(6)
それからレオンツィオは滔々と続けた。
たまたまレオンツィオの子供を孕んだお飾りの妻は、ある抗争の報復に拉致されて遺体で見つかったとか。
前世のレオンツィオの息子で、今世のレオンツィオの父親である男は、酒びたりの末に死んだとか。
レオンツィオはなんの感慨もなくティーナに語った。
実際にレオンツィオにとって、血の繋がりなどどうでもいいのだろう。歳を食って「血の繋がりのある存在」に目覚めたガエターノとは正反対だ。どちらがマシかと問われれば、ティーナは答えに窮するが。
しかしレオンツィオは息子であり父親であった男の話をするときだけは、どこか無表情でいるように努めていたとティーナは感じた。
「愛情なんてなかった」という言葉は額面通りに受け取っても大丈夫だろう。ティーナはもしかしたら、今世のレオンツィオはその男から暴力を振るわれたことがあるのかもしれない、と空想する。
酒びたりの父親に暴力を振るわれて育つなんて、前世のティーナからすれば特段おどろくべき事実というわけでもない。
となると、酒に溺れて死んだのだ、というレオンツィオの主張もティーナは怪しく思えてきた。
いや、今やティーナはレオンツィオの言葉すべてを疑ってかかっている。なにせレオンツィオはティーナを騙したのだ。人畜無害な一般人のフリをして、ティーナとずっと会っていた。
気づけなかったほうと、言わなかったほうと、どちらの罪が重いのかまではわからなかったが。
いずれにせよ気づかなかったティーナが馬鹿なのだということは、おおむね事実だろう。そしてきっと前世のレオンツィオの妻になった女も馬鹿だ。唯一ティーナはレオンツィオの息子で父親である男――つまりティーナの異母弟――だけは、可哀想だなという感情を抱いた。
しかしいくら脳内でこねくり回したって、もはやどうにもならないのが現実だ。なにせ前世のティーナも、レオンツィオの妻だった女も、レオンツィオの息子で父親だった男も、もうこの世にはいないのだから。
「君は違うよ、レオナ」
無感情な語りを終えたあと、レオンツィオはそう付け加える。相変わらず人畜無害そうな顔をして、どこか不安げにティーナを見つめている。
「なにが違うんですか?」
一九年間放置していて突然呼び寄せた祖父のガエターノに対し、家族としての特別な感情を抱けないように、前世の父親であったレオンツィオにだってそういった感情を抱けないのがティーナだ。
今さら「君だけは特別」だなんて言われても、困ってしまう。――そう、普通はそんな言葉をかけられては冷え切るだろうその心は、しかしティーナの場合は困惑と戸惑いと――いくらかの優越感を見出していた。
レオンツィオの言葉には虫唾が走るが、その何倍も己の心がイヤになる。「馬鹿は死んでも治らない」という言葉は真実だった。
「君は――そう、ひと目見たときから特別だった」
「……ひと目惚れだとでも言いたいんですか?」
「そうだよ」
「狂ってる」
「私も人間だからね。そういう不条理な感情の揺れ動きくらいはあるさ」
吐き捨てるように言ったティーナの言葉を意に介した様子もなく、レオンツィオは秀麗な容貌で花がほころぶような笑みを作る。
ティーナはレオンツィオの娘だったが、見た目は少しも彼には似ていない。今世のティーナは母親似らしいが、前世はどうだったのだろう?
ひと目でティーナを気に入ったくらいなのだ。ティーナの前世の母親も見た目だけはレオンツィオの好みだったのだろう。まあそうでなければワンナイトラブとしゃれこまないだろうとティーナは判じる。
けれどもそれならば、どうしてレオンツィオはティーナにだけは優しいのだろうか? 他人どころか妻や実の息子にすら氷のような態度を取るレオンツィオ。まさかそんな人間だとは、前世のティーナは長いこと気づかなかった。
レオンツィオは一貫してティーナには優しかった。そしてティーナはそんな優しさにほだされて行った。だれかに優しくされることなんて、ほとんどなかったから、堕ちて行くのはあっという間だった。
頭を悩ませなくとも会話は続いたし、それが途切れても居心地が悪いとは一度も思わなかった。音楽の趣味、小説の趣味、海へ行くのが好きなこと……。あらゆる点で気が合ったし、興味の向きが違っても不愉快に思ったことはなかった。
大切な――友人だった。カタギではなかったから仕事の話は一切しなかったが、ティーナはそうやってレオンツィオに隠し事をしていることを心苦しく思うくらいには、彼に心を傾けていた。
しかし蓋を開けてみればふたりともカタギではなかった上に、最終的には敵同士になった。
そしてティーナは最期には大勝負に出てどうにか引き分けた。そのときのことを思い出すと、苦々しい感情が胸に広がる。
思うに、引き分けてしまったのがよくなかったような気もする。あのとき、ティーナがレオンツィオを殺しているか、あるいはその逆にレオンツィオに殺されているかすれば、こんなにも激しい感情を抱いたままではいなかったかもしれない。
互いの脳幹をぶち抜いて引き分けて――心中して。追い詰められていたとは言え、そんな結末を選んでしまったことがすべての元凶のように思えて仕方がない。
しかし時間は巻き戻せない。ティーナはただ己の選択と、心を恨むことしかできない。未練がましくレオンツィオを想う心を恨むことしか。
あれほど好きだったふたりだけの空間。途切れた会話。沈黙。それが今では地獄のような顔をしてティーナの前に横たわっている。
ふたりを乗せたセダンは、ゆるやかに小高い丘陵地帯にある高級住宅街へと走る。早く目的地に着いてくれとティーナは心の中で何度も繰り返した。