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がーるすぺしゃる  作者: oga
第二章 武器庫、セカンドヴィレッジ
25/69

2000回

 早朝から既に工房は稼働している。

あちらこちらで剣を研磨したり、体の寸法を測って防具をこしらえようとする者など、セカンド・ヴィレッジはまさに職人の街と言えよう。

そんな中、ガールはスナックに連れられて、ある場所へとやって来た。

この街では一件しかない、刀鍛冶の工房である。


「この世界じゃ剣といえばロングソードが主流だから、刀鍛冶はかなりレアな存在よ。 働いてる弟子も、私ともう一人の3人しかいないしね」


「へぇ~」


 柵を越えて敷地内に入ると、レンガ造りの竈の前に老人が一人、座って火の様子を窺っていた。


「おはよう、先生」


「……何じゃ、主か。 こんな朝早くから、何のようじゃ?」


「ちょっと玉鋼を一つ借りたいんだけど」


「出来損ないのでいいなら、棚に並べてあるから勝手に持って行け」


 ちなみに、玉鋼とは鉄と炭を混ぜ合わせた刀の原型である。


「ありがと、それと、道具一式も使わせてもらうけど、いい?」


「好きにせぇ」


 ガールは今の話を聞いて、何となく察しがついた。

スナックは、自分に刀を打たせるつもりなのだ。

 今度は倉庫へと向かい、黒い隕石の様な鉄の塊をスナックが手にすると、そのまま工房内へと足を踏み入れた。

スナックが工房の敷居をまたぐ前に一度お辞儀をすると、ガールもそれにならう。

ゴトリ、と玉鋼をテーブルに置くと、スナックが言った。


「さっ、ここまで来れば分かると思うけど、アンタにはこれから刀を打って貰うわ」


「このハンマーで叩いて、腕を鍛えるんですね。 でも、一日でそんなに鍛えられるんですか?」


「腕を鍛えるってのもあるけど、それだけじゃないわ。 ここを鍛えるのよ」


 スナックが胸の辺りを人差し指で差す。


(心臓? 肺? ……心?)


「刀をまともに打てるようになるには、最低でも5年はかかるって言われてて、それを1日でやろうってんだから、過酷よぉ~」


「……」


 目の前のオカマが意地悪そうに微笑んでいる。


「無理難題なのは重々承知。 それでも、これをやらなきゃカボには勝てない。 敗北はイコール大量の死人を生むことにも繋がる。 そんな未来を変えるには、やっぱり強さが必要なのよね。 だから、ここで決めなさい。 刀を打つことが出来なかったら、冒険者になることを諦めるって」


「……!」 


「と、言うより諦めざるを得なくなるわ。 これからこの鉄を打っていく上で、アナタはアナタの中にある雑念を取り払っていかなきゃならない。 無駄な考えを完全に取り去った末に、ようやく刀が仕上がるのよ」


 仰々しいスナックの説明に、少し気後れしたものの、ガールはやらなきゃ分からない、とハンマーを手にした。


「やらなきゃ進めないんなら、やります。 それに、どんなものかも想像つかないもん」


「ふっ、いい覚悟よ、ガールちゃん」


 スナックが玉鋼を鉄のプライヤーで挟んで掴み、炉で熱する。 

そして、赤くなった玉鋼をテーブルの上に置く。


「さあ、始めましょ」


「はいっ」


 ガールが、ハンマーを振りかぶり、叩く。

ガアン! という音と共に、火花が散る。


「ハアッ」


 ガアン、ガアン、と玉鋼を叩く。


「ガールちゃん、まだまだ全然よ。 もっとスピーディーに!」


「は、はいっ」


(これ、結構楽しいかも♪ 中学の工芸も好きだったし、私って意外と男勝りかもね)


 ガールは、初めてやる刀打ちに、胸を躍らせた。







 工房の奥から、鉄を打つ音が聞こえる。

既に、振り下ろしたハンマーの数は、100を超えていた。

ガールの額からは汗が滲み出て、肩や腰に影響が出ていた。

しかし、一息付こうとすると、すかさずスナックの怒声が響く。


「オラァッ、休憩してる暇なんてねぇぞ!」


「くっ」


 途中から、まさに鬼の形相でガールのケツを叩くスナック。


(地獄の鬼だ……)


