構えだとか、この一年で身に着けておくことだとか、そんな話だろう。

 面倒だが、これも期待されているという証左だ。仕方あるまい。


 そう思って僕がドアを開けると、そこには父さんに加えて先客がいた。


「にーさま……お父様が呼んだにしては来るの遅かった……便秘?」


「……ティア、僕は君よりも数倍は忙しい生活を送ってるんだ。なんといっても、僕はこのローフィールド家の嫡男なのだからね。あと便秘ではない」


「長男は……ブレド兄さん、のはず」


「……あのクソ兄さんはもう兄さんじゃないんだ。だから僕がこの家の長男なんだよ」


「形式上は……でしょ? クリスにーさまは……器じゃない、と思う」


「なんだと!!」


 僕は怒りに任せて魔剣を取り出そうと魔力を放出した。

 だが、より強い魔力の波動によって、それは食い止められる。


「この私の前で醜い兄妹喧嘩などやめろ。あとティア、あの逆賊の名を今後口に出すことは禁止する。逆らったら……分かるな?」


 父さんの右手には、一瞬で展開された黄金の炎剣が握られていた。

 口煩いティアも、これにはビクッと体を震わせる。

 どうやら訓練の時に受けた火傷がトラウマになっているようだ。

 ……まぁ、僕はあんなのこれっぽっちも怖くないけどな。


「……うん、もともと逆らう気なんて、ない……」


「ならいい。……では、まずはティアへの話からだ。ティア、お前には学院から飛び級入学の誘いが来ている。明日から学院に向かう準備を始めなさい」


 ……は?


「……うん、わかった。準備しとく」


「ちょっ、ちょっと待ってよ父さん!! なんでティアが今年入学なんだ! 順番で言ったら僕が先のはずだろう!!」


「……ティアに来たのは『飛び級入学』の誘いだ。お前にその話が来ていないということは、お前がそれほどのレベルに達していないからであろう」


「な……っ!! 父さん、僕はとっくに騎士たちに交じって任務だってこなしてるんだ! 僕はいま入学したってトップの成績を取れる力がある!!」


「……そうか、なら、その力を示せ」


「示せって、いったい何を……」


 言い淀んだ僕をギラりと鋭い瞳で見据えて、父さんは答えた。


「最近、領地周辺に強力なモンスターが発生しているらしい。それに騎士団が苦戦しているのだとかなんとか……そこで活躍を見せれば、学院側も黙ってはおれんだろうなあ」


「え……」


 騎士団が苦戦している?

 なにをやっているんだ、あいつらは。

 他国との戦争や悪魔との戦い出張っている一流の騎士たちの多くが不在とはいえ、仮にも魔法騎士なのだろう?


 あぁ、だがあのクソ兄さんを取り逃がすほどの無能連中だったか。

 仕方ない。ここは僕が一つ手を貸してやるとしようか。


「……ちなみにだが、かつてうちの敷居を跨いでいた男がここを去る際に零していたぞ。『大型の魔獣だって倒せるようになった』と……まぁ、眉唾であろうが」


「な!?」


 大型の魔獣だって?

 ……あのクソ兄さん、ついに虚言まで吐くようになってたか。

 馬鹿らしい。

 馬鹿らしいが……ここは僕の圧倒的な活躍でクソ兄さんの虚言すら超える偉業を成し遂げるのも、また一興か。


「……父さん、その魔獣どもは僕が討伐するよ。今日にでも成果を持ち帰ってみせるさ!」


 ふふ……魔獣ども。

 せめて骨があるやつらでいてくれよ?

 僕の偉業の糧にしてやる。











 ――そう、思っていた、はず、なのにぃ……っ!











「ぅ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!! 僕のッ! ボクの腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああアアアアア!!!!」


 僕の腕は件のモンスターにより斬り落とされ、切断面からはドクドクと血が流れだしていた。


 溢れ出ていく熱、失われていく生気の感覚に背筋が凍る。

 目の前にいるのは巨大な蜘蛛――鋼鉄蜘蛛(イエロスパイダー)と呼ばれる魔獣だ。

 鋼鉄の刃のような前足と、鋼鉄のような強度を誇る糸を吐き出す危険度B級相当の化物。


 なんで。

 なんで、こんなヤツがッ!


「こんなところにいるんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」


『ギシャァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!』


 蜘蛛の魔獣は口から気持ち悪い液を吐き出しながら、僕の腹に鎌を突き刺した。

 血が! 血が血が血がぁっ!!


