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南方の盛装レニュウ・フューチャー

 大陸の南にある特産品のリンゴをテルルが食べたいというので私はそこに足を運んだ。


 そこでりんごを4つほど買うと売り手の無機質な少女はしばらくすると雨が降ると言って雨具用の外套を寄越してきた。


 しかしそれは少し遅かったようですでに小粒の雨が降ってきていた。

 私はそれを見ると慌ててそこから走って出て行った。

 私はその道中で空を見上げるとそこには黒い雲があった。

 どうも嫌な予感がする。

 こういう時は大体当たるのだ。


 すると土砂降りの雨が降ってきた。


 近くで雨宿りできる場所がないか走りながら周りをみると、廃屋がある。


 そこで私と同じく雨に当てられて雨宿りをしている人影が見えた。しかし、それは私のよく知っている人物だった。


 レニュウ・フューチャーその人。


「まぁ、クロム・プリミティブさん。お久しぶりですの。ご機嫌いかかです?」



「えぇ、そうね、レニュウ」

 彼女は優雅なお辞儀をする。

 相変わらず育ちの良さそうな子ね。


 とても礼儀正しくて良い子なのだけれど……。


「お生憎の雨で嫌ですわね」

「ええ、そうね」


 この子にしては珍しく皮肉を言った。

 しかもそれが嫌味にならないから不思議だわ。

 それにしても、こんなところで会うなんて偶然なのかしら?

