Story3.お花とキャンディ
赤ずきんに、お母さんは言いました。
オオカミには用心するのですよ。
オオカミは、どんな悪い事をするかわからないから、話しかけられても知らん顔をしているのですよ、と。
***
ある日の放課後。
先生に花壇の水やりを頼まれ、裏庭へやって来ました。
(綺麗に咲いてますね)
きちんと綺麗に並び、かしこまる色とりどりの花。
ふわりと香る甘い匂いに、口元が緩んだ。
お花は、好きです。
「よい、しょ」
水の入ったじょうろを持ち上げ、少し傾ける。
均等に水がかかるよう、左右に移動しながら。
花びらに弾かれた水は、真珠のようにきらきら光っていて、
(綺麗ですね)
からになったじょうろをわきに置いて、屈みこむ。
ところどころから生えてきている小さな雑草。それを一つ一つつまんで、根っこごと引っこ抜いた。
抜いた雑草は、持ってきていたごみ袋へ。
ついでに、しおれてしまっている花びらも取り除く。
(大分、綺麗になりましたね)
立ち上がり、自己満足に浸って手についた土を払っていると、
「終わった?」
低い声が、耳に入り込んできた。
そちらに目をやれば、腕を組んでいる大路君がいて。
一気にテンションだだ下がりです。
「何の用ですか」
大路君はあの日以来、なぜかこうして私に構ってくる。
冷たい声で言ってみたけれど、彼には、
「別に? 用がないと話しかけちゃいけないわけ?」
効きません。
現に今も、楽しそうに目を細めています。
『オオカミに話しかけられても、知らん顔をしているのですよ』
そう、彼はオオカミ。
知らん顔をしておきましょう。
「……」
言葉は返さず、ぷいと顔を背けた。
「あれ、無視?」
けれどもオオカミは、なぜか声を弾ませる。
冷たくされて喜ぶなんて、変な人ですね。
「……いい度胸だな、白雪姫ちゃん」
白雪姫、なんて大層な名前ではありません。
姫野白雪です。
そう言い返したかったけれど、
(返事をしたら、)
一口で、丸飲みにされてしまうから。
なおも無視して、雑草抜きに励む。
「ふーん?」
大路君は何やら独り言をこぼし、花壇の縁に腰かけた。
そのまま、足を組みこちらをじっと見てくる。
(な、なぜ、見つめてくるんですか……!)
できるだけ気にしないように、気づいていないふりをしてひたすら雑草を抜く。
花のある場所以外が丸ハゲ状態になりかけた時、
「食う?」
大路君はなぜか、飴を一つ差し出してきた。
(なぜ、飴なのでしょう?)
少しの間、疑いの気持ちを込めた目を向けて、
「いえ、けっこうです」
はっきりとお断り。
――……この時、答えてしまったから。
「相変わらず、ツンツンしてるな、白雪姫ちゃんは」
「デレデレしている女性がお好みなら他を当たってください」
……大路君は、女子生徒に人気の“王子様”なのだから。
私のように可愛いげのない女子より、もっと他に、
(……どうして、構うんですか)
気まぐれに、私のペースを乱さないでほしい。
「……それでは、さようなら」
居心地が悪くなり、雑草の入ったビニール袋を手にとって、その場を去ろうとした。
しかし、
「それって、」
大路君に腕を掴まれてしまい、叶わない。
「もしかして、嫉妬?」
……はい?嫉妬?私が?
……なぜ?
「そんなわけないじゃないですか」
「つーかさ、」
私の言葉を遮った、テノール。
掴む腕に、やや力が増す。
「俺が興味あるの、他の奴じゃなくてお前だから」
「……意味がわかりません」
なぜ、私なんかに興味が?
悪いところだらけと思うほど後ろ向きではありませんが、誇れる場所をたくさん挙げられるほど前向きでもありません。
「……姫野、」
呟くように名前を呼んで、ぐいと腕を引き寄せる。
ブラウンの瞳に私が映ったのを認識した時には、もう――……唇が重なっていた。
「――っ!?」
「口、開けろ」
大路君の指が無理やり私の口を開かせて……深く、深く、呼吸が混ざる。
「んんっ、んっ!」
不意に、口内へ侵入してきた異物。
途端に広がる、甘い香り。
ころり。
丸いものが、舌の上で踊った。
(飴玉……?)
染みてくるのは、苺の甘さ。
唖然とする私を見て、大路君は口を三日月形に歪めた。
にやり。そんな効果音がよく似合う。
「なに? もっとしてほしかった?」
「なっ……!」
よく考えてみると、私は……大路君と、
(き、きき、キスを……してしまいした……!)
一気に火照る顔。
恥ずかしくて、いつもの無表情が崩れた。
瞬間、光に透けたクリーム色を揺らし彼はくつくつと笑う。
「その、照れた顔。すっげー可愛いと思ったから」
(かかか、可愛い……!?)
やっぱり、大路君は何を考えているのかわかりません。
きっとからかわれているだけなのに、高鳴る鼓動が治まらない。
「もっと、色んな表情が見たいなーと思って。それだけ」
「……っ、」
「じゃ、また明日な」
何事もなかったかのように、私の頭を一度撫でて去る背中。
残されたのは、甘さだけ。
(どういう、つもりなんですか……オオカミさん)
あの時、答えてしまったから……オオカミに、食べられた。