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1章*王都の宮殿にて(2)王子アレク



第一王子アレク。


その部屋に彼の侍女リディアと共に入室した飛鳥は、まず陽当たりが良く明るい室内を一望した。



テーブル、ソファ、机、本棚、ベッド、チェスト。


一目で高級と判断できるが、ごく普通の家具揃えだ。



ただしそれらが置かれていても室内は十分に広く、歩くスペースに不自由はない。



バルコニーに続くガラス戸が全開され、優しい風がレースのカーテンをそよがせて室内を旋回する。


肝心の部屋主が見当たらないのはそこにいるからだろうか。



その点よく心得ているようで、リディアは躊躇いもなく足を進ませた。




5~6人が楽々バーベキューを楽しめそうな、陽光を全面に浴びたバルコニーにはガーデンテーブルと3脚のチェア。


真っ白なそのイスに男がひとり腰掛けていた。



読書中の顔をあげて来訪者に小さく笑いかける。


平穏な空間に見事に溶け込んだ人物、彼こそが王子アレクその人であった。




地味な人。それが飛鳥が(いだ)いた第一印象だ。


先ほど出会った弟二王子カミーユのような華やかさはなく、目にした通りの読書の似合う男。



けれど暗さを感じさせないのは穏やかな微笑みのせいだろう。


保育士向きな、優しいお兄さんといった印象を受けた。



目元涼しい清潔感のある顔はもちろん、座っていても長身とわかる容姿のいい青年だ。髪と瞳の色は濃紺。



「あれ?」



飛鳥はふと首を傾げた。


弟であるカミーユは輝くような金の髪と吸い込まれそうな青い瞳の持ち主だった。


兄弟なのになぜこうも色が違うのだろうか。




疑問は後回しとなった。リディアが許可なくの入室に謝罪をし、すぐに本題に入ったからだ。



せっかちな侍女にアレクはクスッと笑いかけてまず着席を勧めた。



「お前たちも座りなさい。私もお前も落ち着いた会話ができないだろう?」


「あ、はい……」



優しくたしなめられたリディアの反応は、焦りのような照れのような。



たかが侍女を気遣う態度にもいまだ慣れない様子。


困惑気味で、美人なのに豊かな表情が傍目にも可愛らしい。



やがて一礼をしてリディアは命令に従い、美女の新たな一面を知ってさらに好感を得た飛鳥。


そんな彼女も倣ってイスに腰を下ろした。



いよいよ自分の話題である。緊張してきた飛鳥だが、見つめるアレクの視線は腕に抱かれた愛犬ちびに注がれていた。



それはとても温かく、不安を打ち消す眼差しであった。




リディアが報告した説明はわずか1分で終了した。



アスカという名のこの娘が別世界から来たらしい、と。



理解できない現象にそれ以上の会話が続かなかったのである。



飛鳥自らも会話に補足をした。


リディアのときと同様にスマホを見せて音楽を鳴らしたり、腰のポーチから小銭や防犯ブザーやちびの飲料用ボトルを取り出した。


この世界には存在しない物のはずだ。証拠として見せ信用を獲得したかった。



王子はスマホを手にし、画面を眺めたり振ってみたりの珍品扱い。


しかし利用価値のわからぬ物に長く興味は示さずすぐに本人に返した。



王子の決断をふたりの女は静かに待った。そして。



「私が身元保証人になろう。寂しいだろうけど、面倒は見るからあまり不安にならないでほしい。歓迎するよ、アスカ。この宮殿で暮らしなさい」


「本当に!王子様ありがとう!」



飛鳥にとって最高の結果である。喜ばずにはいられない。


愛犬ちびを抱き上げてふわふわの毛にしつこいくらいキスをした。




王子の寛容な処置にリディアは内心で肩をすくめた。


しかしアレクとて別世界の話を鵜呑みにしたわけではない。


超常現象など神のみぞ知る行為。思考に無駄を感じただけ。


現実にあるのはアスカという存在であり、彼女はひとりで寝る場所もない立場。助けてあげるのは当然だ。



素性の知れぬ者を側に置きたくない。傍らのリディアのその気持ちも察してはいる。


けれど悪人か善人かと問われても正解を知る者もいない。それなら風の吹くまま成り行きに任せよう……。



何となくいい加減にも思えるそれが、温厚で争いを好まぬ王子の下した平和的決断であった。




彼は飛鳥の手から犬をそっと抱き上げた。上質の衣服が汚れることなどいとわず己の膝の上にちょこんと乗せる。


動物好きなのか、ずっと気にかけていた。ようやく撫でられて嬉しそう。犬も尻尾を振り回して喜んでいる。



「お利口な犬だね。名前は?」



濃紺の瞳に見つめられ、飛鳥の胸がドキドキと高鳴る。


カミーユのときもだったが、心臓に悪い兄弟だ。ふたりとも容姿がいいだけに乙女心はグラグラである。



飛鳥は腕を伸ばして愛犬の頭部を撫でた。視線をそらし、ごまかす為の口実だ。


そして返答と大切な頼み事をしてみる。



「名前はちび。まだ5ヶ月の仔犬なの。この子も宮殿に置いていい?」


「もちろん。歓迎するよ」



王子は頷き、語尾と同時に顔を上げた飛鳥は満面の笑顔を浮かべた。



彼女はもうアレクの信者だ。ちびをかわいがってくれるし優しいし、何ていい人なのだろう。


アレク万歳、ペトラ・タトラ王国万歳である。




アレクの登場ですっかりこの国に親近感を抱いた飛鳥。


日本に帰りたいのは山々なれど、その時が来るまでこの国でも寂しさを感じず過ごせそうな手応えを得ていた。



ちびもいる。アレクやリディアもいてくれる。この人たちを、この国をもっと知りたい。


飛鳥の胸にそんな思いが芽生えはじめていた。




☆To be continued.


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