「ぶぎょぉぉおおおッッ!?」


 蜘蛛魔獣の鎌は何度も何度も振り下ろされ、そのたびに血飛沫が舞った。


「い、嫌だっ、嫌だ嫌だ嫌だ来るな――――ふがぁっっ!!」


 僕は何とかその場から逃げようとしたが、鋼鉄の糸に足を取られてしまった。

 そのまま奴の糸は僕の身体を拘束し――、


「うぉ、あああッ!?」


 思いっきり振り回し始めた。

 腕を斬り落とされて魔法が使えない僕は、成すすべもなく木や地面の土に叩きつけられるだけだった。


「うぎっ、ごきゃっ、ぽげぇっ、が、ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 景色と意識が何度もシェイクされ、空と地面が何度も目の前で反転する。

 そのたびに脳天に響く鈍い音と全身をヤスリ付きのハンマーで殴られるような強烈で不快な痛みがほとばしる。


 そんなことが何度も何度も繰り返される。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 ――と、不意にそんな地獄は前触れもなく終わりを告げた。

 ばちゅん、という蜘蛛モンスターが潰れる音とともに。


「……あぁっ……あ?」


 ようやく助けが入ったか。ようやく優秀な騎士が駆け付けたかとその鈍重すぎる仕事ぶりに文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、そこには、先ほど僕を襲っていたモンスターの約三倍もの大きさの怪物がたたずんでいた。


 三本の、王冠のようにも見える無骨な角が示すそいつの正体は――、


「女王……個体……?」


 ブォン!

 僕の言葉に対する返答は、突風を巻き起こすほどの急接近だった。


「ひ……!」


 八つある巨大な瞳が僕をジロりと睨み、僕は恐怖に足が竦んだ。

 次の瞬間には、蜘蛛の化物は僕に飛びかかっていた。


「むごごごごごごごごごごごっ!!」


 そして、僕の口に何かを突っ込んだ。


 魔獣に関する勉強を進学のためにしていた僕にはわかった。分かってしまった。

 鋼鉄蜘蛛が起こす特殊な生殖行動……他の魔力が高い種に卵を植えつけるという役割を持つ器官……生殖孔だということを。


「うぇ、ぁっ、おっ、おっ、おっ、おっ……!?」


 拳ほどの大きさの卵……鉄球のような形をしたそれが僕の口から食道を通って腹の中へと流し込まれていく。

 僕は何とか吐き出そうと嘔吐いてみたが、体も頭も固定されたせいでうまくいかなかった。


「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、お――――」


 次々と、止むことなく卵は流し込まれていく。

 自分のお腹とは思えないほど、ぶくぶく、ぶくぶくと腹部が膨張していって――――止まった。


 止まって、三秒後。


「ぷぎっ、うぎっ、うげっ、ぐきょっ、うげぇぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 腹の中から、ブチブチと何かが割れる音。

 その後に、ワラワラと蜘蛛モンスターの幼体が僕の身体の内側を這い上がっててててててててててててててててて


「ぉ、ぇあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ゲロゲロと吐き出した吐しゃ物とともに、小さな化物たちが僕の中から這い出していた。


 全て吐き出し終えたと安心したときには、もう遅い。

 管のような生殖孔は再び僕の口に突っ込まれ、鉛のような卵は僕の腹を満たしていく。


 卵を産み付けられては吐き出し、産み付けられては吐き出し、産み付けられては吐き出し――


「あ……あ……あ……ああ……あっ」


 僕は、騒ぎに駆け付けた妹のティアが助けに来るまで、何度もそれを繰り返した。


この小説を読んで


「面白そう!」

「続きが気になる!」

「熱い物語見たい!」

「はやくざまぁされろこのクソ親父ィ!!」


と少しでも思った方は、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!

星1つでも、正直な評価で構いません!


連載版を投稿する際にはこちらに情報を追記するので、

ブックマークも頂けたら嬉しいです。


感想もお待ちしております( *´艸`)

何卒よろしくお願いします(∩´∀`)∩


※2/26に弟への「ざまぁ」シーン追加しました。ご一読くださいませ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただの短編詐欺 マイナス評価が欲しい
[一言] ざまぁタグが付いてるのに寸止めばっか。 短編なら最後までやって欲しかったのに詐欺にあった気分。 星は無しで
2023/02/23 16:58 退会済み
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