NEw!
止まらない。
そして、次の時には欠片も無くなっていたんだ。
10月の15日の事だった。
詰め込みすぎたトランクがなかなか締まらなくて悪戦苦闘していたときのことだった。
荷物を減らせばいいのだが、私にはあいにくすべてのアイテムが必要だった。
ここで、人は選択をしなければならない。
とりあえず、新しいトランクを買うとか、またはそもそも持っていくことを諦めるか。
だが、諦めるという選択はおそらくしない。
と、いうかできない。
あることが前提のものがないなんて人間にはとても過酷なものだからだ。
ゆっくりとケースを再び開けて中を整理する。
意外といらないものが見つかるものだ。
さっきまですべて必要なアイテムに思えていたのに。
人間とは不思議な生き物だ。
見るときによって、そのとき自分に必要なものが変わってしまうのだから。
ああ、そうか。
あれも、これも。
自分自信でさえ、ひどく曖昧なんだ。
「やあ、君は何を求める?」
「僕は、何もいらない」
「そして、すべてが欲しい、と」
「その通りだ、僕は飢えている」
「そうだな。君は飢えている。愛に飢えている」
「違う。人間に飢えているんだ。もっともっと人間がほしい」
「人間、か。君から人間を求めるなんて、不思議なこともあるものだ。あれだけ毛嫌いしていたものが」
「それでも、ほしいんだ。いや、手に入れないといけないんだ」
「そうか、ならば私は君を祝福しよう」
「ありがとう、そしてさようなら」
「ああ、どういたしまして。そしてさようなら」
喉が異常に渇いていた。
水がほしい。
水を求めて俺は再び歩き出したんだ。
足はふらふらで視点は定まらない。
それはもうひどい有様で、とても辛かった。
一歩一歩、歩くごとに僕の身体は軋んでいく。
軋んだ身体は、やがて音をたてるようになって、ひどく耳障りになる。
がしゃーん、と一瞬にして崩れ去ってしまえば、いっそ楽なのにと思ったりもした。
それすらも叶わない夢であるのは承知していたのだが。
どこに行くのだろうか?
どこに向かっているのだろうか?
道は、果てしなく続いているような気がした。
どこまでも続くような道の長い長い道程で、僕は確実に自分を還元していった。
息をすればするほど、空気を肺に取り込めば取り込むほど、僕の中の黒い塊は還元されて、やがて
正常なそれになっていくようだ。
足取りを重くなる。
けれど、それは還元されて素晴らしい機能をはっきしてくれる。
頭はもやもやとして、よくわからない。
酸欠そのもの。
けれで、不思議なことに辛くはなかった。
何度目かの旅の果てがここだとしたら、私は、俺は、僕は、いったい。
考えれば考えるほど辛い。
だから、僕は切り離した。
分離した。
そこに打ち捨てた。
新しい自分がそこにはいて。
その自分は自分に言う。
「ありがとう。そしてさようなら」