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2章*恋の、襲撃大作戦!(2)侍女リディア



「ああーっ、ちびちゃん!ドキドキするねっ!」



自室のベッドに腰を下ろして興奮気味に愛犬に話しかけたのは、ミディアムロングの髪の19歳、飛鳥だ。



飼い主の膝の上で仔犬はキャンと尻尾を振って一声鳴き、律儀に返答してみせた。


朝から数えて3度目のことで、そのたびに返答するちびは「忠犬だね」と誉められ頭部を撫で撫でされていた。


なかなか計算高い将来が楽しみな仔犬で、撫でられたくての行為であった。




陽光眩しい昼下がり。飛鳥が朝から現在に至るまでしつこく興奮しているのには当然理由がある。


とうとう待ちに待ったこの日がやって来たのだ。




第二王子カミーユと侍女リディアを結びつけるための偽装襲撃作戦。今日が当日であった。



カミーユは女好きながら彼女には本気のようだし、リディアも言動を見る限り王子に対しまんざらでもなさそう。


この作戦をきっかけに美男美女カップルが誕生すれば、と飛鳥のテンション上昇も当然だ。興奮鎮静の兆しすらない。



しかしながらお節介な言動は恋愛経験豊富だからと思いきや、交際経験ゼロの飛鳥。


それでも努力家で一途な性格。他人事だというのにいまだ心も体もソワソワ。


冷静になろうと、頭の中で再度作戦のおさらいを試みた。



悪漢に襲われるリディアを偶然見かけたカミーユが怪我をしながらも剣を手に勇敢に立ち向かい救出する……



以上がカミーユ本人と決めた飛鳥発案の作戦だ。



時間も場所も確定し、悪漢役のカミーユの友人たちともリハーサル済み。


彼らはいい人ばかりでノリも良く、楽しそうに作戦に協力してくれた。


飛鳥とも同年代でそれ以外の会話も弾み、初対面ながらすぐに親しくなれた。


共同作業の作戦だ。ますますの成功を望み、最後には皆と笑顔を交わしたい飛鳥であった。



と、このようなことばかり考えて余計に気が焦ってきた。


少し早いがカミーユのもとに行こう。彼も緊張しているかもしれない……。


むしろ緊張しているのは彼女の方なのだが、足取りも軽くウキウキとした動作で部屋を後にしたのだった。





急展開と呼ばれる事態は割合高い確率で起こるものだが、今回はひとりの男の想定内であり、彼はその準備を確実に進めていた。



飛鳥が部屋を出ようとした同じ頃、第二王子である彼は輝くような金髪と笑顔を兄の侍女リディアに向けて機嫌良く、だが暗い内容を声にした。



「アスカが君に本当のことを話したいって深刻な顔をしてた。聞いてやってくれないか?」



廊下を歩いていたら手招きを受け、どうせまたいつもの軽口だろうと勝手な予想を立てていた。


王子カミーユの意外な内容にリディアは美しい顔を曇らせる。




アスカが話したい本当のこと




それは何だろうか。やはり異世界の話は嘘で、他国の密偵だとでも言うのだろうか。


友人になってほしいと頼まれ、最近ではすっかり仲良くなりリディアも警戒心を解いていた。



指名されたことだし、悩みがあるなら聞いてあげたい。自分にとっても勘繰りしすぎただけと確認できるから……。


それが飛鳥を信じたいリディアの本音だった。



ふとリディアの視線の先に噂の人物の姿が映る。飛鳥だ。立ち尽くすその表情は深い驚きに満ちていた。


カミーユも気づき、素早く眼前の美女に日時を伝えて場を離れさせた。


飛鳥を気遣う憂いな表情に抱きしめたくなったが我慢である。とにかくこれでリディアへの作戦は終了したのだ。



変わって小走りに近寄って来たのは飛鳥で、開口一番、詰問の声が響く。



「リディアと何を話してたの!?こんなところにいていいの?もうすぐ時間でしょ?」



まさか作戦をバラしたのではと思ったのだ。



カミーユは「また怒鳴られた」と苦笑する。説得口調で語り出した。



「いいんだ。初めから動く気なんかないしな」


「え、どういうこと?」


「新しい作戦の開始だ。君は兄上のところに行ってリディアが襲われてると慌てたフリして駆け込んでくれ」


「えっえっ、どういうこと?訳わかんないよ!」



混乱を見せる飛鳥の肩に腕を回してカミーユは食堂に促した。座りながらゆっくりと真実を教えるためであった。





すっかり常連となった食堂で男女は対面して座った。



少しややこしい内容なので、カミーユは納得させるよう丁寧に語り出す。



「実は兄上とリディアを結びつけたくてさ。兄上の気持ちはわかってるけど彼女が手強くてね。兄上も強引な真似をする人じゃないから見てて歯痒くて」



