ポンコツ冒険者たちの追放合戦
「商人。キミにはこのパーティーを抜けてもらう」
冒険者ギルドに併設された酒場。
ダンジョンから帰還した冒険者たちが和気あいあいと食事をしている傍ら、部屋の隅っこに座るパーティー『はみだしもの』の4人は剣呑な雰囲気に包まれていた。
商人、と呼ばれた男が顔を歪める。
「……何かの冗談か?」
「ボクはこんなつまらない冗談は言わないよ」
追放を言い渡した女騎士は、険しい表情でそう言い放った。小鳥のような声音とボクという一人称こそ温和だが、彼女は「商人をパーティから追い出す」とたった今口にしたのだ。
商人は耳を疑った。
(追い出される? 俺が?)
これまで真面目に仕事をしてきた。パーティーの金策。道具の調達。何かともめ事を起こしやすいパーティーメンバーの仲裁。炊事や洗濯などの雑用も全部。『はみだしもの』は自分以外全員女子だ。そういった点でも不快感を与えないよう、仕事には誠意をもって向き合ってきたつもりだった。
それなのに追放されるだなんて、そんなバカなことがあってたまるか。
「理由を説明してくれ」
そう聞いてみると、騎士は神妙な顔で革袋を取り出した。中身はない。空っぽだ。
「昨日、この袋にはボクらの生活費──10万シルバが入ってたね?」
「そうだな」
「どこへ消えた?」
「賭博所だが、それが?」
商人はクズだった。
「それが?ではないだろう! この大バカもの!」
騎士が激高すると、商人はため息をついた。まるで自分が被害者だとでも言うように。
「キミはどうしてそんなに偉そうなんだ。10万シルバだぞ、10万シルバ。ボクたちの一か月分の生活費を、キミは──」
「チッ、これだから素人は。いいか? あれは先行投資なんだよ。せ ん こ う と う し。おわかり?」
「せ、せんこうとうし?」
「いいか、金稼ぎってのは要するにリスク管理と統計処理だ。メリット・デメリットを天秤にかけて、その傾きを分析する。メリットに傾けば突っ張る。デメリットならケツ捲って逃げる。それを気が遠くなるぐらい徹底してればいつかはプラスに転じるんだよ。ま、短期的には損が出ることもあるけどな」
「そうなのかい?」
「そうだ。大数の法則って聞いたことないか? 今回の損は計算のうち。布石みたいなもんさ」
「な、なるほど……」
「ちょっと!!」
彼らのやり取りを聞いていた魔術師が、赤い髪を逆立てながら声を荒げる。
「いつもそうやって言うけど、賭博で勝ったこと一度もないじゃない! なにが大数の法則よ! この賭博カス!」
「チッ……あとちょっとで丸め込めそうだったのによ」
「ぼ、ボクを騙したな!」
「お前はちょろすぎんだよ!」
騎士と魔術師がきゃいきゃいと責め立てる。形勢が不利となった商人は、これまで静観していた盗賊に助けを求めてアイコンタクト。しかし無言で顔をそらされた。
言い逃れはできない。そう悟った証人は、両手を挙げて降伏のポーズ。
「へーへー。俺が悪ぅございました」
「弁解しないのか」
「ねぇな。反省するタマならギャンブルなんてやらねぇよ」
「……そうか」
「つぅか、この世界のギャンブル、確率絞りすぎなんだよ。パチと競馬さえあれば秒速で億稼いでやるのによぉ……」
「パチトケイバ?ってなによ」
「……なんでもねぇ」
聞きなれない単語に好奇心旺盛な魔術師が食いつくが、商人は気まずそうに顔を逸らすだけだった。
騎士はそんなやりとりに違和感を持つこともなく、彼を断罪するため口を開く。
「というわけで。商人の追放に賛成の人間は手を挙げてくれ」
「賛成よ」「───我、賛成」
「決まりだね」
騎士と他の二人──魔術師と盗賊も賛成。かくして商人の追放は決定事項となった。
「へっ、まぁいいさ。でも、一つだけいいか?」
「発言を許可するよ。どうしたんだい」
「おい魔術師!」
商人は勢いよく席を立ち、魔術師を指さす。
いきなりの出来事に彼女は面食らった。
「あ、あたし!?」
「そうだよ! 賭博カスだのなんだの言ってくれたけどよぉ、お前も人様のこと言えんのかよ!? あぁ!?」
チンピラ。その四文字があまりにもピッタリな恫喝に騎士と盗賊は軽蔑の視線を向ける。しかし商人は止まらなかった。
(ここでこいつにヘイトを誘導して、俺の追放を取り消す!)
