プロローグ2
「そろそろ戻らねー?」
承諾の返事の後、隣の個室からアンジェリンと同じく素っ裸で肩口まで伸びた栗色の髪を大雑把に拭うエリエラが出てきた。
「この後はどーする? アタシとしては自販機で飲み物買っときたいんだけど」
「そーだなー……、じゃあ自販機寄ってから戻るか……」
生返事をしながら彼女は通路の前後を見渡す。つい先ほどまで使っていた個室と同じものが通路を挟む形でずらりと並び、そしてそのどれもが同じくボロい。他にも同じ様式の通路が四本平行して作られているが、当然そこに並んでいるものもボロい。
床はというと、工事を途中で止めたのかと疑うほどにデコボコなコンクリート製でいくつもの水溜まりができている。また、剥がれやひび割れもあちこちに散見される。
天井は鉄骨と配管が剥き出しで、不揃いで垂れ下がる照明はいくつか故障しているせいで室内は薄暗い。
この有様は控えめに言ってB級ホラー映画のセット、もう一押しあれば刑務所の廃墟と評しても異論を唱える者はいないだろう。
「なあ、エリー。次の昇級試験は絶対合格しようぜ」
「だね、週に一回のジュースとお菓子だけが楽しみって現状はいい加減脱したいしね」
二人は顔を見合わせて頷き、更衣室へと歩き出した。
「このシャワールームを使えるのは今日で最後だったよな? 明日から濡らしたタオルで体を拭くだけの生活に戻るとか考えたくねぇー……」
「わざわざ言わないでよ。アタシらの階級だと春期休暇限定の温情なんだから仕方ないでしょ。むしろ使わせてくれただけありがたいと思わないと――――」
ベッシャン、という水たまりに大きなものを叩きつけたような音がエリエラの声を遮った。
反射的にアンジェリンが振り返るとエリエラと目が合った。
「聞こえたよね?」
「ああ、反響してどこからかよく分かんねーけどな。コケたか倒れたか……一応見とくか。というか他にシャワー使ってる奴いたのかよ。オレは入り口側から回って通路見ていくからエリーは反対側からな」
「オッケー、アンジーもコケないでよね」
「分かってる」
ここでは人が転倒するのはそう珍しいことではない。
そのほとんどが床のデコボコに躓いて転ぶというものなのだが、時たまトレーニングで自身を追い込み過ぎてシャワーを浴びて気が緩んだところでへたり込む者もいる。
内心で面倒くさがりながらも律儀に二人は手分けして音源を探す。変な倒れ方をして頭を打っていたりすると後々もっと面倒なことになるからだ。
(こっちはハズレか、ということはエリーの方だな。全くやれやれだ――――)
その直後、身がすくむような絶叫がシャワールーム中にわんわんと響いた。
「――ッ!? 何だってんだクソッ! おいエリー、大丈夫か!?」
今まで聞いたことのないエリーの絶叫に状況の深刻さを察したアンジェリンは全身に魔力を流して身体能力を強化し、エリエラが向かった方へと疾走する。足場の悪さ故にあまり速度を出せなかったが、それでも普通に走るよりも早く通路の突き当りに到達する。素早く左右の確認をすると、右側にエリエラの尻もちをついた後ろ姿が見えた。
「エリー! おい、大丈夫か!? 一体どうしたん……だ?」
エリエラの姿を見てほっとしたのも束の間、エリエラの異様な動きにアンジェリンの声が尻すぼみになっていく。
「おい、何してんだ?」
尻もちをついた体勢で必死に足をばたつかせて後ろに下がろうとしている。だが、足元の水を蹴りつけるばかりで全然後ろに下がれていない。両手は口元を押さえているようで、見方によっては尻だけで後ろに歩こうとしているように見える。
「なあ、どうしたんだよ? 無視すんなって、おい!」
アンジェリンが傍に寄ってエリエラの肩を揺さぶると、ようやく彼女はアンジェリンの顔を見た。
彼女の目は驚愕に見開かれ、手で隠れて顔の下半分が見えないにも関わらずひどく怯えた表情をしているのが見て取れる。
「あ、あああ、あれ……」
震える声と手でエリエラが指差す方向にアンジェリンも目を向ける。