Story2.もしもしお嬢さん、迷子ですか?
昔から、お伽噺が好きでした。
ふわふわ、きらきらした世界。
それが大好きで、同じ本を何度も読んだ。
いつか、白馬に乗った王子様が迎えに来る……本気でそう信じていたくらい。
そんな私も、高校3年生。
昨日始業式を終え、今日から授業が始まります。
いつもの通学路は桃色に彩られ、花びらが絨毯をつくる。
頬を撫でた、暖かい春の風。
(気持ちいい)
と、目を伏せた瞬間――ずるっと滑る足。舞い上がる桜の花びら。
前のめりに転倒する私。
それから、
「……ぷっ」
背後で聞こえた、笑い声。
「!?」
慌てて体を起こし、振り返る。
そこにいたのは、金……というより、クリーム色の髪に、整った顔立ちをした王子様。
いえ、
「笑わないでください、大路君」
同じクラスで隣の席の、大路一樹君でした。
大路君は、意地悪そうな色を瞳に映して、
「滑って転ぶとか、ダサすぎ」
そんなことを言いながらも、片手を伸ばしてくれる。
見た目は不良みたいですが、心は優
「あと、パンツはピンクより白が俺は好みかな」
前言撤回です。見た目も中身も意地悪です。
大路君のその手をはねのけ、
「見ないでください」
睨んでみれば、彼はわざとらしく肩をすくめた。
「見たんじゃなくて見えたの。えっと……何さんだっけ?」
「頭がクリーム色の方に名乗る名前はありません。さようなら」
これ以上一緒にはいたくなくて、鞄を拾い上げスカートについた花びらを払い、そそくさとその場から立ち去りました。
いつ見ても無表情だし、物言いも冷たい……と、昔からよく言われますが、私は、
(どどど、どうしましょう……! ぱっ、パンツを見られてしまいました……! 恥ずかしい……!)
感情と言動が一致しない、いわゆるツンデレガールです。
***
下駄箱で靴をはきかえていて、気がついた。
(ひざ、怪我をしていましたか)
やけに痛むはずです。
けれど、今から保健室に行っていたらホームルームが始まってしまいますし、
(後にしましょう……)
と考え、とりあえず蛇口で傷口を洗ってから教室へ。
「おはようございます」
挨拶と会釈をすれば、ちらほらと「おはよう」が返ってくる。
自分の席に座ると同時に、
「あ、一樹おはよー!」
大路君がやって来た。
「ん、おはよ」
口のはしを少し持ち上げて、短く返事。
そして、なぜかまっすぐに私の所へ来やがりました。
「オイ、ちょっと来い」
「カツアゲですか」
いいですよ、受けてたちましょう。
なんて強気な事を口では言い、立ち上がってしまいましたが、
(どうしましょう怖いです助けて……!)
内心は、今にも逃げ出したくてたまらない。
近くで見た大路君は、背が高いためとても大きく見えて、“おうじ”というより“オオカミ”のよう。
今にも、食われそう。
「あー……じゃあ、」
言うと同時に、大路君の肩に担ぎ上げられた。
「!?」
突然の出来事に戸惑う私。
そんなのは知ったことかと言わんばかりに、大路君は、
「コイツ借りてくから、先生には適当に言っといて」
クラスメイトにそう告げて、私をどこかへ拐っていきました。
***
連れてこられたのは体育館の裏……ではなく、保健室。
朝の職員会議中なのか、先生はいません。
「よいしょっと」
大路君は私をソファの上におろし、何やら漁り始めました。
少ししてから、消毒液や絆創膏を持ってきて、私の足元にしゃがむ。
「……何のつもりですか」
「怪我、してるだろ」
そう言って、
私のスカートを少しめくり上げ、ひざをあらわにさせました。
やや血が滲んでいるそこを見て、大路君は眉を寄せる。
「女なんだから、跡が残るようなことするなよ」
別に、わざとこけたわけではありませんし……それに、
「大路君には関係ありません」
「ああ、ねーよ。俺がやりたくてやってるだけ」
脱脂綿に消毒液を染み込ませ、傷口を優しく撫でる。
絆創膏の紙を剥がすその一連の動作を見送ったあと、
「何様ですか」
と言葉を投げた。
本当は……気づいていてくれたことや、今こうして手当てしてくれていることに感謝したいのに。
けれど大路君は、怒るわけでもなく、
「何様って、王子様」
愉快そうに、くつくつと喉を鳴らした。
「あなたは“おうじ”じゃなくて“おおじ”でしょう」
「じゃあ、俺様で」
「意味がわかりません」
絆創膏をひざに貼り付け、綿毛に触れるかのように優しく撫でる大路君。
ゆっくりとした動きでこちらを見上げると、色素の薄いブラウンの瞳に、私を映した。
「可愛くない白雪姫だな」
「……どうして名前を、」
「これ。落としていましたよ、姫野白雪さん」
わざとらしい敬語で飾り付け、彼がひらりと見せたのは私の生徒手帳。
……落としていたらしいですね。
「返してください」
「んー? どうしようかなー」
大路君がニヤリと笑って立ち上がると、やっぱり迫力がすごいです。
「……王子様じゃなくて狼ですね」
「知らねーの? 姫野サン」
彼は生徒手帳を私の制服の胸ポケットに入れると、少し屈み指で顎を持ち上げてきた。
何がしたいのかと聞く前に、頬に口づけが落とされる。
「~〜っ!?」
「男はみんな、オオカミなんだよ」
耳元に口が寄せられ、低い声が鼓膜を撫でた。
(き、きき、キスされ……!)
急激に上がる体温。早まる心臓。
戸惑いや恥ずかしさで、眉が八の字になった。
それを見た大路君は、
「やっと表情変わったな」
そう言って、
「真っ赤になって……リンゴみたい、白雪姫ちゃん」
今度は額にキスを落とす。
雪のように白い肌、宵闇で染めたような黒い髪、血潮のように赤い唇。
そんな白雪姫のもとに現れたのは――……オオカミでした。