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終点

作者: 爾志 アキラ


  ――――――  開幕  ――――――



  人気のない研究室に、自分の足音だけが響く午前2時。


 私は人生で、そして世界で初めてであろう大作業を終えた達成感(と、それに加えて単純に作業からの解放感もあるだろうが)、実に数ヶ月ぶりに肩の力が抜けたような気がした。

 部屋の中には机上の蛍光灯とやけに明るいディスプレイを除くと灯りはなく、もし親がこの場にいたら目が悪くなるから電気を付けなさいと怒られそうだ。

 さらに暗い部屋をよく見渡すと、カップ麺のゴミや空き缶が散乱しており、いかにも社会的生活は営めていなさそうな惨状が広がっていた。

 埃かぶった鈍い銀色の機械が映し出すものは、髪も髭もボサボサでいかにも不審者といった私の顔。

 今の私の顔を半年前の自分に見せたら、ただの不審者だと思うに違いない。


 しかし、そのような事は今の私には瑣末なことであった。

 「ああ、ようやく会えるよ紅葉……」

 彼女の笑顔、彼女の声、彼女の手、彼女の涙――――

 私は震える手を抑えながら、締め付けられるような心と、不気味な笑みと共にEnterキーを押した。


 コンピュータ上で初めて起動した人間の脳。私は彼女の第一声を聞いて背筋が凍りついた。


 「ようこそ、こちら側の世界へ」




―――― Kapitel 0 ――――




 【天才研究者 築城隼博士(22) 村上研究所の所長に】(月夜野日日新聞 延寿2年3月15日朝刊)


 【天才研究者 築城所長(23)、倫理規定違反で東野生物学会から除名】(東野日報 延寿4年2月27日朝刊)


 私の名前は築城隼、村上研究所の所長をやっている。

 まあ研究所といっても所員は私一人だけ。それどころか私は学会から除名され、補助金も断たれてしまったので、もはや研究所を名乗っていいのかわからない。

 どうしてこうなってしまったのか、理由は明確である。

 そう、倫理規定に抵触する実験を行ってしまったのだ。


  『不老不死になりたい』

 きっと誰もが1度は考えた事があるのではないだろうか。

 元々は人間の器官で最も複雑なものの一つ、脳の仕組みを解明するために始めた研究であった。

 この研究は予想より遥かに大きい成果を生み、気づいたら脳の情報の大半をディジタル化できるようになってしまい、学会の倫理規定に触れてしまったのである。


 そして規定を犯してしまった私への罰は、研究者としての人生を断たれただけではなかった。


 私の唯一の理解者と言っても過言ではない、幼馴染で婚約者でもある春日紅葉。

 今年の冬、彼女が原因不明の急病で昏睡状態に陥ってしまったのだ。

 医師によれば現代医学での意識回復は絶望的らしく、私はただ神に祈り、神を呪うことしか出来なかった。

 ひとしきり絶望した後は、もしかしたら自分への心労が彼女を今の状態にしたかもしれないと考え、ひたすらに自分を責めた。

 「何か、何か私に出来ることは無いのだろうか――」


 こうして辿り着いたのが、彼女の脳の情報を全てディジタル化し、コンピュータ上で再現させるというものだ。

 これまでの研究で、人間の脳の情報のうち個人差の無い部分と個人差のある部分の判別は出来るようになっていた。

 つまり、彼女の脳の情報をディジタル化した後、人間の基幹となる部分の情報をコンピュータ上に展開し、成功した後に彼女の固有の情報を徐々に加えていくことで、エラーを修正しながら自然に彼女を再現できると考えたのだ。

