マァム
「ねぇ、ヨシコ。 もしかしたら、この列車にお母さんが紛れ込んでるかも」
「兵隊を殺したヤツが、あなたのママなの? でも、それはないでしょ。 ママはあなたを探してるハズだし、娘がいるところで殺人なんかしないでしょ」
「そうだけど…… お母さんが私に気付かないで、先に兵隊を殺したって可能性もあるかも」
「その前に、あなたのママが兵隊を殺す必要性って、ある?」
「お母さんが、赤い堕天使だと思うの」
ヨシコが、えっ、といいながら、眉間にシワを寄せ、口をすぼめる。
オマールが、タコみたいな顔だな、と密かに思う中、ガールが赤い堕天使と自分の母親の特徴が一致していることを告げる。
「うちのお母さんも、赤髪だし、今まで知らなかったけど、すごい剣の技を見せられたの。 それに極めつけは、昔、冒険者だったって」
「アンタって、今いくつ?」
「16です」
「じゃあ、アンタのママはアンタが生まれるまで冒険者をやってたかも知れないんだ。 ねぇ、オマール。 赤い堕天使って、そんな昔の話なの?」
「……いや、ここ2.3年ですが」
「あれっ、そんな最近なんですか?」
ガールの母親のマァムが冒険者をやっていたと思われるのが、16年前。
赤い堕天使が現れたのは2.3年前の話で、時間的な矛盾がある。
(私に隠れて冒険者をやっていたとは思えないし……)
母親は常に家にいたし、ガールや姉、兄の目を盗んでこちらと元の世界をバレないように行き来していたとは考えにくい。
ヨシコが席からゆっくり立ち上がる。
「まあでも、もしかしたらアンタのママ、名前何っての?」
「マァムです」
「そのマァムおばさんがこの車両に乗り込んでる可能性があるってんなら、一旦探す価値はあるわね。 ガール、あなたと手分けして、端から追い込んでみましょう」
「分かったわ」
「ちょっと、いいですか」
突然、オマールが手を上げ、調子の悪そうな声を出した。
「何よ?」
「今の、追い込む、という言葉。 以後、やめてもらえますか? 昔、網ですくい取られて殺されそうになったのを思い出してしまって……」
(……そういえば昔、ザリガニ捕りとかやったなぁ)
オマールの下りはどうでもいいが、ガールとヨシコは8両ある車両の端々に向かい、乗客の確認を開始した。
自分たちの座席に戻ってくると、結果報告をする。
「いました?」
「こっちはダメね。 あんたは?」
「やっぱり…… 私の方もダメでした」
すると、列車からアナウンスが流れた。
「えー、お客様、もうしばらくでサーターアンダーキに到着致しますが、先ほど、トイレでお客様が亡くなられました。 事件性の有無はまだ分かりませんが、列車から降りる前に荷物チェックをしますので、何卒ご了承下さい」
「げ、ヨシコ、ヤバくない?」
「大丈夫よ。 私を信じなさい」
駅員が杖の中に剣を隠してあることに気付けば、絶体絶命である。
しかし、ないない、とヨシコは余裕をかました。
列車がサーターアンダーキの駅に停車すると、みな続々と車両から降りるが、その際に駅員が荷物チェックを行う。
「はい、次の方」
ヨシコが前へと歩み出る。
ガールは、後ろでハラハラしながらその様子を伺っていた。
「荷物は杖とバックですね。 では、エルダーワンドを解除して下さい」
「えっ」
思わず、後ろにいたガールが声を漏らした。
(ヤバい、剣を持ってるのがバレちゃう!)
剣を持っていれば、殺人の容疑をかけられてしまう。
しかし、事もなげにヨシコは杖をロープ化して、中を見せた。
「はい、何も無いでしょ?」
「……!」
確かに、杖の中には何も無かった。