商人はクズだった。
「あ、あたしは凄腕魔術師よ! 帝立魔術大学を飛び級で卒業して、宮廷軍事局にスカウトされたことだってあるんだから! そのあたしがパーティーを抜けなきゃいけないなんてありえないわ!」
「あぁ、確かにお前の魔術は凄い。火、水、風、地、光、闇……全属性を使いこなせて、そのどれも最上級だなんて魔法使い、冒険都市の中でもお前ぐらいだろうよ。実力だけならSランク……いや、SSランクでも不思議じゃない」
「ふふん。でしょでしょ。あんたもやっと私の凄さを認める気になったの?」
「────それもこれも、攻撃ができたらの話だけどな!」
「うっ」
魔術師は押し黙った。そう、彼女は凄腕の魔術師でも、魔物を攻撃できないのだ。
「誓約」という縛りのせいだ。己に何らかの縛りをつけることにより、魔術や身体能力を強化する。古くは神官が用いていたそれは、近代では体系化され、多くの魔術師が使用している。
魔術師の誓約は「魔物を攻撃しない代わりに、魔術の威力を大幅に強化する」というもの。
そう、魔術師は最弱だった。
「最上級魔法は使えます。でも魔物は攻撃できません? もうね、アホかと。どうしてこんなバカみたいな誓約にしたのか理解できん」
「う、うっさいわね! 攻撃なんてしたら、魔物さんがかわいそうじゃない!」
「なんで冒険者やってんだよてめぇ!?」
とはいえ、商人は気づいていた。
人類が攻撃魔法を使う相手は二種類しか存在しない。魔物か、同じ人間か。
魔物を攻撃しない代わりに魔術の威力を底上げする「誓約」。となれば、その魔術の向かう先は──。
一度かけた「誓約」は二度と取り消すことができない。その性質・永続性から魔術師の生き方そのものを表すとも言われるぐらいだ。遊び半分で付けられるものではない。
暗殺者か、人間兵器か。あるいは……彼女の境遇、過去を想像すると、商人の胸がずきりと痛んだ。痛んだが……
(でも、俺だけ追放されるの嫌だしな……仕方なし、的な?)
「というわけでだ。魔術師の追放に賛成のやつ」
「賛成」「───賛成する」
「よーし」
騎士と盗賊が賛成。かくして魔術師も追放されることとなった。
「あっ、あんたたち……」
「おい魔術師。俺たち追放仲間だなぁ! 仲良くやろうぜぇ!?」
「うっさい死ね! ──というか、それなら盗賊だって!」
びくっ、と黒づくめのフード少女が跳ねる。
「───我の名を呼ぶか、小娘」
「あんたも小娘じゃない」
「───愚かな。見た目など些事に過ぎない」
魔術師が盗賊のフード付きローブをはぎ取った。おかっぱの黒髪。くりっとした瞳にあどけなさの残る顔立ち。恐らく10代前半、いや、もしかするとそれ以下かもしれない。まごうことなき幼女がそこにいた。
「かえしてっ」
わたわたと魔術師の腕からローブを奪い取る。そして大きくばんざいをして袖を通し、こほん、と咳払い。
「───いきなり実力行使か。人の子は愚かだな」
「あんたが生意気だからでしょ」
「なまいきじゃないもんっ。攻撃できない魔術師のほうがなまいきだしっ」
「人のこと言えないでしょアンタ! ねぇ、これまでに盗んだ道具の数言える? 言えないわよねぇ! だって0だもん! 盗賊のくせに、なんで仕事しないの!?」
「───愚かな。ランク、金、年齢。人はなぜ数にこだわる? もっと広い視野で世界を見るべきだ。盗んだものの数ではなく、盗賊としての心構えを評価すべきだろう」
「バカみたいなこと言ってないで、仕事をしない理由。正直に話しなさい」
「───それは命令か?小娘。随分偉くなったものだな」
魔術師が杖を構える。
「ひぅっ!?」
盗賊はビビった。彼女はどうしようもないぐらいビビりだった。
「だ、だって……人のものを取ったら泥棒だって、ママが言ってたもん」
「なんで盗賊やってんのアンタ」
「───己が征く道に理由を求めるなど。笑止」
「あとそのしゃべり方ダサいわよ。やめたら?」
「……ぐすん」
盗賊は泣いた。彼女は泣き虫でもあった。
とはいえ。きつい口調で責め立てはしたが、魔術師は盗賊に親近感があった。
おそらく盗賊は聖職の家系だ。
魔術師は間違えて着替え中の盗賊の部屋に入ってしまったことがある。。そして、彼女の素肌を覆いつくす「聖痕」を見た。聖なる血筋にしか現れない「聖痕」。それが全身ともなれば、国でも上位──おそらく教皇の親戚筋か、ひょっとすると……。
そんな彼女が、こんなに若いうちから冒険者をやっている理由。神職とは対極である盗賊を選んだ理由。漆黒のローブで聖痕を隠す理由……そこにはきっと、一言では言い表せないぐらい複雑な事情があるのだろう。
魔術師は後ろ暗い過去を持つ自分と、彼女を重ねていた。重ねていたのだが……
(でも、私だけ追放されるのって癪だし……仕方なし、的な?)
