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「ねえ、どうしてこんなことをしたんですか?」
ティーナはできるだけ感情を込めずにそう言った。壁にもたれかかって座り込んだアロンツォは、潰れた鼻の痛みゆえか涙目でティーナと――それからミルコを見上げる。
ティーナがあれこれと頭を悩ませるでもなく、事態はすぐに決着を見せた。しかしそれがすべてレオンツィオの手のひらの上だと思うと、釈然としない気持ちになる。
ネオンまぶしい風俗店に連れ込まれそうになったティーナを助けたのは、先日の失態によって役を外されていたミルコだった。完璧なタイミングで現れ、あっという間にミルコはアロンツォと、もうひとりの巨体の男をのしてしまった。
ミルコを寄越したのはレオンツィオ以外にいないだろう。先日の失態を挽回するチャンスを与えたのだとすれば、ミルコは結構レオンツィオに気に入られているようだ。
あまりにタイミングが良すぎるミルコの登場。そこから察せられるのは、アロンツォの行動をレオンツィオが予測していたのではないかという疑惑だ。疑惑とは言ったものの、そうだろうとティーナは半ば確信していた。
アロンツォは自己申告通りに銃の扱いは下手で、がむしゃらにトリガーを引いたものの結局一発もミルコには当たらなかった。瞬時に距離を詰められて、拳銃を持つ両手の首を拘束されたあと顔面に一発。それだけでアロンツォは戦意を喪失したようだ。
鼻血を垂れ流したアロンツォは、しかしなにかを言うつもりはないのか、口にするのは憚られる理由で今回の一件を引き起こしたのか、黙り込んだままだ。
それを見かねたのか、単に意外と血気盛んなのか、ミルコがアロンツォの腹を蹴り上げる。磨かれた靴先がアロンツォに刺さる錯覚をするほど、鋭い蹴りであった。
「お嬢様がわざわざ聞いてらっしゃるだろう。答えろ」
ティーナから見て、アロンツォの姿はいっそ見逃したくなるほど哀れであったが、しかしそれはレオンツィオが許さないだろう。
アロンツォの末路を思うと多少同情心は覚える。なにせ相手はあのレオンツィオだ。アロンツォに待っているのは地獄以外にないだろう。自業自得であったが、相手が悪すぎるのもまた、事実だ。
ミルコから鋭い一撃を貰ったアロンツォは、えずいたように何度か咳き込んだ。
「命令で……」
アロンツォはかろうじてそれだけ口にする。今回の一件はアロンツォの出まかせでなければ、彼が画策したものではないらしい。今は見事に気絶している、屈強な体躯の男以外にも共犯者がいるということらしかった。
しかしこの一件を糸引いている主犯格がいるにしても、行いは稚拙のひとことで片づけられる。テオコリファミリーのボスの孫娘を拉致したとなれば、当然ファミリーからの報復を呼ぶだろう。それがアロンツォにわからないはずもない。
「それは……だれの?」
だから、ティーナがそう問うたのは自然の流れだった。
色々と、アロンツォが口にするだろう言い訳の候補は浮かぶ。そもそもアロンツォが敵対組織の人間であるという可能性すらあった。
とは言え、このように穴だらけの作戦とも言えないような行いに加担させられたのだ。仮にアロンツォが敵対組織の構成員であっても、下っ端だろうことは想像に難くない。
「それだけは……それだけはマズいんで……」
「……もうじゅうぶん『マズい』状況だと思うのだけれど」
アロンツォはそれきり沈黙してしまう。
しかし、だれかしらへの忠誠心ゆえに計画へ加担したわけではないらしいことはわかった。金か恐怖か、はてまた両方か。いずれにせよ、それらに釣られて安易にティーナを拉致するという愚行を犯したのは容易に想像できる。
アロンツォがもう答える気がないらしいので、ティーナはそこで会話を打ち切ることにした。
「レオンさんはこのことを知っていたんですか?」
今度はミルコに問う。ミルコは表情を変えずに「いいえ」と答える。ティーナは直感的に嘘だと思った。しかし、それを今ミルコに言っても無駄だろう。彼はレオンツィオの忠実なしもべなのだから、ティーナが望む答えなど口にするはずもなかった。
今回の一件は、ミルコが「偶然」通りかかってティーナの危機を助けた……という形になるのだろう。そしてそれをもってミルコはまた運転手役に復帰するに違いなかった。
ティーナは、ミルコのことは嫌いではない。寡黙でなにを考えているかわからないところはあるが、ベラベラと無駄なおしゃべりをしないところなどは好意的に見ている。
しかしミルコはどこまで行ってもレオンツィオの忠実な部下である。レオンツィオが悪印象を抱かれるような言葉は決して発さないだろう。
ティーナにそれがわからないはずもなく、結局こちらがあきらめて下がるしかない。
「はあ……」
疲労が呼気に乗っているようだった。
「レオンさんは……今どうしているか知っている?」
「お仕事をされているはずです」
「……そう」
今からレオンツィオのところへ乗り込むこともできたが、ティーナはそれを選ばなかった。
だから、ミルコは「偶然」風俗街を通りがかってティーナの危機を救い、レオンツィオはまだそれを知らない――けれどもあとから知る――ということになる。
レオンツィオの思い通りに事が運んでいるような感覚は、不気味のひとことだ。けれども今のティーナにその流れへ抗うすべは、ない。
結局、もやもやとしたものを抱えながら、ティーナはミルコの運転する車で今度こそ帰宅するのであった。




