エピローグ
契約戦の決着と同時刻、居住区域の一画は喧騒に包まれていた。
何台もの大型トラックが続々と集結し、灰色のつなぎ服と組織名がこれでもかと大きくプリントされた蛍光オレンジのベストを身に着けた作業員たちが忙しなく動き回っている。
(勿体ねぇよなぁ)
そんな作業員たちの内の一人であり、現場監督でもある俺は内心で溜息をつく。
「あの、この机も撤去ですか? これ結構良いやつですよ?」
「さっきも言ったろ? この家にある家具は全て撤去だ、撤去。とにかく全部運び出すんだ」
複雑そうな表情で了承した新米が他の者と協力して机を運び出し始める。
(まあ、気持ちは分かるけどな。あの机だってそこそこ値の張るもんだし、まだ新品同様なのに処分しろだなんて疑問に思うわな)
他にもぱっと見で安くないと分かる家具や調度品がとめどなく運び出されてはトラックの荷台に押し込まれていく。
慣れた連中は淡々と運び出していくが、まだ働き出して日の浅い連中は揃いも揃って何とも言えない表情をしているのが少し笑いを誘う。
そのまま二時間ほど屋内の家具撤去作業を続けた結果、屋内は完全にもぬけの殻になった。全ての部屋を軽くチェックし終わると別の部下から声をかけられた。
「そろそろ洗浄に入っても良いですか?」
「おう、良いぞ。屋根裏から床下まで徹底的に頼む。屋内が終わったら次は外の洗浄すっからそのつもりでな」
「分かりました」と返事をして小走りで機材を取りに行く部下の背を見送りながら小さく息を吐いた。
個人的にこの仕事に不満がある訳ではない。雇用は安泰で給与は良いし、人間関係も悪くない。繁忙期に時間外労働があったり、唐突に急ぎの仕事が入ったりすることを除けは最高と言ってもいい。
ただ、たまにやってくるこういう仕事に少し気が重くなるだけだ。
(こういうのは久々だな……)
家具の全撤去に屋内外の洗浄。
表向きは引っ越しとそれに伴う清掃だが、実際のところは住人の痕跡の抹消なのだ。
ここに住んでいた人間の存在を証明するものを徹底的に消し、どこかに隠されているかもしれない記録媒体やその類を消す。後から来たものに何一つ渡さないための隠蔽工作。
「さっさと終わらせてからの一杯ですっぱり忘れるに限るな」
何故こんな作業が必要なのかと疑問に思っていた時期もあったが、今は知る必要のないことだと結論付けている。情けないことに年齢的にも経歴的にもこの職を解雇される訳にはいかないのだ。ちょっとした好奇心のために安定した収入を手放すなど論外だ。
(新米にもこのあたりをしっかりと伝えとかねえとな。仕事上がりに俺の奢りで飲みに誘って話すか。そのためにもまずは目先の仕事を終わらせねえとな)
次々と運び込まれる機材を組み立てている連中に指示を出すべく、俺は肩を回しながら歩き出した。
■■■
電子音とともに開かれたドアから入室した女性、ガーネットは後ろ手にドアを閉めると大きく息を吐いた。
「これで一段落、かな」
ぽつりと呟いてゆっくりとソファに近づくとやさしく丁寧に長柄の戦斧を立てかけた。
「疲れが溜まってるんじゃないか? 少し休んだらどうだ」
彼女はスーツのジャケットを脱いで向かいのソファに放り投げると、シャツのボタンをいくつか外し胸元を大胆に露出させつつ艶やかな笑みを浮かべた。
「心配してくれてありがとう、ドレイン。でも大丈夫、疲れはあるけど今は楽しいんだ。いや、正確には楽しくなりそうな予感がするって言うべきかな?」
「そうか。確かに少し浮かれているように感じるな」
「でしょ?」と言いつつソファに腰を下ろすと背もたれに体を預けた。
「何にそれほど心を弾ませているんだ?」
わずかな禍々しさを覗かせる、ニンマリとした笑みになった彼女は自身の相棒に目を向ける。
「失われたはずの神器がお戻りになったんだ。どうしたって心が弾むさ。そして、これでまた一歩私の夢の実現に近づいた。さあ、残りはいくつだろう? 楽しみだなぁ」
長柄の戦斧から人の姿へと変身したドレインがガーネットの目を見つめ返した。
「本来はそちら側が喜ぶべき事柄ではないはずなんだがな」
「まっ、そうかもね? でも、私の夢が成った時、世界がどうなるのかをどうしてもこの目で見てみたいんだよねぇ……」
くつくつと無邪気な少女の様に嗤う彼女に、ドレインは呆れたように肩をすくめた。
これにて第一章の完結です。
ここまでお付き合いいただいた皆様に心から感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
第二章は現在鋭意執筆中ですが、あまり時間の取れない状況ですので公開がいつになるのかは断言できません。
もしよろしければ第二章にもお付き合いいただければと思います。