 まさか私がここに来ることを知っていたとか言わないでしょうね。


 そんなことを考えているうちに雨足が強くなってきたようだ。

 さっきよりも強くなっている気がする。

 このままだと本格的にまずいわね。


 早くどこかで体を拭かないと風邪を引いてしまうかもしれない。


「……」

「どうかしましたの?クロム・プリミティブさん」


「いえ、なんでもないわ」

「あら、そうですの」


 本当にマイペース。

 今も自分の世界に入っているみたいだし。

 まったくもう……。

 そうして、二人で雨が上がるまで待つことにした。


 しばらくして、屋根下でずっと立って雨宿りをしているレニュウが口を開いた。


「部屋の中に入らないんですの?」

「え?…そうね」


 確かにそうだ。なぜ入らなかったのだろう。


 でもなんとなく入るのを躊躇ったのよねぇ。


「クロム・プリミティブさん。ちょっとこっちに来てくださらないこと?」

「なにかしら」


「そこに立ってくださいまし。そこなら濡れませんわ」

 ……どういうことかしら? とりあえず言われた通りに立つ。


「そのままじっとしていてくださいませ」

 レニュウはこちらに近づくと傘を差し出した。

 そして、私の頭の上にかざした。

「これで大丈夫ですわ」


「…ありがとう?」


 私はお礼を言いつつレニュウの方を見る。

 すると彼女の顔は真っ赤になっていた。……熱でもあるのかしら? 私は心配になって声をかける。



「ねぇ……あなた体調が悪そうよ」

「へっ!?べ、別に悪くありませんわよ!」


 そういうとレニュウは顔を背ける。

 やっぱりおかしいと思うんだけど……。


 私は心配になり彼女に近寄るとその額に手を当てた。


「あっ!ちょ、やめなさい!!」

 すると彼女は慌てた様子で私の手を振り払った。


 いつもより様子がおかしいと思ったらそういうことだったのね。


「…ごめんなさい。癖よ。嫌だったかしら…?」

「嫌というわけではありませんけど……。恥ずかしかっただけですの」

「ごめんなさいね。それであなたの調子はどうなのかしら?」

「だからなんともありませんわ。それよりクロムさんこそどうしたんですの?何か悩み事でもありまして?」


 レニュウは誤魔化すように話題を変える。


 まぁ、本人がなんともないと言っているのにしつこく聞くのも悪いものね。


「私は特に何も無いわ。強いて言うならテルルのことかしら」

「あら、そうでしたの」


 レニュウは少し意外そうな表情を浮かべる。

 私だって悩むことくらいあるのよ。失礼するわね。


 それからしばらく沈黙が続いて、雨を眺めていると彼女が突然動き出した。


「それではわたくしはこの辺で」

「あら、もう行くの?」

「えぇ。また今度」


 そう言って彼女は立ち去ろうとする。

 ……

 1歩2歩と進んだ、その瞬間に雨の降る中で彼女は膝から崩れて落ちた。


「ちょっと、大丈夫なの!?」

 慌てて駆け寄り抱き起こす。幸い意識はあるみたいだけど……


 顔色が良くないわね。それに体が冷たいし震えてる。


「……」

 レニュウは何も言わずにただうつむいている。……仕方ないわね。



 おそらくレニュウは廃屋の汚れを気にして中には入らなかった。私はそう予測する。

 なぜなら彼女は潔癖症であり汚れるのを極端に嫌うから。


 こんなにドロドロに汚れては廃屋の汚れも同じようなものね。


 レニュウを屋内に運び、まだ使えそうなタオルを見つけてホコリを払い。レニュウの濡れた衣装を脱がせてタオルでくるんであげる。


 ……


 レニュウの服のポケットには彼女のお気に入りのハンカチが入っていたので、それを拝借させて貰うことにして、とりあえず着替えはこれで良さそうだ。



 レニュウは目を覚ましたものの、どこかボーッとした様子で、私のことを見つめていた。


 弱々しく口を開く。

「あ、あの、……」

 レニュウはそこまで言ったところで、ハッとして口をつぐんだ。

 ……どうしたのかしら?何か言いづらいことでもあるのだろうか。


 私が首を傾げて見ていると、レニュウは恥ずかしそうに視線を落とし口籠る。

「…やっぱり、なんでもありませんの」


 熱で意識が朦朧としている彼女は私に一生懸命としがみつくようにくっつき、

「お母様…」

 とぽつりと呟いた。

 そして、そのまま眠ってしまったようだ。

 私はというと、そんな彼女を抱き抱えながら考えていた。



 そこから数時間が経ち、部屋の中で雨の音を聞きながら私はレニュウの髪をなでていた。

 私の着ている服は乾いたものの、ルテシアのドレスは乾く様子がまるでなかった。


 すると、突然レニュウの目が開いた。

 ぼんやりとしていた瞳は徐々に光を取り戻していき、やがてはっきりとした意思を持って私を見据える。

 その眼差しには強い意志が感じられた。まるで別人のように感じるほどだわ。


 私が驚いていると彼女は静かに口を開き、言葉を発した。

「……ありがとうございます。助けて頂いて」

「いいのよ。困った時はお互い様と言うでしょ」

「そうですの…。でも、わたくしは貴方に助けられたことを絶対に忘れませんわ」

「あら、本当かしら…?」


「まぁ!本当でしてよ!わたくし、レニュウ・フューチャーの名に掛けまして!!」


 胸を張り堂々とたる声は全快したレニュウそのものであった。


 すると、レニュウの体に纏っていた一枚のタオルがハラリと落ちた。


 これに気づいたレニュウは

 驚くとも叫ぶともせずただ不思議そうに

「わたくしはなぜ裸になってるんですの?」

 と聞いてきた。



「レニュウ、貴女は雨の中で倒れたのよ?」


 レニュウはキョトンとした様子で「そうですの?」と返して、ハッと気づいたかのように目をまんまるにして何かを探し始めた。


 辺りをグルっと見渡して、見つけたそれを見るとレニュウの顔がみるみると青ざめていった。


 レニュウは震えた声で小さく呟く。

「あ、ありえませんわ…」

 それは、とても小さな独り言だった。


 泥で汚れたドレスを手に取り呆然と眺めたあと涙目になるレニュウを見て、私は思わずフッと笑みをこぼしてしまった。


 レニュウは私に背を向けたまま、小刻みに肩が揺れていた。



「………………」

 悲痛そうな彼女の後ろ姿から眺める。


「うぅ〜、もう最悪ですわー!」

 ついに我慢の限界に達したようで、 レニュウは大声で叫んだ。


 しかしそれでもまだクスクスと笑う私をを横目にレニュウはため息をつくのであった。

「レニュウ」

「なんですの…」


「貴女の気持ちもわかるけど、いつまでも裸でいないで着替えなさいよ……」

