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自動運転車の車内にて、ガーネットは上着のポケットから携帯端末を取り出し、手早く画面を操作するとそれを耳に当てた。
二度目のコール音が鳴り終わる直前、僅かなノイズと共に相手の音声が彼女の耳朶を叩いた。
「これはこれは、ガーネット殿。貴女からの連絡を首を長くして待っておりました。それで、首尾の
方はどのように?」
「ご安心をミスター。貴方が希望された以上の状況をご用意しました。そちらがご指名された者で十分に目的を達成できるでしょう」
「おお、それはそれは! 流石は世界に名高き契約者たるガーネット殿。その手腕、見事と言うほかありませんな! それでは、どれほどの状況を用意していただけたのか教えていただけますかな?」
「もちろんです」と彼女が自信に満ち満ちた声を返しつつ、ドーンに合図を送ってデータを送信させる。すると、ややあって嬉々とした声が返ってきた。
「おお、おお! 何と素晴らしい! それでは私の方も約束を守らせていただきましょう。当日に例のものを直接お渡しします。それでは明日、期待しておりますぞ」
「ええ、どうぞご期待ください」
相手が通話を切るのを待ち携帯端末から耳を離した。通話が切れていることを確認してから携帯端末をしまったガーネットは斜向かいに座るドーンに目を向けた。
「ここまでは順調だね」
「はい、お見事です」
「いやいや、ドーン君も良い仕事っぷりだったよ」
組んでいた足を解いたガーネットは表情を切り替えた。
「さて、ここからが正念場だ。畏れ多いことだが、少々きつめの荒療治になる。計画通りに事を進められるように力を尽くせ」
「はっ」と返事をし、胸に手を当ててお辞儀をしたドーンだが、その表情は普段よりも幾分か硬い。それを見て取ったガーネットは自信に満ち溢れているような笑みを浮かべた。
「恐れる必要はない。前にも言ったが、この計画はドレインに許可を得た上で実行している。もしもの場合は私とドレインで対応する。お前はとにかく模擬試合の場にミエニシ様をお連れすることに専念しろ」
「はっ!」
ドーンはもう何度目なのかも分からないほどに見直した書類に再び目を通し、携帯端末に表示されている通知と試合会場の準備の進捗を確認し始めた。
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「防具の着け心地はどうでしょうか?」
迅の体に防具類を装着し終えたドーンが明るい声をかける。
「はい、大丈夫です。それにしても全身に防具を着けると……結構動きづらいですね」
誰が聞いても緊張していると分かるほどの固い声を出した迅は忙しなく手足を動かしていた。その姿はプロテクター剥き出しのアイスホッケー選手のようであり、全身が無骨に着膨れしているために傍から見れば威圧感がある。
「気を楽にしてください。大丈夫、所詮は戦士ごっこのお遊びです。勝ち負けはもちろん、ルールも細かいところまで気にする必要はありません。いざとなれば審判が指示を出しますのでご安心ください」
ドーンが笑顔で彼の両肩に手を載せると、彼の強張った表情が僅かに緩んだ。
「は、はい。そうですよね。レクリエーションですもんね?」
「その通りです。マイナースポーツの体験会のようなものです。それではヘルメットを被せますよ」
最後に分厚いバイザーを太い金属のフレームで補強したフェイスガード付きのヘルメットを装着してもらった迅は礼を言いつつ、位置を微調整した。それが終わったところを見計らってドーンがプラスチックと思しき太めの棒に分厚いスポンジを被せたものを差し出した。
「こちらが武器です。超音速で当てでもしない限りこれで相手に怪我を負わせることはないでしょう」
ドーンの軽口に笑い混じりに同意した迅は、巻かれたスポンジの厚みで切る前の棒状のバウムクーヘンみたいになっている剣を受け取った。
「そろそろ時間です。それではそちらの通路の突き当りにある扉の前でお待ちください。入場の合図とともに扉が開いてスポットライトに照らされますので、そうしたら直進してステージの中央付近に描いてある赤い線の前で立ち止まってください。その後に相手選手が入場しますのでそのままお待ちください。あと、こちらをお持ちください」
そう言って手渡されたのは一枚の紙だった。
「これは何ですか?」
迅が不思議そうに表裏を確認し、書いてある文面に目を通すとドーンがにこやかに答えた。
「今回のレクリエーション開始時にしていただく挨拶の内容です。試合開始の前にちょっとした挨拶をしていただく段取りとなっていますので、相手選手の入場後に司会の合図が出ましたらなるべくで大丈夫ですので大きな声でその文面通りに挨拶をお願いします」
「分かりました。でも挨拶ってこんなに短くて良いんですか?」
迅はもう一度渡された紙に目を通す。書いてあるのはたったの一文であり、しかも内容が挨拶っぽくなかった。
「はい、大丈夫です。挨拶というよりもレクリエーションを盛り上げるための前口上としての意味合いが強いのです。それが終わりましたら試合開始の合図がアナウンスされますので、そのままレクリエーションをお楽しみください」
「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
そう言って迅はややぎこちない動きで通路の先へと歩を進めていった。