この件で散々苦労してきたのか、終いには溜め息が漏れ肩をすくめた。



カミーユが語る意外なようで意外でない事実。


だが飛鳥の視点からも確かに兄王子アレクは常にリディアに優しかった。



それは温厚な彼の性格ゆえのもので、差別なくの精神からだと気にもしていなかったが、特別な感情を秘めていたらしい。



飛鳥に異論はない。近くで見てきたカミーユが認めるのだから間違いはないだろう。


彼の目的は理解できた。そこで次なる気掛かりは当然今後の作戦の行方である。



そういえば先ほど新たな作戦がどうとか話していた。


急転に動揺して聞き流したが、再度の説明を飛鳥は求める。



カミーユは嫌な顔ひとつ見せず詳細な説明を始めた。


作戦に大差はない。固有名詞がカミーユからアレクに変更となったくらいである。



「それにしてもさっきはヒヤヒヤしたよ」



そう前置きして彼は理由を、今となっては面白そうに口にした。



『さっき』とはリディアとの会話時のことだ。


飛鳥が不意に現れ、カミーユこそ作戦がバラされるのではと急ぎリディアを遠ざけようとした。


しかし偶然の女神は美青年を好み、彼に味方したようだ。



あのとき飛鳥が立ち尽くし驚いた理由は作戦前にリディアと会話するカミーユに対してであった。


だが何も知らないリディアには「アスカが悩んでる」と王子から事前に聞いた先入観があり、飛鳥の表情はその信用性を高めさせる物となった。



それによりカミーユの作り話に疑いもせず、即答での返事を誘導され王子の望む展開へと運ぶ次第となったのだ。


飛鳥の登場は作戦の中で効果的な役割を果たしたのである。





ペトラ・タトラ国で認められた一夫多妻制により母親の違う兄弟だ。


それでもカミーユには生まれた時からアレクは優しい兄であり尊敬すべき人柄だった。



2年前、南都ガブリエルから奉公に来たリディア。


時が進むにつれ彼女を見つめるアレクの柔和な眼差しに気づいたとき、弟は縁談を断り続けていた兄の真実を同時に悟った。


そしてリディアにもアレクに寄せる特別な感情があると信じている。



ダラダラとした関係に終止符を。僅かな可能性だとしても賭けてみたい。それが今回カミーユが飛鳥の作戦に乗じた理由だ。



「リディアを愛してるのは兄上だ。オレはあのふたりをどうにかしてやりたいのさ」



涼しい顔をして熱い思いを語るカミーユである。


飛鳥も同感だ。思い返して見ると作戦を考えていた当初からカミーユは真剣そのものだった。


初めから兄を恋路のスタートラインに立たせ、そしてゴールまで導きたいと願っていたのだ。



ギリギリでの変更だが眼前の青い瞳に変わらぬ協力を約束した。



「私もできる限りの協力と応援をするから、頑張ろうねカミーユ!」




こうして今度はリディアだけにとどまらず、アレク本人の気持ちを無視した強引な作戦が実行されようとしていた。


だが、呑気な彼らの談笑の外ではリディアが本物の侵入者との危険に遭遇する寸前であった。





飛鳥との出会いの時といい、リディアには幸か不幸か体のどこかに見えないアンテナが埋め込まれているらしい。


本人の意に反して侵入者を敏感に感知するようだ。



飛鳥のことが気掛かりで、指定の時刻より早く行動したのが運の分かれ目であった。


目的地の『ルナの森』付近で4人組の侵入者に囲まれたのである。



侵入者の目的は宮殿内の金品強奪であった。警備の目をくぐり抜け悠々と敷地内を歩いていたところリディアを見つけたのだ。



「……いい女だ」



無視をするつもりがあまりの美女ぶりに心を奪われたリーダーにより生け捕りが命令された。



「あなたたち……!」



叫びかけて懐の短剣に触れた時はすでに手遅れ。


彼女のスラリと細い体は背後から男の腕に羽交い絞めにされ身動きが取れなくなっていた。



大きな手が口を塞ぐ。助けすら呼べない状態のなかで、胸中彼女が呼び続けたのは濃紺の髪と瞳を持つ大切な主君の名だった。




その弟カミーユと専属画家飛鳥は、作戦の中心人物の片割れが危機だとも知らず会話を続けている。


真剣になりすぎて一匹の仔犬が食堂を抜け出していた現実にも気づかずに。




忠犬ちびは2階を目指し短い足だが軽々とテンポよく階段を上がっていた。


その先には窮地の美女が呼び続ける名前の人物がいるはずだった。




こうして後の世に言う『ルナの森事件』が、それぞれの場所で誰も認識せぬまま幕を開けたのである。



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