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Story5.真夜中の鐘はタイムリミット

 オオカミこと、彼――大路一樹君は……たいへんモテます。

 いえ、“一部の女子生徒に人気がある”と言った方がいいのでしょうか?


 とにかく、モテます。 仮にも“おおじ様”ですから。

 ファンクラブは……ないけれど。


 今日も今日とて。

 お昼休み、大路君はクラスメートの女子3人に囲まれている。

 隣の席できゃっきゃうふふが繰り広げられているため、嫌でも会話が耳に入ります。



「ねえねえ一樹くん、お弁当一緒に食べようよ」

「あーんってしてー!」



 愛くるしく、ちょこりと首を傾げるクラスメートの雅さん。

 と、大路君の腕に抱きつく桐谷さん。


 どちらも、とても女の子らしくて可愛いです。……羨ましい。



「はいはい、順番な」



 そんな2人を、大路君は優しくたしなめる。



(ふんっ、嬉しそうな顔をしてますね)



 ふわふわガールに囲まれるのはとても気分がいいでしょうね。


 もぐりとウインナーを噛んでから、はっとした。



(これでは、まるで、)



 私が、



(違います! 違います!)



 紙に染みたインクのごとく、じわりと広がる考え。


 それを振り払うように、ぶんぶんと首を振る。



「ねえ、一樹くんは好きな人とかいるの?」



 不意に、蓮見さんはそんな言葉をこぼした。

 きっと、彼女にとっては何でもないこと。けれど私は、心臓が跳ね上がる。


 ほろり。

 スパゲッティが、フォークをすり抜け落下する。



「ああ、いるよ」



 大路君も、あわてふためく様子はなく、心なしか弾む声でそう答えた。



「えー? どんな子ー?」

「そうだなー、まず……」



 気分が悪くなるほど心臓は嫌な音を立てて、“聞きたくない”……そんな思いが、心を支配する。



「性格は……すっげー、」

(いや。聞きたくない)



 大路君が言いきる前に立ち上がり、机にお弁当を広げたまま教室を飛び出した。



(なんで)



 どうして、こんなに怖いのだろう。


 大路君の好きな人が――……もし、私じゃなかったら。


 思い上がりも甚だしいとわかっています。

 自分でも、なぜそう思ってしまうのかわからない。


 そしてなにより、



(なんで、)



 大路君は、



「待て姫野ぉぉぉ!!」

「なぜ追いかけて来るのですかぁぁぁ!!」



 なぜ、猛スピードで私を追ってくるのでしょう。


 追われれば、逃げてしまうのが人間の本能というもので。

 大路君を後ろにくっつけたまま廊下を駆け抜け、階段を上がる。


 その途中、



「――っ!」



 片方の上履きが脱げ、一段下に着地した。


 取りに戻りたかったけれど、



「オイ! 待てって!」



 オオカミが、追ってくるから。


 そのままそれにお別れを告げ、屋上へ続く扉に飛び込んだ。



「はぁっ、はぁっ……」



 絶え絶えに肩で息をしながら、コンクリートに座り込む。


 そんな私の後に続き、大路君も扉をくぐってやって来た。



「てめっ……逃げんなよ……!」

「大路君がっ……追いかけて、来たからっ……!」



 クリーム色の髪を揺らして呼吸を整える彼に、首だけで振り返って目をやる。


 その手には、先ほど私が落とした上履きがあって。



「先にお前が俺から逃げたんだろうが」



 眉をひそめ、やや不機嫌そうな声を出す。



「……それは、」



 だって、



(聞きたく、なかったから)



 口をつぐんで俯けば、大路君は私の前にやって来てしゃがみこんだ。


 けれど、言葉の続きを急かすわけでもなく。

 ただ一言、



「足、出せ」



 ぶっきらぼうにそう呟く。


 おずおずと上履きの脱げた左足を差し出すと、どこかの童話に出てきた王子様のように、優しい手つきで持っていたそれを私にはかせた。



(シンデレラ、みたい)



 お花畑の脳内で、ぽわぽわとそんなことを考える。



「白雪」



 低い声が名前を撫でて、ブラウンのビー玉に私が映った。


 大路君の影が被さってきたのを認識した時には、



「んんっ」



 唇を、塞がれていた。


 馬乗りになった彼は、私の顔が逃げないよう後頭部に片手を回す。



「おお、じ、く……」



 息を吐いて開いた口に、彼の熱が侵入した。



「んんっ、ふっ、は、」



 少ししてから大路君は顔を離して、赤い舌で自分の唇を舐める。


 ひどく色っぽいそれに目を奪われていると片手が後頭部から移動し、するりとスカートの中に入り込んだ。



「やっ!」



 そのまま太ももを撫でられ、体がぴくりと反応する。



「大路、くん、」

「白雪、」



 耳元に口が寄せられ、息と一緒に言葉を吹き込んだ。


 それから、耳たぶに甘く噛みつかれる。



「んっ……!」



 ちょうどその時、校舎に響き渡るチャイム。


 その音に、のぼせた思考が引きずり戻された。



「……白雪、覚えとけ」

「なにを、」

「次、俺から逃げたら……食べられても知らねーからな」



 私の顔を覗き込むのは、意地の悪そうな笑みを浮かべる大路君。



(た、食べ……って、)

「あと、」



 何事もなかったかのように立ち上がった彼の吐いた台詞は、



「パンツ、水玉より縞にしろよ。シンデレラ」

「なっ……!」



 やっぱり、大路君は最低です。

 一瞬でも王子様みたいだとか思った自分が恥ずかしい。


 けれど、



(……ムカつきます)



 心臓はいまだに、どきどきと高鳴っていて。


 鐘が鳴っても、私にかかった魔法はとけないようです。

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