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 再び車内。やはりレオンツィオはティーナを先に乗らせる。ティーナはセダンへ乗り込むと同時に、たわむれに右後部座席のドアを開けようとした。が、そこは当然のように内側からは開かなかった。


「ごめんね? 今は開かないよ」


 レオンツィオは例の困ったような笑みを浮かべて、ティーナをたしなめるように言う。ティーナはそれになにも返さず、大人しく座席に腰を下ろした。


 レオンツィオの舎弟で、運転手役であるらしいミルコの運転は、見た目に反して繊細だ。彼直属のボスと、ファミリーのボスの孫娘を乗せているのだから当たり前だろうが、先入観というものはやはりアテにはならないとティーナは思った。


「レオナ、聞きたいことがあるなら聞くよ」


 静かな走行音で満たされた車内は、重苦しい沈黙が支配している。しかしレオンツィオはまるでそんな空気はないとでも言うように、明るく人懐っこい声音でティーナに話しかけてくる。


 もしかしたら、この場の空気を息苦しく感じているのはティーナだけなのかもしれない。そう思うほどに、レオンツィオの声は軽快な響きを伴っていた。


「……今さら、聞きたいことなんてないです」


 嘘だ。本当はレオンツィオに聞きたいことはたくさんあった。


 ティーナの正体について知ったのはいつだったのか、なぜティーナの心を――裏切ったのか。そもそも最初からすべて仕組まれていたことなのか。……レオンツィオは「正体を知らなかったのだ」、と言い訳めいたことを口にしてはいたが、信用ならない。


 けれどもティーナのちっぽけなプライドが、レオンツィオを追求することを許さない。そんな未練がましい真似は、ティーナは恥ずかしくてできない。


「まるでレオンツィオに気があるみたいじゃないか」――そう思ったが、真実ティーナは未だにレオンツィオに対して特別な感情を抱いている。抱いて、しまっている。


 レオンツィオが口を開くたびに、ぐちゃぐちゃと心の中を勝手にかきまぜられているような感覚がティーナを襲う。それは非常に不快な感覚だった。けれども、どうしようもできない。


 捨て去れるのならば、とっくに捨ててしまっている。それができないから、こうしてティーナは何度も何度も不快な感情に揺れ動かされているのだ。


「それじゃあ昔話をしよう。……レオナ、君には子供はいたのかい?」

「はい?」


 レオンツィオが突飛なことを言い出したので、ティーナは思わず彼の顔を見ざるを得なかった。しかし視界に収めたレオンツィオの顔は笑っていない。いつになく真剣な顔をしている。掘り出し物のレコードを漁っていたときのような顔だ。


 ティーナはレオンツィオの質問の意図がわからず、沈黙した。結論から言えば、ティーナに子供などいない。前世でも今世でも。おまけに前世に引き続いてティーナは男を知らない生娘だった。ゆえに子供が生じるなんてことは、逆立ちしたってありえない。


「……あまりにもそっくりだから」

「……ああ。……そういうことですか」


 レオンツィオがつけ足した言葉を受けて、ティーナはようやく彼が問いたかったことを理解した。


 不思議なことに、ティーナもレオンツィオも見た目は前世そのままなのだ。だからこそティーナはすぐにレオンツィオに気づいたわけで、おそらく逆もしかり。


 あまりにもそのまんまの外見であるから、レオンツィオはティーナが前世のティーナの子孫であるのではないかと考えたのだろう。


 しかし、その予測は外れている。


「いませんよ」


 そもそも、こんなみすぼらしい小娘を相手にしてくれる男がいるのか怪しいところであるとティーナは思った。


 前世では同じグループの男にそういうことへ誘われたことはあるが、そこには好意や、ましてや恋情などは一切感じられなかった。ヤクや酒で酔っ払って催して、手っ取り早く性欲を発散させたいだけの「お誘い」であることは透けて見えたから、ティーナはその手の誘いに乗ったことはなかった。


 そのすさんだ育ちゆえに「初めては愛する人と……」などとティーナは夢見ていたわけではなかったものの、結局最期まで後生大事に処女を守った形になる。


 ティーナにだって人並みに性欲はあったが、結局だれかとそういうことをする機会はついぞ訪れなかった。


 そして今世でも、どうにもそういう機会には恵まれない。しかしあせるようなことでもないので、ティーナはあまり気にしてはいなかった。


「そう……」


 レオンツィオはなぜかホッと安堵のため息を漏らす。ティーナはその理由をうっすらと推察する。


 レオンツィオは年の離れたティーナに対しては、基本的に対等な態度を取ってはいたものの、ときおり思い出したように年下のお姫様でも扱うような振る舞いをした。


 きっと先ほどのため息はそういったことの延長線上にある。おそらくティーナが子持ちであると言ったならば、レオンツィオはそれなりにショックを受けたに違いなかった。どういう立場でショックを受けるのかまでは、ティーナにはわからなかったが。


「……そういうことを聞くってことは――」

「ああ……私はどうも前世の私の孫、らしいんだ」


 こともなげに放たれたレオンツィオのセリフに、ティーナの胸がぎゅっと締めつけられた。ティーナはその理由まではわからない。いや、わかりたくもなかった。


 前世のティーナという存在がいたのだから、レオンツィオにティーナ以外の子がいるなんてことは、ちょっと考えればすぐにわかることだ。けれどもティーナはその可能性を一度たりとも考えたことがなかった自分に気づいて、おどろいた。


 レオンツィオはそんなティーナのわずかな表情の変遷を見てなにを思ったのか、またこともなげに言葉を重ねる。


「たまたま種が当たっただけだよ。けれども結婚しておいたほうが年寄り連中のウケはいいからね。別に、彼女じゃないとダメだったわけじゃない」


 ティーナは「最低」という言葉が出かかって、唇を噛みしめてこらえた。

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