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2章*恋の、襲撃大作戦!(4)剣士アレク



第一王子アレク。外見も性格も温厚で、読書と天体観察の好きな青年。


けれど彼はペトラ・タトラ国屈指の剣士でもあった。


王都と呼ばれる貴族たちの居住区の端に位置するルナの森付近で、いま彼はその腕を存分に披露していた。




心優しい男なので、普段なら格下相手に鞘から剣を抜くことはあり得ない。


だが現在対峙している者たちは王都の平和を乱す侵入者。


よって愛用の剣を手に俊敏に振り下ろしての攻防を繰り広げる。


長身を見事に操る颯爽とした、時にクルクルと剣舞のように優雅な身のこなしであった。




彼の温厚な姿のみ知る飛鳥がこの場にいたなら、さぞその機敏さに驚いただろう。


そして「カッコいい!アレク様頑張って!」と飛び跳ねて声援を送ったに違いない。




アレクは切りつけはしなかった。剣の背を使い素早い動きで相手の腕に叩きつけた。


鈍い音がして悲鳴があがる。骨が折れたのだ。



「いてぇぇっ!」



3人のうち2人が短剣を地面に落として繰り返し痛切に叫ぶ。


敵わぬと悟ったか、残るリーダーはナイフを自ら投げ捨て投降した。




その間、傍らで捕われのリディアはじっとしているだけの女ではなかった。


そしてそんな彼女の背後で腕を押さえ付けている侵入者は明らかに動揺していた。



優男にしか見えなかっただけにアレクの力量を軽視していた。


だが現実はどうだろう。多勢をものともせずの表情と動きだ。



男の顔色が変化を見せ無意識に力が弱まる。リディアは隙を見逃さない。


抵抗し、腕から逃れ肘を相手のわき腹に打ち付けた。



「ぐうっ……!」



小さくうめいて男は姿勢を崩す。


自由の身となり素早く遠退いたリディアは懐から掌サイズの小物を取り出した。教わった通り取っ手を引く。




ピルルルルピルルルル…




防犯ブザーのけたたましい音色が周囲にこだました。



侵入者たちは聞いたこともない悪魔の音色に驚き我先にと逃げ出した。慌てていたのか居住区の方向に。


彼らの視線の先には騒ぎに気づいた警備隊の姿が。逃走劇が始まった。





遠ざかる面々とは別に、物凄い勢いでアレクに駆け寄りすがりついて来た人物がいる。従者のルッツだ。



「あぁ王子っ!無事で良かったぁっ!」



アレクより3歳年上の24歳。けれど童顔で泣き虫だ。


今もベソをかき主君に背中をさすってもらい慰められている。



やがて鼻をグスグスさせながらもひとまず落ち着いた時、ルッツは気づいた。


瞬時に全身が凍りつく。天敵のリディアをすぐ側に発見したのだ。



彼は体を震わせた。この世でもっとも恐ろしいのは神の天罰でも悪魔でもない。


白いワンピースを着たこの女、リディアなのだ。



「役立たずな従者ね!アレク様を危険に晒してどこで遊んでいたの!」



何度も聞いてきた叱咤である。すでに幻聴が聞こえブルブルと悪感に襲われまた涙が浮かんだ。


だが視線の先の白い魔女は彼が見たことのない表情をさせて立ち尽くしている。そんな侍女に王子が近づく。



「怪我はないかい?」



具合を気遣う心配そうな声。それと向き合うことなくリディアは長い黒髪をふわりと浮かせて即座にひざまずき、顔をあげて叫んだ。



「申し訳ありません!」



己の愚かな失態が国宝と称される王子を危険に巻き込んだのだ。


大罪である。どんな罰も受ける覚悟で一番に謝罪を口にした。



アレクの反応は、まず小さな吐息をひとつ。



「怪我はないかと聞いている。答えなさい」



いつも優しい男が珍しく口調にわずかな強みを込めた。


それでも真摯な瞳の美しい侍女を見下ろす眼差しは包み込むように温かい。



「大丈夫です。怪我などありません」


「良かった。無傷で何よりだよ。さあ立ちなさい。戻ろう」



当然のことリディアは従った。しかし責任感の強さが災いしたかお咎めなしの行為にすら落胆し肩を落とした。



忠義に尽くす様は長所であるが、限度を越してはあまりに窮屈。


それが彼女の美点と理解しつつアレクは気の毒でならない。


慈愛に満ちた王子である。放っておくことはできなかった。



「落ち込まないでほしい。私は弱者を救っただけだよ。当然の行為をしたまで。お前は私が無視をするような男だど思っていたのか?」


「そんな!」


「迷惑をかけたと思わないでほしい。私の行為を無駄にしないでくれ」


「はい。それと、ありがとうございました」



謝辞に笑顔を返し、アレクはしゃがみこんでちびの名前を呼んだ。仔犬はすぐに王子の差し出す腕に飛び込む。



ちびは森の入り口でおとなしく戦況を見守っていた。


怖かったのではない。アレクの実力を信じ、邪魔をしないよう吠えもせずにいたのだ。



「いい子だね。お前のお陰で彼女を救えたよ。ありがとう」



散歩に行こうと誘導してくれなければリディアを救えなかったかもしれない。忠犬の行動を心からアレクは称賛した。


腕の中に抱き上げられ撫でられるちびは幸せそう。まだ幼い愛らしい顔でもっと撫でてとキュンキュン鳴いた。





こうしてルナの森で起こった事件は勇敢な王子の活躍により無事に終結した。


4人の侵入者から王都を守った王子の話は後々まで伝えられ、警備隊の失態は陰をひそめることとなった。もちろんリディアも無罪である。



そして襲撃が現実として起こっていたと知った飛鳥とカミーユは「一週間の苦労は何だったの?」と苦笑しあった。特に飛鳥は散々走り回って疲れた身であった。



けれどリディアに渡した防犯ブザーが役立ったと謝礼を受けた際は「作戦成功!」と調子よく満面の笑顔。


ちびも帰ってきたしと疲労も忘れて喜んだのだった。



よってこの事件で最も悲惨な目にあったのは誰だったのか。


4人の侵入者か、捕われたリディアか、中傷された警備隊か、その日のうちにリディアの罵声をやはり浴びた従者ルッツか……。


それぞれの言い分を聞いてみたい第三者も存在しただろう。確かに見物であるかもしれない。




『アレクとリディアを結び付ける』


飛鳥たちが計画したそのお節介な作戦は、結果として中止となり失敗に終わった。


そう、実際に起こった事件によりアレクとリディアの仲は……見た目にはこれまでと同様の王子と侍女。



ただしアレクの心に多少の変化が生まれたようである。


本人もイマイチ自覚できていないその感情、飛鳥やカミーユの苦労はまだまだ続きそうであった。



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