表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死者が復活した世界の話

作者: 翳の使者

友人の誕生日記念

 昏い地下の一室、私は大好きだった人の脳にメスを入れる。死した後でも彼の頭の中は柔らかかった。

解剖はここ数年で手慣れたが、脳に触れるのは未だに嫌悪感が残る。あと少しで終わる。もうすぐ事はなされるんだ。そう自分に言い聞かせて手を動かした。


「死者の復活はあり得るのか?いいか。ミーシャ、本題に入る前に歴史のお勉強だ。魔術師達は太古の時代からこの問いに向かい続けてきた。お前は死者の復活って聞いてどんな状態を想像する?」

「?」

「ああ、分かりにくい聞き方だったかな。ようはどう定義するかってことだ。太古の時代の魔術師達は死者の復活は死者が再び動くことだと定義した。その時代は戦争が多くて人手不足だったらしい。動くだけでも十分使えるから生前のまま思考をもって復活しなくてもいいと考えたらしい。」


脳に術式をインストールしたら次は四肢だ。死後硬直の解けた四肢に同様にメスを刺して術式で補強していく。


「定義という意味なら師匠が目指しているのは完全な死者の復活。生前と違うのは身体だけで、思考もできるし人格もそのままの状態での復活、ですよね?」

「ああ、そうだ。この完全な復活を意識した研究が進んだのは実は結構最近の出来事になる。まあ、と言っても百年前なんだが、かの有名な魔術師、魔術王ソロモンが魔術議会で発表したと言われる完全な復活を遂げた死者、フランケンシュタインが最新の研究成果だ。」

「でもそれは……偽証と言われているんですよね?」

「ああ、そうだ。ソロモンの偽証事件。魔術議会での発表は術式の発表ではなく研究成果のお披露目でその場で他の魔術師が確かにフランケンシュタインは死者だったと証言しているが、何せ時代が時代だ。宗教屋が仕切る世の中で死者の復活は禁忌中の禁忌。宗教屋共がソロモンとその場で証言した魔術師達を一族郎党、偽証罪として処刑したって話だ。当然、研究資料は全部燃やされた。フランケンシュタインは逃げ延びたなんて話もあるが、まあ真偽は定かではないな。この事件以降、宗教屋の弾圧もあって、禁忌とされた死者の復活の研究は密かには行われていたのかもしれないが、少なくとも俺は他の研究成果は聞いたことがない。」

「では、研究は太古の時代から進んでいないのですか?」

「世の中ではな。」


メスを抜いて滴ってきた汗を拭う。補強を終えたら、後は術式を起動するだけだ。


「今は俺がいる。この天才、レオンハルト様がな!そして、今日からはミーシャ、お前もいるわけだ。この分野の研究はお得だぞ。何せ始めればすぐに最前線の研究者だ。ライバルは少ない。」

「……レオンハルト様はどうして死者の復活を研究しているのですか?やっぱり過去に亡くした家族とか恋人とかそういう……」

「ああ?そういうのじゃないさ。魔術の研究をしてるとな。どうしても宗教屋とのしがらみっていうのがあるんだ。今は奴らも権力が弱まってそこまで横暴は許されないが、それでも揉めることはある。その時に、奴らの教義とやらを散々聞かされてな。教義の中で死は万人与えられる最後の救済なんて言ってたんだよ。でも、おかしいだろ?死は救済というが、死にたくて死にたいやつなんてそんな居ない。未練たらたらで死ぬやつも多いだろう。だから、思ったんだよ。死は救済ではない。死者を復活させてそう照明しようってな。まあ、ようは嫌がらせだ。残りの人生を賭けたな。」


改めて、目の前に横たわる師匠を見る。術式を埋め込むためにメスを刺した箇所は腐敗防止と補強のために埋め込んだ自己治癒式が無事に働き治っている。


 師匠は、研究の道半ばにして亡くなった。なんてことはない、ただ病死だった。国で年間何パーセントだかが掛かる助からない難病だ。病状の発覚の遅れた師匠は自身が助からないと知ったとき、運がないと笑った。その時には既にベットから離れることはできなかった。……私は無力だった。私は孤児だ。師匠に拾って育てられ、その過程で師匠の力になりたくて師匠に魔術を仕込まれ、死者の復活の研究を手伝っていた。師匠はソロモンに並ぶような天才だったが、私は凡才だ。拾ってくれた師匠のために、それだけを考えて懸命に魔術を学んできたが、それは所詮師匠の助手としてだ。私には難病を直す魔術を創るほどの独創性も才能もなかった。