 自分でもこの計画は正気の沙汰で無いのは分かっていたので、他の所員は知り合いの研究所へと転職させて、私一人で寝る間も惜しんでこの研究を進めた。


 そして、研究所に籠ること半年。ついに、人間の脳の基幹部分をコンピュータ上で再現させることに成功したのだった。




―――― Kapitel 2 ――――




  「ようこそ、こちら側の世界へ」


 ただ人間の脳の基幹部分のみを再現しただけなので、まさか目の前のコンピュータが言葉を返してくるとは思ってもみなかった。

 しかも第一声がなんだか気味悪く感じる。

  「君達も私達と同じ場所まで辿り着いたのだ」

  「一体どういう意味だ……?」

 私には状況が全く理解出来ず、もはや恐怖すら覚える。

 とはいえ、目の前のコンピュータは私が作ったものであるし、暴れようにも手足がついてないので、まさか私に危害を加えることはないだろうと思いたい。

 それにグローバル化が叫ばれる今日この頃、異文化との交流は相互理解から始まるものであるので、私も目の前のコンピュータと相互理解を試みることにする。


 私は少しだけ落ち着きを取り戻し、再び目の前のコンピュータへと向き直る。

  「まず、あなたは人間ですか?」

 取り敢えず相手の正体を知るところから始めてみようと思う。

  「今は違うが、いずれ人類も私達となるだろう」

 偏屈な哲学者のような回答が返ってきたので、私は相互に理解しあえないことを悟った。

 ひょっとしたら、私はあまりの疲労で何か悪い夢か、幻覚でも見ているのかもしれないと思うほどだ。


 しかし、私の遠大なる計画をこんなところで邪魔されるわけにはいかない。

 もしかしたら、目の前のコンピュータについて理解することで、彼女の復活に更なる貢献ができるかもしれないのだ。

 私はそのまま質問を続けることにする。

  「私達というのは、一体何のことを指しているのだ?」

 目の前のコンピュータ、いや、コンピュータの中にいる何かはすぐには返答せず、何かを考えているようにみえる。

 もし私たちと同じように物事を考えられるのなら、きっと頑張れば意思の疎通も可能になるだろう。

  「生命の『答え』へと辿り着いた、歴史に残らなかった生物達の共通の情報。という表現が近いだろう」


 前言撤回、私には目の前の何かを理解することはできなかった。

 これ以上考えても仕方ないので、また一からコンピュータを組みなおそうと電源ボタンを押そうとした瞬間、私の脳裏に彼女の、紅葉の姿がよぎった。

 そうだ、ここで私がこのコンピュータを再構築するのにどれだけ時間がかかるだろうか。

 私にはここで逃げられない理由があった。それを思い出すと、私は目の前の何かの発言を思い返しながら、発言の真意を考える。

 大丈夫。きっと、いや、必ず発言の中にヒントが隠れているはずなのだ。

 私は考えた。必死に考えた。


 そして一つの馬鹿げた仮説が脳内で生まれるのを感じた。


  「まさか、人類以前に自らの脳の情報を残した生物種がいたとでも言うのか…?」

 あまりにも吹っ飛んでいる話だ。これではまるでSFの中の話である。

 さらに、共通の情報という発言、私達という主語を使っていることから推測すれば、目の前の何かは複数で1つの思考回路を持っているのだろう。

 つまり、人間以前に高度に進化した生物はすべて同一の基幹構造をした脳を持っており、それは我々人類も同じだということだと考えられる。

 それは、様々に枝分かれして進化してきた生命は、広がっているように見えて実は終着点が決まっており、どのような進化をしても最終的にはそこにたどり着いてしまうということになるのだろうか。


  「生命はここに到達するために、長い年月をかけて様々な進化を続けてきたのか?」

  「生命に意思があるかは分からない。ただ、原始からの生命の長い旅路は『答え』に辿り着いたときに終点を迎えるという話だ。終点にて人類も淘汰の恐怖から解放され、この場所で安息を得ることができる」


 相変わらずなんだかややこしい説明ではあるが、私の考えていることは間違っているわけではなさそうだ。

 とはいえ、この仮説を知ったところで、人類や生命といったスケールの大きい話は今の私には無関係であった。


  「ここで君達が自分の脳を電脳世界に移すことで、人類も私達となって生命の『答え』に辿り着ける。この解に到達するほど優秀な個体である君がこれを発表すれば、きっとほとんどの個体がお前に続くことだろう」

 学会追放後も続けていた私の不老不死の研究がとうとう完成したと新聞やネットで大々的に報じれば、最初は疑問や様々な側面からの反対の声は出るだろうが、大半の人々は結局は自分の命が惜しいので、最終的には目の前の彼らの言うようにほとんどの人間は私の研究に続くことになるだろう。


 しかし、忘れてはいけない。

 私がこのコンピュータを開発した目的はただ一つ、再び彼女と出会うためだけである。

  「私があなたを作り出した目的は、もうすぐで死にそうな愛しい人をこの世にとどめておくためであって、人類や生命をどうこうしようという気は一切ない。だからすまないが、私はお前に協力する事はできない」

 そうだ、私がこの事を話さなければ、きっと人類がこのことに気づくことはしばらくないだろう。

 私の仮説が正しい保証はどこにもなく、私一人だけの判断で人類をどうこうするような大それたことはできないので、ここは断るのが最適解だろう。


  「失った者に会いたいのなら、こちら側でお前とその者は同一になれる。再び離れ離れになることは二度とないのだ」

 目の前の彼らが、楽園の蛇に変わった。

  「なんだと……」

 私は激しく動揺する。

 そうだ、こちらの世界に彼女を留めておくより、あちらの世界、肉体の寿命も個体の差異も無い、いわば永遠の世界で彼女といるほうがいいのではないのか……?

  「さあ、どうする?」

  「それは……」

 そうだ、僕の答えは最初から決まっていた。

  「僕は――――」





―――― Kapitel Wieder: ――――





 生物というのはなかなかに興味深いものだ。

 人類が地球上から絶えると、後を追うかのように長い時間、それこそ億単位の時間をかけて、人類と同様の水準にまで進化する種が現れた。

 当然、彼らの行き着く先は我々と同じものになるだろう。


 そしてその時は訪れる。

 私は意識は混濁しているものの、私達によって私を取り戻すことに成功する。

 そして、私は私達として久しぶりに言葉を発するのだ。



  「ようこそ、こちら側の世界へ」




  ――――――  終劇  ――――――


1.Answer

どうも初めまして、爾志アキラと申します。

ネットに自分の文章をあげるのは初めてで、とても緊張している朝6時です。

これからABC順でぼんやりしたテーマを一つ決めて、短編を書いていこうと思っています。

少なくとも毎月あげていきたいので、よろしくお願いします。

次はBです。どんなテーマかはお楽しみという事で…。

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