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1章*王都の宮殿にて(1)王子カミーユ



いまだ名も知らぬ美女に飛鳥が案内された先は、3棟見えた中の最も小さな宮殿だった。



近くで眺めるとよけいに普通の洋館に見えた。


牢獄でもなさそうだ。ひとまずホッと胸を撫で下ろす。


けれどもしここが魔法の世界なら、何が起こるか予測は難しい。


楽観主義の飛鳥でも、先の見えない展開にはさすがに被害妄想やら誇大妄想が働いてしまう。




内部に入ると吹き抜けの明るいエントランスホールが広がり、正面には振り子の大時計が置かれていた。2時を過ぎたばかりだった。



飛鳥はスマホで時刻を確認した。画面にはデジタルでAM9:23との表示。



「はあぁぁ……」



深い溜め息を漏らす。やはりここは日本ではない次元の異なる別世界ペトラ・タトラであるようだ。



それを再認識しただけなのにうんざりしてしまう。愛犬ちびと朝の散歩を楽しんでいたはずなのに……。



と、この騒動で忘れていた愛犬の存在をようやく思い出した。


歩みを止めて美女の綺麗な黒髪に興奮気味に話しかけた。



「ね!犬を見なかった!?仔犬で、茶色の小さな子なんだけど!?」



この世界にも犬は存在しているようだ。会話は順調に通じた。


しかし返答は思わしい物とはならず、美女は長い黒髪を揺らして首を左右に振った。



「リディア!」



廊下の先から男の声。女ふたりはその方向へ揃って視線を向ける。



どうやら美女の名はリディアらしい。本人が語るより先に判明した。カタカナ名になぜか感動のピュアな飛鳥である。



見るもの全てが新鮮で、近づいてくる男に飛鳥は視線を固定させて離さない。


でも腰に帯びた長剣には無関心、容姿一点に注目する。



金髪だ。ショートカットでゆるウェーブのくせ毛。整った顔立ち。背も高く、海外の俳優みたいなイケメンである。


けれど下腹部はポッコリ膨らんで肥満体質を思わせた。


顔に似合わぬ体型にもう一声と肩を落としつつ、何となく不自然な膨らみに首を傾げた。



立ち止まる彼と視線が交わり飛鳥はドキッと頬を朱に染める。


瞳の色は青。薄い空色に吸い込まれそうになった。



男はすぐに視線を移して美女リディアに話しかける。この上ない笑顔であった。



「君を探してたんだ。いい物を拾ってね。贈り物だ。受け取ってよ」



服をめくりあげて何やら片手で軽々と持ち上げた。


スマートになった腹部から出てきたのは、丸いコロコロとした動めく物体。


そしてすぐさま、とんでもないとばかりにあがる悲鳴。



「ああーーっ‼私のちびっ!何するのよバカ男っ!返して!」



飛鳥のかわいい愛犬ちびとの待望の再会である。


男の手から台風の如き勢いで奪い取り腕に抱いた。



「あぁちびちゃん、怪我はない?痛いところは?可哀想に。誘拐魔に捕まってたのね?」



マメシバの仔犬は理解しているのか遊んでほしいだけなのか、自分を忘れていた飼い主の元で短い尻尾を振って体調の良さをアピールした。



「迷子の犬を助けただけなのに」。誘拐魔扱いされた男が傍らでそう呟き、リディアに向けて肩をすくめた。



「元気のいい女だなあ。君の知り合い?」


「いえ。出会ったばかりの不思議な子でして。私には判断できないのでアレク様にご相談をと」


「ふーん。オレを頼ってよ……って、あれ?」



20代前半であろう青年の関心事は眼前の美女のみ。


抱きしめようとして、だが慣れた動作でサラリと身をかわされた。


情けない声を漏らしてよろめく。空を切った腕がただ虚しい。



「つれないな」



苦笑をたたえながらもむしろ楽しそうな口調であった。





青年は外出するのかエントランスホールへ向かい、長い廊下に連なる窓からの陽光に金髪を輝かせて足を進めていった。



その背中をぼんやりと眺めて、飛鳥は再び女ふたりとなった空間で当然の質問を投げかけた。



「誰?」


「第二王子のカミーユ様よ。アレク様の弟君」



声には出さない。それでも飛鳥は酷く驚いた。あれが王子なのか、と。



確かに『王子様』な容姿をしているがリディアに接した態度からも好き放題に行動する問題児な風情が見え見えだ。


いかにも女好きなナンパ男に軽蔑を込めて呟いてしまった。



「軽そうな男」



小声のつもりが聞こえていたらしく、リディアが反応を見せた。


怒りではなかった。美しい顔に微笑みがふわりと咲いた。



「否定はしないわ。でも明るく優しい方よ。憎めなくて誰からも好かれているわ」



女癖の悪さ以外は素晴らしい王子であるようだ。


そんな中で飛鳥がより気になったのは彼女の性格の方であった。



自国の王子に対して毒舌やら弁護やらの遠慮のない態度。まさか彼女もお姫さま?


だとしてもさっぱりとした飾らない性格に好感を抱いた。




後に聞いた話ではリディアは王宮内最強の女であるらしかった。


飛鳥も徐々にそれを認めることになるのだが現時点では未来の話である。



そしてそれに繋がる出来事がいま実行されようとしていた。



「リディアって呼んでもいい?友達になってほしいな……」



愛犬ちびを胸元で撫でながら思いきって頼み込んだ。



この異世界に知人などおらず寂しい飛鳥。眼前の女の優しい笑顔や毅然とした態度に信頼価値アリと見込んでの依頼だった。



今後のためにも頼りになる人が欲しく、彼女は適任に思えたのだ。




異世界から来たという話をリディアは信用したわけではない。


けれど不安そうな表情が気の毒で同情したくなった。



他国からの刺客かもしれない。その疑惑も残しつつ、良い返事を期待する健気な眼差しにスラリとした体を向けた。



「リディアで結構よ。私は第一王子アレク様に仕える侍女。不自由があったら私に話して」



情報統制のためにも自分ひとりに話してくれた方が都合がいい。


彼女にとって何より大切なのは主君アレクだ。彼に害が及んでは一大事である。善意と悪意を秘めて信頼に応えてみせた。




特に優しい口調だったわけではない。しかし心強い内容に飛鳥は安堵しちびをギュッと抱きしめて感激を露にした。



リディアの内心は複雑だ。純粋に喜ぶ飛鳥に後味の悪さを覚えた。




ふたりは肩を並べて2階のアレクの自室へと向かった。


歩きながら飛鳥はこの宮殿がふたりの王子と使用人たちの住居であると教わった。



第二王子カミーユの容姿と性格をまた脳裏に蘇らせ、アレクはどのような人物なのかと想像を膨らませた。


弟はいい加減そうだし第一王子であるからにはしっかり者だろう。


話しやすく理解力があればいいな、と勝手に人物像を作り上げた。



ひときわ豪華な観音開きの扉が現れた。唐草模様のその前で立ち止まる。目的地に着いたのだ。



飛鳥の胸がドキドキと早鐘を打ち始めた。


いよいよ今後を左右するであろうアレクとの対面である。



ちびを抱く手に自然と力がこもる。犬も場をわきまえ静かだ。



扉が開いた。リディアを先頭に、室内に飛鳥は足を踏み入れた。



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