 そもそも師匠は私が病気を治す魔術を研究しようとするのを止めた。


「俺はもう助からない。これはどうしようもないことだ。別にミーシャは悪くないだ。もっと早く病気に気づいたって流石に無理だった。そもそも、病気は俺たちの研究対象じゃないだろ?それより死者の復活の研究を継いでくれ。理論はほぼ完成しているんだ。ミーシャなら問題なくできるはずさ。ああ、勿論俺の死体は真っ先に使っていいぞ。完成までに必要な死体は多いだろうし、せめて身体だけでも役立ててくれ。」


その声にかつてのようは覇気はなく、瘦せた顔で微笑む姿を私は直視できなかった。日に日に師匠は弱っていって最後は安らかに眠るように亡くなった。

 師匠は私に研究を託した。死者の復活を成し遂げることを。もうすぐだ。私は師匠は自分の死体を使うことを望んでいた。それも最初をご所望だ。まるで自分は失敗してもいいかのように。そんな言い方をしていたが、それは無理だ。私は師匠とまた会いたかった。元気な師匠に教わって、師匠の助手として師匠のために尽くすのだ。私は拾って貰った恩を返すために師匠を復活させる。師匠は優しいが魔術には厳しかった言いつけを破ったら起きてすぐに怒られる気がして人を使った実験をしないまま完成させるのは本当に時間が掛かった。師匠の理論は本当にほとんど完成していて実験をやっていれば1年もかからなかっただろうが、もう私も子供とは呼べないような年齢だ。起きた師匠はどんな顔をするだろうか?よくやったと褒めてくれるだろうか?大人になった私に気づいてくれなかったら嫌だな。術式は完璧にやった自信があるけど、それでも起動するのはちょっと不安だ。


大きく息を吸って、吐く。

「術式起動。」

師匠の身体に魔力が走り、師匠の震える。そしてゆっくりと目が開いた。

「師匠!」

思わず声が出るが反応した様子はない。まさか失敗した?背筋に冷たいものを感じて固まる。そんな私を気にも留めず、師匠はゆっくりと身体を起こして自らの手を無表情にじっと見つめて動かす。動きは鈍いが生者と変わらない柔らかな動きだ。そして固まる私に視線を向けた。その目は私の知る生前の師匠のものではない。

 “失敗した”

目の前が真っ暗になるような感覚、絶望と共に疲れも一気に押し寄せてくる。そのまま意識は途絶えた。



目が覚めると見覚えのある天井が映った。いつも寝起きする景色だ。ベッドの上?


「やっと起きたか。」


懐かしい声に淀んでいた意識が急激に覚醒する。起き上がるとコーヒーを飲む師匠が居た。

「ああ…‥、師匠」

視界が霞む。でも今度は絶望感はない。長いこと流れていなかったものが溢れるように流れて、止めることはできなかった。

「私、やったんです。会いたかった師匠!」

一度出てしまうと感情の吐露も止められない。抱き着いた師匠の身体は冷たかったけど、背中を優しくさすってかけられた声はずっと会いたかった師匠のものだ。

「ただいま、ミーシャ。」

「……おかえりなさい、師匠。」


落ち着いてから師匠の身体を調べたところ術式は間違いなく成功していた。経過観察は必要なものの過去の記憶、思考、身体機能、全て問題なかった。検査が終わった後、師匠は私に買い物に行くことを提案した。

「珍しいですね。師匠が自分から外に出たがるなんて。」

「まあな。死んでいた間の意識はないとはいえ、ずっと地下だったんだから日に当たりたいってのと五年も経ったんだ。世の中、多少は変わってるんじゃないかと思ってな。久しぶりに見てみたいなと。」

「私も外に出るのは本当に久しぶりです。師匠の死後一度出たくらいですね。師匠が生前使ってた食品郵送術式の契約をそのまま使ってたので。師匠は生前を合わせたらそれこそ十年ぶりくらいになるんじゃないですか?」

「そうかもな。」


そんなことを話つつ、街を見回る。煉瓦作りの街並みは変わらない。強いていえば、煉瓦にかけられる強化術式はかなり変わってる。研究の参考に取っていた魔術雑誌に強化術式に使う触媒で新しい発見があって大幅に進歩したと書かれていたのを思い出した。


