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「休んでいただけますね?」
「…………は、はい」
気が付いたらカリスさんの言葉を受け入れてしまっていた。
「それではまず、お身体を流してからお召し物を替えて休息をおとりください。そして、その後にお食事を召し上がってくださいませ。さあ参りましょう」
カリスさんが俺の頭をゆっくりと解放してくれたところで俺は慌てて立ち上がる。すると、カリスさんはすぐに俺の手をしっかりと握ってそのまま手を引いた。
「あの、カリスさん? 手が、その、ちょっと恥ずかしいんですけどっ!?」
「いけません。シャワー室に入っていただくまでは放しません」
俺は気恥ずかしさとカリスさんの手を間違っても強く握らないように意識を傾けていたせいで、カリスさんのなすがままに連行される。
そのままトレーニング施設の一画にあるシャワー室に連れて行かれると問答無用で着替えとタオル一式を渡され室内に押し込まれた。その時点で既に観念していた俺は大人しく体を流して着替えを済ませることにした。
そして、シャワー室を出て一息ついたところで俺は再びカリスさんに手を引かれてトレーニング施設の隣にある建物の二階へと連れて行かれた。そこは一面ガラス張りであり、差し込む日の光が明るく、外の風景がよく見える広い場所だった。また、丸テーブルとそれを囲うように配置された椅子のセットがいくつも並んでいて、質素ながらも憩いの場のような雰囲気があった。
「この施設にこんな場所があったんですね」
「はい、こちらはトレーニング施設の利用者向けに解放されている休憩所となっております。本日は営業しておりませんが、一階にはスポーツ用品のお店やコンビニエンスストアもございます。では、あちらへどうぞ」
カリスさんが示す先には、テーブルクロスとランチマットでお洒落なカフェの装いになった丸テーブルがあった。そこには美しく盛り付けられた一口大のサンドイッチの皿と鮮やかな野菜と分厚い肉が交互に刺された串焼きの皿が並び、金属製の食器に注がれたスープが湯気を立てていた。
あまりにも綺麗に整えられたそのテーブルに圧倒された俺はおそるおそる席に着く。すると、すぐにカリスさんが金属製のコップに水を注いでくれた。
「どうぞ、召し上がってくださいませ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺はどれから食べようかと軽く見回したが、どうにも手をつけることができなかった。
というのも、テーブルに並ぶ全てのものが美しく、デザインのことなんてからっきしの俺でも思わずスマホで写真を撮りたくなるほどだ。そのため、それに手をつけて今の状態を崩すのは途轍もなく気が引けてしまう。
「どうかなさいましたか? もしかして何か苦手なものがございましたか?」
「あっ、いえ。そうではなくて……そう、すごく綺麗で美味しそうだなって見惚れてました」
「左様でございましたか。お褒めに与り光栄でございます」とお辞儀をしてくれるカリスさんを見た俺は、意を決して色とりどりのサンドイッチの一つ……を見ながら水の入った金属製のコップに手を伸ばした。
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「ごちそうさまでした」
すごく後ろめたい気持ちになった一口目以降は、それまでの気持ちが嘘だったかのように食べ進めた。この数日間、頭では空腹や疲労を感じていなかったのだが、体の方は相当不満があったらしい。食べるというよりは押し込むと言った方が正しい勢いで料理を平らげていった。もちろん、料理自体がとても美味しいというのも食べる勢いに拍車をかけていた。
「はい、作った者として実に気持ちの良い召し上がりようでした。いかがでしょう、気分は落ち着かれましたか?」
俺は気恥ずかしさに少し俯きながら頬を掻くとカリスさんに頭を下げた。
「すみません、色々としてもらって……。カリスさんのおかげで落ち着けました」
「いいえ、落ち着いていただけまして何よりでございます。ところで、どうしてあのように焦っておられたのですか? もし、何か悩んでおられるのでしたらお話を聞かせていただけませんか?」
はっと頭を上げるとちょうどカリスさんと目が合った。その気遣わし気な表情と視線に俺は事情を話そうかと口を開いた……が、すぐ口を引き結んだ。
(これって口止めされてたんだった。でも、ここまでしてもらって何も言えませんっていうのは流石に申し訳ないよな……)
「失礼をいたしました。不躾な質問をしましたこと、お許しくださいませ」
黙ったままで迷っていたらカリスさんが急に右手を胸に当てて頭を下げてしまった。
(何でカリスさんが謝って……? あっ、黙ったままだったから勘違いされてる!?)
いくら何でもそれは失礼過ぎると慌てた俺はすぐに否定し、その勢いのままに大まかな事情を話してしまっていた。