「わたくし、この服以外を着るなんてありえませんわ!!だってこれは霧華さんがわたくしの為に見繕っていただいたものなんですの!」


「……はいはい」

「はいは一回ですのっ!」

「……」


 レニュウはプンスカと怒りながら、私の膝の上に座り込んだ。


 レニュウは裸のまま自分のドレスを見つめると、顔を歪ませていた。

 どうやらレニュウは裸であることが恥ずかしくはないらしく、見てるこっちが恥ずかしくなる。


「レニュウ、この部屋にある服を着なさいよ…」

「わたくしは汚れることが嫌なんですのよ!ぜの絶対に着たくありませんわ」



 頑として譲らないレニュウ。……頑固者。

「じゃあ、私が見繕ってあげるわよ……。ちょっと待ってなさい……」

 そう言って私は立ち上がると、部屋の中にあったホコリの被ったクローゼットを開けた。

 中には古着と言わんばかりのボロ布が大量に詰め込まれていて、その中から比較的マシなものを選んでいく。

 …


「……これなら、文句ないでしょう?」

「…ええ、わかりましたわ」

 渋々と言った感じで、ようやく納得してくれたようだ。

 私は、適当に選んだ服を手渡す。

「はい、これ」


「…」

 レニュウは素直に受け取ると、早速それに袖を通した。

 すると、意外にも似合っていた。

 さすがレニュウ。センスがあるわね……。

「なかなかいいと思うわよ」


 それを聞いたレニュウは眉をピクリと動かして機嫌を直した。


 レニュウは鼻歌を歌いながら、着心地を確認してる。

 隙にドレスを折り畳んで視界に入らないようにした。



「ふんふーん♪」

 そして、そのまま上機嫌でクルリと一回転してみせるのだった。

 その動きに合わせてスカートの裾がフワっと舞い上がり、彼女の白く綺麗なお尻が露わになった。


「……」


 それを呆れ顔で眺めていると、レニュウはこちらに振り向きニヤッとした笑みを浮かべる。


「どうかしら?似合ってますの?」

「まぁ、悪くはないんじゃない……」


 素直になれずについぶっきらぼうな態度になってしまうが、彼女は気にせずニコニコとしている。


 そんなレニュウを見ていると、なんだか毒気が抜かれてしまう。……ほんと、調子狂うわね……。


 ため息をつくと、レニュウが不思議そうな顔をする。

 私と目が合うと、ニコッと微笑んだ。……


 もう、何笑ってんのよ。気持ち悪いわね。

「……レニュウ。貴女、今からどこに行くつもりなのよ?」

 そう聞くと、レニュウはキョトンとするがすぐに答える。

「もちろん、お洋服屋さんのところですわ」

 すると、何かを思い出したようにレニュウは語りだす。


「クロムさん。聞いてくださる?」

 レニュウの表情が少し陰りを見せる。

 私は、首を傾げるつつ耳を傾けた。

 レニュウは続ける。

 記憶を辿るようにポツリポツリと語りだした。

 それは、ここに来るまでのことで。


 道すがらにある人とすれ違ったときに酷くすっぱく強い刺激臭がしたらしく、それにあてられて体調がおかしくなったと言う。


 だから、気分が悪くなって立ち止まってしまったらしい。


「わたくし、あの時本当に辛かったんですのよ」と、レニュウは言う。



 そうこうしているうちに、雨足が弱まってきた。


「あ、止んできたみたいですわ」


 レニュウが外に出るなり空を見上げて言った。

 確かに、いつの間にやら雲間が切れて日差しが差し込んできていた。


「じゃ、行くわよ」

「えぇ、もちろんですわ!」


 2人で廃屋を後にして歩き出す。


「レニュウ。そしたら、ここでお別れね?」

 私がそういうと、レニュウは驚いたような声をあげる。



「どうしてですの!?一緒に行きましょうよ!……それに、クロムさんとももっとお話ししたいんですの……」


 レニュウが不安げな声で訴えかける。


 私はため息を一つついて、レニュウに向き直った。

「仕方がないわね……。少しだけよ。」

 レニュウの顔がパッと明るくなる。


「ありがとうございますの!!」

「……少しだけだから」


「ねぇ、クロムさん」

「なによ」

「クロムさんって、とっても優しい方ですのね」

「……そんなことないわ」

「ふふ」

「…………」

「クロムさん?」

「うるさい…」

 …

 …なんでこんなことになったのかしら……。

 私は、自分の隣にいる少女を横目で見る。

 そこには、ニコニコと楽しそうにしているレニュウの姿があった。


 彼女は、私の視線に気づくと、さらに嬉しそうな笑顔を見せた。


「クロムさん、とってもお似合いの服ですの。可愛いですわ」

「いちいち、うるさいわね!!褒めても何も出ないわよ!」

 レニュウはクスッと笑ってから、再び口を開く。


「でも、良かったですの。クロムさんとこうしてお出かけできるなんて」

「……言ってなさい」

「あ、クロムさん。そこ段差ありますわよ」

 レニュウが私に手を差し伸べてくる。

 私は、その手を無視して、ひょいと段差を越えた。

 そして、何事もなかったかのように歩いていく。

 レニュウは、一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに微笑んで、私の隣に並んだ。

 そのまま2人並んで道を歩く。

 しばらくすると、大きな街が見えてくる。あそこは、大陸の南その半島の中では最大の交易都市。


 レニュウの話によると、この街にはたくさんの人がいて活気に溢れているのだという。

 私は、そんな話を聞きながら、ゆっくりとした歩調で進んでいくが次第に私は歩くを止めた。


 レニュウは振り返り、不思議そうにこちらを見た。

「どうかしましたの?」


「レニュウ、私はこれ以上先へは行けないわ」


 私がそういうと、レニュウは困惑した表情を浮かべる。

「え?どうしてですの?」

「私、この街に用は無いのよ。それにこの街に貴女の知り合いもいるんでしょ?」


「それは、そうですけど……」

 レニュウはまだ何か言いたげだったが、諦めて引き下がった。


「分かりましたわ。では、ここでお別れですわね。」


「それと…これ、返しておくわね」

 レニュウのお気に入りのハンカチとドレス、それとりんごも一つ渡す。


「まぁ!ありがとうございます!!」

「それじゃあ、さようなら」

「ええ。クロムさんもお気をつけてください」

「……」


 そうして、私たちは別れた。レニュウが街の中へと消えていく。


 さて、私はこのリンゴを家まで持って帰りましょうか。

 テルルも家で待っていることだし、早く帰らないと。

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