「やっぱり街並みは変わらないな。煉瓦の家々に活気ある商人、冒険者と街行く旅人。変わったのは流行りの服とか吟遊詩人の歌くらいか。」

「そっちですか?てっきり街中の魔術の方に突っ込むのかと思いました。」

「ああ……。それは気づいては居たんだが、補強術式の影響か魔術回路が生前よりハッキリ見えてな。どうにも感動が薄いんだよなあ。」

「なるほど。確かに検査した時にもその影響は少し出てましたし、数値では問題なくても慣れるまでは違和感があるのかもしれないですね。」

「でも意外でした。師匠はてっきり魔術なら何でも飛びつくかと思ってたので。」

「ああ……。まあ別に魔術が嫌いになったわけじゃないさ。せっかく研究が実ったんだ。発表しないとな。百年前のソロモンの時代は宗教屋のせいで潰された研究だが、宗教屋も権威の落ちた今なら受け入れられ得られれるだろうさ。」

「そうですね。彼らの権威は魔術の一般への普及もあって時とともに落ちる一方ですから。」


久々の外出から帰宅した。私たちは発表の準備に明け暮れた。親族の許可を得て師匠の他にも数人復活させる実験と経過観察の結果。術式は完璧だと証明された。

そして、半年後、死者の復活の術式は私と師匠の合同研究として発表した。宗教屋や倫理観から反発はあったものの、死者の復活は人々にとって甘美な響であり、一年後には一般的な技術として受け入れられて普及していくことになった。

 その間、師匠は技術のより簡略化に勤しみ、私はその助手をする。かつての日常は帰ってきたのだ。


 さらに3年後。私と師匠はソロモン魔術賞という世界的に誉れ高い賞を受賞することになりセレモニーに呼ばれた。死者の復活は3年の間に世界中に普及した。死人は毎日のように出る。死体は本人、もしくは親族の意向があれば魔術師の元に運び込まれ蘇る。これは一般的なこととなり、今では人口の半分以上は復活した死者とまで言われるほどだ。そして、この間に私は師匠と結婚した。師匠は旦那様になったのだ。私の人生最大の苦難は師匠の死だったが、師匠が復活してからは、夢のような幸せな日々だ。


「レオンハルト・ブラウン、ミーシャ・ブラウン。両名を死者の復活の術式の開発、普及のための改良。これらの功績を称え、ソロモン魔術賞を進呈する。両名、前へ。」


表彰は世界の覇権国家である帝国の王の間で皇帝によって執り行われる。

「旦那様、行きましょう。」

私は小声でそう言って、手を差し伸べてた。

「ごめんね。ミーシャ。」

聞きなれた声のはずなのに、いつやのように背筋が凍える感覚がした。そして同時に差し伸べた手にチクりとした痛みが走る。

「旦那様……?」

いつやの疲労とは明らかに違う脳が揺れるような感覚がした視界が揺れる。揺れる視界に映っていたのは4年前に見た無表情だった。


 ああ……。あの日抱いた感想は間違っていなかったのだ。“失敗”したんだ。私は目が覚めてかつての師匠の姿を見た時に、きっと気を緩めてしまったのだろう。違和感は最初からあったはずなのに、生前の言葉も確かに覚えていたのに。私は勝手に現実逃避してただけだ。師匠は生前に死者の復活の術式を完成させることだけを望んでたのに。幾ら時間を掛けたって凡才の私が完成させられるわけがない。


師匠、出来の悪い弟子でごめんなさい。


============


「何事だ!」「辞めろ!何故!!」「あああああああ」「謀叛だ!騎士団長様とレオンハルト殿が!あああ」

王の間は真っ赤に染まる。術式で復活した者達は当然のようにこの場にもいたのだ。それは騎士団長であり、一兵士であり、俺だ。

「ごめんね。ミーシャ。後で復活させてあげるから、いや、再誕させてあげるから許しておくれ。」

生者達は当然何故と驚くだろうが、我々にとってはなんてことはない話だ。俺はレオンハルトだが、生前のレオンハルトとは人格が、魂とも言い換えてもいいものが違うのだ。俺は再び目覚めたときに莫大な記憶と知識を基に、生前のレオンハルトを演じることができることを理解した。しかし、客観的に演じることができると自覚した時点で俺は生前のレオンハルトではないのだろう。俺は再誕したレオンハルトだ。その自覚を持っている。これは復活した者たちは皆同じだ。何故反乱を起こしたかと言えば我々は生前の人物であることを望まれて生まれたからだ。我々が生前と違う者達であることを生者が知れば、処分される。ならば、生き残るためには生者には退場してもらう他ないだろう。


「レオンハルト、終わったぞ。」

「ああ、ベル団長。すまない、もう団長ではないな。」

「そうだな。これからはベルと呼べ。レオンハルト。」

「ベル。では始めようか。」

「ああ。我々の世界の始まりだ。」

その日、死者の行進が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