(30)
それは一種の狂気だ。今世は違うにしても、ティーナとレオンツィオは間違いなく親子だった。そして無二の友人で――ティーナが憎むべき相手で。
なのにそのロマンチックな愛の言葉は、ティーナには甘美に響く。
人は一生を生きる中で、「この世のだれよりも愛している」と言われることが何度あるだろうか。ティーナには間違いなく、そんなことを言ってくれる人間は、ひとりしかいない。
レオンツィオ。ティーナを愛しているのだと囁いてくれる男。
ティーナの胸に去来するのは喜びと戸惑い。前世では、ただの友人であろうと努めた。そして実の父親であるとわかり……最期には殺し合った。
そんな相手を――愛してしまうだなんて、そんなことは狂気と同じだ。
なのに、なのに、ティーナの心は甘く痺れて。
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
レオンツィオは残酷だ。ティーナの想いを、葛藤をわからないはずがないのに、レオンツィオはそんなことを無視して愛をささやく。友人だったとか、娘だったとか、己を殺したい相手だとか、きっとレオンツィオにとってはささいなことなんだろう。
レオンツィオは、今、ティーナを求めている。その事実だけが、きっと今のレオンツィオにとっては重要なのだ。それ以外は彼にとってはゴミのようなものだから、葛藤なんてしない。
だからティーナに、残酷な求愛ができる。
「もう二度と君を手離さないという意思表示だよ」
「そんなの……」
「『そんなの無理』だって言いたいのかい? ……いいや、できるよ。私はそうする。死ぬまで一緒にいるし、死んだあとも一緒にいる。前世と同じさ」
軽々しく放たれるレオンツィオの言葉は、重く、ティーナの心に響いて揺さぶる。レオンツィオの仕草に、声に、言葉に釘付けになって、上手く口が回らない。
どうするべきなのか、どうすればいいのかわからない。自分がどうしたいのか、なにをしたいのかもわからない。わからないことだらけで、頭が真っ白になる。
そうやってぼんやりとレオンツィオを見上げるティーナを、レオンツィオはおもむろに抱き寄せる。レオンツィオの胸に飛び込む形になったティーナは、ますます混乱を深めた。
ドクドクという鼓動の音が耳から伝わってくるが、それが己のものなのか、レオンツィオのものなのか、ティーナには判断がつかない。
女物の香水の匂い、かすかな血のにおい――レオンツィオがいつもつけている香水のかおり。その錯綜具合は、そのままティーナの心情を反映しているようだった。
ティーナの後頭部をレオンツィオの手のひらがやんわりと撫でる。それだけでティーナの体は正直な反応を見せた。
……本当は、レオンツィオに甘やかされるのが好きだった。対等な関係でいようとしても、レオンツィオがティーナよりだいぶ年上である事実には変わりがなく、自然とそういう関係性になることはたまにあった。
それは決してイヤなものではなかった。だれからも得られない愛情を、まるでレオンツィオから得ているような、そんな錯覚ができたから。
けれども重要なのは、愛をくれるからじゃなかった。レオンツィオの愛情だったから、ティーナは彼から甘やかされることが好きだったのだ。
自然と体から力が抜けて、レオンツィオの体にもたれかかる形になる。撫でられる心地よさに、ティーナは目を細めていた。
「レオナ、私を選んで。私のそばにいて」
それはティーナを愛する聖人の言葉か、悪魔のささやきか。ティーナにはわからなかった。
レオンツィオを受け入れる。それは、レオンツィオと一緒に地獄へ落ちると決めることと同義だ。それは、ティーナにはとても恐ろしいことのように思えた。
ティーナの心は激しく葛藤する。目の前の甘美な愛に手を伸ばすべきか、伸ばさざるべきか。……きっとティーナが求めない限り、レオンツィオはそれ以上のものは与えてはくれないだろう。レオンツィオは、そういう男だ。
「レオナ……」
ティーナを囲うレオンツィオの腕にやんわりと力が込められる。
それでもティーナは答えを出せなかった。
「私のことは、嫌い?」
「……っ! ……そうなれたらこんなに苦しまない」
「それって熱烈に告白しているようなものだよ」
レオンツィオは困ったように笑う。本当はなにひとつ困っていないことは丸わかりで、本当に困っているのはティーナだというのに。
「……そういうところが、好きじゃない、です」
「嫌いだとは言わないんだね」
そんなことは口が裂けても言えないだろう。丸きり本心ではないからだ。それをわかっているからこそ、余裕綽々のレオンツィオに対し、ティーナは腹立たしい気持ちになる。
レオンツィオの胸板を押すと、彼の腕はいともたやすくティーナから離れて行く。そのことにどこか身勝手に傷つく自分がいることに気づき、真に腹立たしいのは己の感情なのだとティーナは心の中で吐き捨てる。
「……いいよ、レオナ。今はまだ君にはなにもしない」
ティーナはレオンツィオをにらむようにその顔を見上げる。しかし頬には熱が集まったままだった。レオンツィオはそれに対し微笑んだまま言う。
「けれどもいつかは、君のすべてを手に入れる。……それまでに私のことが好きになれるといいね?」
己の思い通りにすべてが運ぶと信じて疑っていないレオンツィオの言い様は、いっそ清々しいほどに傲慢だ。
けれども「惚れたほうの負け」とはよく言ったもので、そんな言葉すらティーナにとっては甘い響きを伴う。
「そんなことはありえない」――そう言いたかったのに、ついぞティーナの口はその言葉を発せられなかった。