 ガールは、まるで自分が地獄で働かされている罪人のようだと思い始めていた。


(休憩、欲しいんだけど……)


 休みたい、と思い始めてから、明らかにハンマーを振るうスピードが遅くなったが、脇腹にスナックの蹴りがめり込んだ。


「っぐ……」


「甘えたこと考えてんじゃねぇぞ。 休憩なんてねぇんだよ! オラ、さっさとハンマー持ちやがれっ」


 ガールは、このオカマに対して強烈な殺意を覚えた。

ハンマーを握り締め、オカマを睨みつける。

 

「あ? 何だその目は。 てめえに睨みつけられても、全っ然怖くねぇんだよ」


「やあああーーっ」


 ガールは叫びながら、玉鋼を打った。

殺意を全部玉鋼に向けてやる、そんな気持ちで、打ち続けた。








 刀を打つ音が鈍い。

既に、1000回は振り下ろしただろうか。

ガールは、それでも終わりのない刀打ちに、完全に心を折られていた。


(お願い、もう、助けて下さい……)


 余りのつらさに、目からは涙が流る。

 

「ズナッグざんっ、いづ、おばるんでずかっ」


「……」


 返答は無い。

先の見えない仕事が、ここまで苦しいのかとガールは思った。


(絶体に、無理。 私には出来ない。 私は根性無しのヘタレ。 ……でも、ここまで頑張ったのって、凄くない? でも冒険者なら出来て当たり前なの? それだったら、私には冒険者なんて務まらない)


 上げては下げて、下げては上げる。

ガールは、そんな思考を永遠に続けた。

そして、とうとう、ハンマーが微動だにしなくなる。


「……」


 じっと、スナックはガールを見ていた。

 

(ここが正念場よ、ガールちゃん)


 スナックにも、辛い時期があった。

社会人をしていて、オカマである自分はどう生きるべきなのか、ひたすら自問自答していた。

心は女なのに、社会で生きるには男として生きなければならない。

そんなある日を境に、半分ウツのような状態に陥り、家から出ることが出来なくなった。

オンラインゲームでなら、体が男でも関係ない。

本当の自分を表現できた。

そして、こちらの世界にやって来た。

そこで偶然、この刀鍛冶の仕事と出会った。

刀を打つ、という単純作業の中で、スナックは今までの社会で生きてきた様々なことを思い返すこととなる。

その雑念を、1回1回、ハンマーで叩き出していく。

1週間が経過して、スナックは一振りの淀みない刀を打ち切ることが出来た。

その刀には曇り一つ無く、同時に気が付いた。

自分の中に今まであったくすんだ感情も、きれいさっぱり無くなっていた。


「先生……」


 スナックが振り返ると、刀匠はニカッ、と笑った。







 

 刀を打つ手が止まってから3時間、ガールはその場に立ち尽くしていた。

しかし、ガールは逃げなかった。

代わりに、ガアン、という鋼を打つ音が聞こえた。


(……吹っ切れたみたいね)


 ガールの目に涙は無かった。

ただ、ひたすらに玉鋼を見つめ、ハンマーを振り下ろした。

そして、鋼を叩く音が2000回を越えた頃、ガールは気が付いた。

自分を足止めしていたのは、自分の雑念だった。

それを全て取り去って、ただただ鋼を打つ。

ガールはまだまだいくらでも打てる、と思った。

体は軽く、気持ちは晴れやかだった。

そして、ようやく、スナックの声が響いた。


「オーケーよ、ガールちゃん」


「はあっ、はあっ……」


 全身全霊を込めて打った、ガールの刀がそこにあった。

時刻は0時。

18時間ぶっ通しで打ち続けた刀は、ガールの冒険者になりたいという熱意を受けたかの如く、赤く燃え盛っていた。

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