1.明日を落としても
機材厨が読みたい追放系なろう小説
「お前、クビな」
バンドのリーダーであるボーカルが、刺々しい感情を隠す素振りもなく告げる。
青天の霹靂だった。いや、もしかしたら薄々気付いていたはずなのに、無意識のうちに見て見ぬフリをしていただけなのかもしれない。人は起こったことを自分の都合の良い様に解釈してしまう生き物だ。ボーカルの素っ気ない対応も今日は機嫌が悪いだけだろうと思っていたし、次のスタジオ練習にはギクシャクした雰囲気も霧散しているはずだと楽観的に考えていた。
テーブルには温くなったドリンクバーと食べかけのミラノ風ドリア。それを見つめたまま何も言えない僕に向かって、先ほどと変わらない口調が追い打ちをかけてくる。
「おい、聞こえてんのか?クビだよ、ク!ビ!もう来なくていいって言ってんの。ドラムが見つからなかったから仕方なく入れてやってただけで、お前のドラムにはずっと不満があったんだ。なんて言うかな……グルーヴ?がないんだよ。心にグッと来ないというか、リズムもクリック通りでつまらないし。やってることがリズムマシンと同じ。唯一無二じゃない」
何がグルーヴだ、ただリズム感なく走っているだけじゃないか。そんな言葉を言い返そうにも、喉がカラカラに渇いて上手く声が出ない。
「まぁ、一応は感謝してるよ?色々雑用もしてたみたいだしさ。でも、そんなこと誰でも出来て当たり前じゃん。そうなるとお前をバンドに入れておく必要性を感じないんだわ。俺のバンドはもっと大きくなる。もっと売れてでかい箱でライブやって、日本でトップクラスのロックバンドになる予定だからさ。そのためにはもっと優秀なメンバーの加入が必要不可欠ってわけ」
このバンドに入って1年。一番年下だったということもあり、それなりに貢献してきた自覚はある。スタジオ練習の日程調整をしていたのも僕だし、ブッキングや予約受付、お金の管理、物販だってほぼひとりでやっていた。
突出した才能がある訳ではないけれど、足を引っ張らない程度にはドラムも叩いていたし、採用はされなかったけど曲だってコンスタントに作ってきた。
「だいたいさ、お前の作る曲って暗いんだよ。オルタナ?シューゲイザー?そんなジャンルが売れるわけねぇじゃん。もっとノリがいい曲じゃないと客も喜ばないぜ?俺たちは自己満足でバンドやってる訳じゃない。客が望んだものを提供する、それがプロになるってことだろ。売れるために、今の日本で何がウケて何が売れてるかちゃんと勉強してたか?曲を書くならそういったバンドを参考にすべきだろ。お前には向上心が足りないんだよ」
息が苦しい。そんなこと、クビ宣告をする前に言ってほしかった。いつか採用されるかも、と淡い期待を胸に作り続けた自分がバカみたいだ。
今売れてる曲?そんなもの参考にしたってただの二番煎じじゃないか。そんなブレブレの音楽性でよく唯一無二なんて口にできるものだ。だだ、全てが間違っている訳じゃないのが悔しい。僕が自分の好きな曲ばかり聴いて、それが作る曲に影響していたのは事実だ。
「まぁ、今更言っても遅いけどな。新しいドラムも見つかったし、お前はもう用無しってことで。まぁ、俺らが有名になったら元メンバーってことで女口説いてもいいぜ。それくらいの好き勝手は許してやるから感謝しな。あ、客として来るなら元メンバーのよしみでゲストには入れといてやるから連絡してくれよ」
明らかにバカにされている。僕がそんなこと出来るわけがないって分かっている癖に。その屈辱的な提案に、全身から嫌な汗が出てきて気持ちが悪い。
他のメンバーも黙って僕を見つめてくる。その眼には多少の憐憫も含まれているような気もする。なぁ、なんか言ってくれよ。僕たちそんな仲悪くはなかっただろ?
そんな雰囲気じゃないのは分かるけどさ。明日は我が身。リーダーの言うことは絶対。ワンマンバンドとはそういうものだ。
「音楽を諦めるなら早いうちがいいだろ。俺は優しいからハッキリ言ってやるが、お前には才能がない。お前みたいに中途半端に何でもやろうとする奴のことを器用貧乏って言うんだよ。向上心もない奴はせいぜいDTMでボカロPやって自己満足のオナニーでもしてな」
ここまで言われてしまうと、もう言い返したり反論したりする気持ちもなくなってしまった。いや、ずっと理不尽な関係だったから諦めるのにも慣れてしまったのか。
バンド用の手提げ金庫と1000円札をテーブルの上に載せると、僕は振り返ることもなくその場を後にした。
小説、何も分からん。