魔術師もまたクズであった。
「それで、盗賊の追放に賛成の人」
「賛成かな」「賛成だぜ」
「決まりね」
「び、びぇぇぇぇぇえん!」
盗賊は泣いた。そして泣いたまま商人に縋りつく。
「うぅ……しょうにん……」
「都合のいいときだけ泣きつくな。お前さっき俺の追放にノリノリだったろ」
「───フハッ、刹那で忘れた」
「元気じゃねぇか」
ごしごしと袖で涙を拭うと、盗賊は息を吸った。そうして勢いよく立ち上がると、目の前の三人を睥睨した。いや、睥睨したつもりになっているだけで、その背丈ではテーブルの端に頭が届くかどうか。上目遣いという表現のほうが正確かもしれない。
「───愚かなる人の子よ。真の敵を見落とすでない。追放されるべきは──騎士、貴様だ」
「……ボクだって?」
騎士が意外そうな声を出す。翡翠の瞳には驚愕が浮かんでいた。
そんな彼女には目もくれず、盗賊は机の周りをぐるぐると歩きながら語りだす。
「───ダンジョン攻略失敗の主要因。それは回復ポーションが切れたことだ」
「そうだね」
ぐるぐる。
「───100本、100本だ。我らが事前に備えていた回復ポーションの本数は。基本的に初級ダンジョンなら一人5本、4人なら20本あれば足りる計算だ。だが、我らは余裕をもってその5倍のポーションを確保し攻略に向かった」
「あぁ、備えあれば患いなしだからね」
ぐるぐる。
「───99本が第一階層で消費されたことについてはどう考える?」
「運が悪かったね」
ぐるぐる、ぴたっ。
「───騎士がポーション中毒者であるせいだろうが!!」
騎士は虚を突かれた思いがした。中毒者? ボクが?
呆気にとられるのもつかの間、怒りが頭を満たす。
「ボクは中毒者ではない!」
「───愚かな。中毒者はみなそう言うのだ」
「そもそも。ボクは『最低でも200本は必要』といったのに。『中毒者に配慮する金はない』だの散々なことを言ってそれを無視したのはキミたちだろう! うっ──」
いけない、ヒートアップしすぎてしまった。騎士は反省した。
そして、きゅぽん。彼女はポーションのコルク栓を抜きとり、その中身をぐいっとあおる。緑色の液体が見る見るうちに喉に吸い込まれていった。
そして彼女は恍惚の表情を浮かべる。
「はふぅ……とにかく、ボクは中毒者ではない!」
「「「………」」」
とはいえ。彼女がどうしようもないヤク中であったとしても、盗賊は騎士に思うところがあった。
本来、回復ポーションに依存性はない。肉体の回復力を賦活するだけで、麻薬のように神経に作用する効能はないからだ。
にも関わらずポーション依存者は存在する。彼らのは大半は過酷な戦場で精神をやられたもの達だ。
敵は四六時中襲ってくる。仲間はあっさり死ぬ。自分の体も満足に動いてくれない。そんな何一つ信じられるもののない戦場で彼らを救ってくれたのは、回復ポーションだけだ。
日常生活に復帰した後も心的外傷に苦しめられる彼らは、束の間の幸福を回復ポーションに見る。かつての戦場で唯一信じられる存在だった緑の小瓶に。
きっと騎士も、どこか遠くの過酷な戦場にいたのだろう。人殺し。あるいは魔物殺し。どちらにせよ、それは酷く辛いことだ。盗賊は騎士に同情した。同情したが……
(でも、我だけ追放されるの嫌だし。仕方なし、的な?)
