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「どんなに優しい顔をしてたって、ヤクザもんはヤクザもんだよ」


 雇い主であるオリエッタの言葉に、ティーナは曖昧にうなずいた。


 オリエッタはレオンツィオが気に入らないらしい。しっかり者で肝っ玉のすわったオリエッタからすると、優男風でいつもニコニコしているレオンツィオはなんだか信用ならないのだろう。


 ティーナはオリエッタの逆だった。いつも上機嫌でいるように見えて、そしてティーナには優しかったレオンツィオ。そんな上っ面に騙されて、なかなかレオンツィオの正体に気づかなかった。


 だからオリエッタの言葉はティーナの耳には少々痛い。今世はともかく、前世ではティーナも「ヤクザもん」だったからなおのこと。だがオリエッタにはそんな事情はわかりはしない。


 オリエッタはティーナがレオンツィオにほだされて帰ってきた、とまでは思っていないようだが、レオンツィオになにかしらの含みがあることは見抜いているようだった。


 だがオリエッタとてこの街で店を構える女主人。テオコリファミリーに逆らっては商売が立ち行かない。それをわかっているからこそ、彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔をして、ティーナを案じているのだ。


 ティーナもそれをよく理解している。だからこそ祖父であるガエターノの突飛な思いつきについては話さなかった。つまり、子飼いの部下のうちだれかとティーナを結婚させる、という話は。


 なにせティーナがアルバイトを続けるという話だって、危うくこじれかけた。「感動の出会い」を経た今、ガエターノはティーナがあくせくと働く必要はないと考えていたらしい。つくづく、彼が欲しいのは人形なんじゃないかとティーナは思った。


 そこを上手いこと仲立ちしてくれたのがレオンツィオだ。ティーナがオリエッタを慕っていることや、辞めるならいつでも辞められるのだから、結婚したあとでもそれは構わないじゃないか、とガエターノを説き伏せた。


 ガエターノは納得していないようだったが、レオンツィオの言葉に流されたのか、あるいはティーナとレオンツィオを説得するのは面倒だとでも思ったのか、結局はティーナがアルバイトを続けることを認めた。


 ただ、困ったことにはなった。ガエターノの一声で、子飼いの大幹部たちはそれぞれティーナの護衛を出すことになったのだ。


 今やティーナはただの小娘のレオンティーナ・マーリではない。テオコリファミリーのボスの孫娘なのだ。となれば邪心や害意を持って近づいてくる人間も出てくるわけで。


 そういうわけでオリエッタの店には日替わりでファミリーの構成員が常駐するようになった。ティーナもこれにはだいぶ参った。「ヤクザもん」にあまりいい感情を抱いていないオリエッタに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「仕方ないさ。血の縁ってのは切りたくても切れないものだからね。……そんな顔するんじゃないの」


 レオンツィオには辛辣なオリエッタも、ティーナに対しては相好を崩す。


 ティーナはつくづく他人の「優しさ」というものに弱い。家族からの「優しさ」というものを知らないから、余計に心にしみて行く。……それゆえに前世では苦しみ、それゆえに今世も苦しんでいるのだが。


「あんたが急にいなくなったら、さみしがる客はたくさんいるんだよ。あたしにとっても痛手だ。だからティーナ。あんたはここにいることに、うしろめたく思うことなんてひとつもありゃしないよ」


 オリエッタの言葉にティーナは泣きそうになった。


 ……が、いざ日常に戻ってきてみれば、別の意味でも泣きそうになった。


 どうにもテオコリファミリーのボスの座は、ティーナが思っているよりも人気があるらしい。ティーナはファミリーのボスになりたいなんて前世でだって思ったことはないが、ティーナに言い寄ってくる男たちはそうではないようだ。


 レオンツィオから聞かされた話から、オリエッタの店に顔を出すのは下っ端の構成員だろうとティーナは思っていた。


 しかし蓋を開ければ大幹部自らオリエッタの店に足を運ぶ始末。それぞれに暇を見つくろって顔を出しているらしく、滞在時間は短かったがティーナは緊張を強いられる。


 特にうれしくもないプレゼントも、熱のこもった口説き文句も、ティーナの心を上滑りして行くばかりだ。


 しかし無碍にすることもできない。デートに誘われれば半分くらいは断ったが、半分は付き合った。もちろんやましさの欠片もない「オツキアイ」に終始したが、それでもデート中は気が抜けない。


 デートのことも、半分は断っていることも、ガエターノには筒抜けなんだろうと思うといい気はしなかった。


 しかしガエターノはあの「感動の出会い」だけで今のところは満足しているのか、あれ以来ティーナに連絡を取ろうというような気配は感じられなかった。


 ガエターノにとってのティーナはなんなのか、ティーナはさっぱりわからない。わかりたくもない。


 お人形遊びがしたいのならば、その辺で買ってくればいいと心の中で毒づく。しかし人形は結婚はできるだろうが子供は産めない。そういう点で、ティーナの代わりは人形には務まらないのであった。


 そしてティーナがもっとも気になるのは――気にしてしまうのは――あれ以来、レオンツィオと顔を合わせていないことだった。


 舎弟のミルコは店にくるものの、なんだかティーナからレオンツィオについて聞くのは憚られる。


 レオンツィオに気があると誤解されたくない――とティーナは思うが、実際にティーナはレオンツィオに気がある。そういう本心があるからこそ、悟られたくなくてティーナからはレオンツィオの様子を聞くことができないわけであった。


 レオンツィオの連絡先はスマートフォンの中にある。けれどもやはり、ティーナから連絡を取るのは気恥ずかしかった。あれだけ拒絶の言葉を口にしたのだ。ティーナからわざわざ連絡を取ろうと試みるのは、ヘンだろう。


 ティーナの心の中は相変わらずぐちゃぐちゃだった。レオンツィオが絡むとすぐこうだ。そんな自分がイヤになり、同時にレオンツィオのこともイヤになってくる。


 それでも想いを捨て去れないのだから、感情というものは難しい。

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