盗賊もまた、クズであった。
「───腕を挙げよ。票を集めよ。そして異端者を諮問せよ。各員、挙手」
「賛成だぜ」「賛成よ」
「───雌雄は決した。騎士よ、さらばだ」
騎士は愕然と膝をつく。しかし、次の瞬間には彼女の瞳は復讐の色に染まっていた。
「ぐぅっ、このボクが追放だなんて……み、道連れだ! 誰でもいいから道連れにしてやる!」
ヤク中のクズが目を真っ赤にして標的を探す。しかし───
「残念だったなぁ! 俺はもう追放されてんだよ!」
「あたしもよ!」
「───我もだ。無敵なり」
「くそう! ボクはなんて無力なんだ!」
打ちひしがれる騎士。それを見て高笑いする3人。
しかし、5秒もしないうちに彼らは押し黙った。
「……」
「……」
「……」
「……」
無言で顔を見合わせる。まるで自分たちの置かれた状況を確認しあうように。
「え、パーティ解散?」
「そうなる、わね」
「───ま?」
「全員追放されれば、そうなるかな……」
全員追放されてしまえば、パーティーもなにもあったものではない。
パーティ解散。あまりにも重すぎる現実が彼らにのしかかった。
しばしの沈黙。
「な、なぁ。こんなことやめにしねぇか?」
最初に口を開いたのは商人だった。
三人は再び顔を見合わせ……
「……そうね。誰にだって欠点はあるもの。それを責め立てるような真似なんて」
「───我も同意する。欠点とは、欠落した要点。補われるべきであって、責め合うものではない」
「そ、そうだ。ボクも初めからそう思ってたんだ!」
「お、お前たち……!」
彼らは泣いた。犯してしまった過ちと、それを許しあえる仲間の存在に。そこにはさっきまでの険悪な雰囲気はなかった。仲間。ただその二文字が存在するだけであった。
「そうと決まればダンジョン攻略だ! 受付カウンターに行くぞ!」
「えぇ!」「───乗った」「もちろんさ!」
彼らは征く。ダンジョンへ。戦場へ。まだ見ぬ地平へ。仲間と肩を寄せ合いながら。そして……
(マジで助かったー。財布たちに消えられても困るしな……)
(後衛でサボってたいし……それにこのパーティー、高純度のクズ揃いだからあたしのクズさが相対的にマシに見えるのよね……ほんと、都合のいい場所だわ)
(我、働くのやだ……おうち帰りたくないし……パーティー最高)
(ポーション)
……それぞれの想いを胸に抱きながら。
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冒険者ギルド。受付カウンターにて。
「あなたたちには冒険者ギルドを抜けてもらいます」
「「「「はい?」」」」
呆気にとられる彼らに、黒髪の受付嬢は冷たい視線を向ける。
「『はい?』じゃないですよ。ノルマです、ノルマ。ギルドに所属するパーティーは、30日に最低1つのダンジョンを攻略しなくちゃいけないんです。常識ですよね?」
「「「「……」」」」
「とにかく。規則は規則です。ノルマを満たせなかったあなたたちは、今日から冒険者ギルドを介した依頼を受注することができなくなります。登録も抹消されます。まぁ、シルバを支払うことで期限の延長は可能ですが」
「そ、そのシルバって。いくらだ?」
「10万シルバですが」
3人の視線が商人に集中する。沈黙が場を満たす。
開戦の火蓋を切ったのは魔術師だった。
「ちょっと商人! あんたのせいじゃない! この賭博カス!」
「はぁ!? そもそもお前らがしっかり働いて、ダンジョン攻略してれば──」
「そんな下らないことよりポーションをくれ! さっきから腕の震えが止まらないんだ!」
「………ぐすん」
……冒険者たちの旅は続く?
最後までお付き合い頂きまして ありがとうございました。
少しでも良いなと感じて頂けたら、評価頂けると嬉しいです