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がーるすぺしゃる  作者: oga
第一章 始まりの街、ファストレイク
1/69

プロローグ 異世界へ(表紙有り)

挿絵(By みてみん)


「あっついわねぇ~」


 部屋でソファに寝転がり、冷房の設定を18℃まで下げて、少女は言った。

少女の名前はガール。

絶賛、不毛な夏休みを消化中である。

そこに、掃除機をかけながら母親が入って来た。


「はいー邪魔邪魔」


 別に、ソファの上にいるガールのことは掃除の邪魔にはならないのだが、あえて掃除機のヘッドをガールに押し当てる。

しかも、めちゃめちゃうるさい音が出るようにその掃除機は改造されていた。


「うわあああああああああっ、鼓膜が破れるううううううっ」


「こんなとこで寝てないで、子供は元気よくプールに行くなり、外へ行ってらっしゃい」


「じゃあ、冒険行ってくる」


「それは、ダメ」


 突然、部屋が静かになる。

ガールが反論する。


「プールはオッケー、カブトムシを取りに行くのもオッケー、バイトもオッケー、なのに何で冒険はダメなのよっ」


「ダメなものはダメなんですっ」


「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ」


 両手両足をバタバタさせながら、ガールが言う。

母親も負けじと、両手両足をバタバタさせながらそれに続く。


「ダメダメダメダメダメダメダメ」


 すると、騒ぎを聞きつけた姉、ニキータが割り込んで来た。

手にはギターを手にしている。


「え、何々、私も混ぜて!」


 ギターをかき鳴らしながら、ヤダヤダ、ダメダメの応酬にリズムを刻む。





 タイトル「冒険行きたい」 作詞:ガール 作曲:ニキータ


 私ら一家は冒険家

一族みんなで敵倒す 

勇者の剣を携えて、バッタバッタと敵倒す

だけど兄貴は行方不明

父、祖父みんな行方不明

それでもアタシも行ってみたい

一度は冒険行ってみたい






「って、何歌わせとんじゃーーーー!」


 いつの間にか手にしていたマイク(雑誌を丸めた奴)を地面に叩きつける。

ジャーン、とギターを鳴らして姉が言った。


「んだよ、せっかくいい感じだったってのに。 じゃあさ、ガールも私らとバンドやるか?」


「それは絶対ヤダ。 ニキータ姉みたいになりたくないもん。 頭悪そうじゃん」


「お前、すっげー反抗的だよな。 まっ、いーけど。 私は部屋にこもってギター練習してますんで、気になったら声かけて下さーい」


 そのままフェードアウトしていくニキータ。

母親が腰に手を当てて、言った。


「はあ、ってか、冒険はダメって言ってるのに、何で分からないのよ」


「だって、うちの家系、冒険者家系じゃない! おじいちゃんも、お父さんも、兄さんも」


「ほんと、呪われた家系よ。 私のお父さん、あんたのおじいちゃんだけど、冒険行くとかいってそのまま蒸発しちゃって、その後私を育てるのに母さんがどれだけ苦労したか…… ウチの父さんだって、見たら分かるでしょ? 年中海外旅行してて、それもジャングルだとか訳の分からないとこばっかり。 ほんと、ロクなもんじゃないわよ」


「兄さんはどうなの?」


「ゲームばっかりやってて部屋から出てこないじゃない!」


 兄は絶賛、引きこもり中である。

ちなみに、好きなゲームのジャンルはロープレで、オンラインゲームを始めてからその沼にどっぷり漬かってしまった。


「ニキータだってあんなんで、多分将来ロクな大人にならないわ。 だから、アンタしかいないのよ」


「……そう言われると、まあ、私が頑張んなきゃなって気になるわね」


 ガールは自室に戻ると、大人しく勉強机に向かって、教科書を開いた。


 









「ガールさん、起きてください!」


「うっ……」


 ガールは教科書を開いて、気付いたら寝落ちしていた。

足元から聞きなれない声がして、目をこすりながらそちらを見る。


「……誰?」


 モコモコした白い生物が、つぶらな瞳でこちらを見ている。

最初は冗談かと思ったが、視界がクリアになるにつれて、驚いた。


「わあ、ウサギだ」


 目の前のウサギは、青いチョッキを身に着け、肩には剣を担いでいる。

首からは何やら懐中時計のようなものを下げ、まるで絵本から飛び出して来たかのような、そんな出で立ちだ。


「あなたが冒険に出たいって言うから、向こうの世界にいるあなたのお爺さんが僕を寄こしたんですよ。 ちなみに、僕はテリーっていいます」


「へえ…… うっそでしょ……」


「ただ、これからいくつか試験を行いますんで。 本当にこっちの世界に来る覚悟があるかの試験」


「……試験? てかあなた、どうやってここに入って来たのよ?」


「あ、ちょっと玄関からだとアレだったんで、ベランダから上がらせてもらいました」


 窓ガラスの方を見やると、鍵の部分が丸くくりぬかれており、そこから手を突っ込んで扉を開けたらしい。


「……」


 不法侵入を試みた目の前のウサギに、かなりうさん臭さを感じたガールだったが、どうすればいいのかと聞いた。


「冒険なんて、大歓迎だけど。 その試験って、何をどうしたらいいの?」


「これを」

 

 ウサギが差し出してきたのは、剣。

ガールがそれを手にすると、何やら呻き声が聞こえて来た。


「え……」


 思いっきり眉間にしわを寄せて、声のする方を伺う。

どうやらその声の主は廊下にいるらしく、ガールは立ち上がると、恐る恐る扉を開いた。


「……うっそでしょ」


 扉を開くと、小柄なグリーンのモンスターがそこにいる。


「何で家の中にあんなのがいるのよ!」


「グヘエ…… グルアアアア……!」


 そのモンスターはゴブリンと呼ばれる魔物である。


「ガールさん、剣を抜いて、あいつを倒してください!」


「ちょっ、急にそんなこと言われても……」


 ガールは慌てて剣の紐を肩に通し、鞘から刀身を引き抜いた。

手のひらにずしりと重さを感じつつも、ガールはそれを思い切り振った。


「あっ」


 当然、攻撃が来ると察知したゴブリンは一歩後退して、それを逃れた。

銀色が閃き、地面に刺さる。

慌てて態勢を直そうとするも、それよりも早く、今度はゴブリンが爪をガールの腕に突き立てた。

肉が引き裂かれる。

今まで経験したことの無い痛みが、脳天を駆ける。

これは、夢ではない。


「ぐっ……」


 どんどん血が溢れて、ガールは気を失いそうになった。


「ガールさん、相手の攻撃に合わせて剣を振るんです。 もう一度やってみて!」


「無理に決まって…… あれ?」


 腕の痛みが消えている。

それどころか、さっきゴブリンにつけられた深い傷が、無い。

ウサギは手に懐中時計を持っている。

ウサギが何をしたのか気になったが、とにかく、目の前のゴブリンを倒さなければならない。

ガールは、深く息を吐いた。

そして、剣を振りかぶる。

相手も警戒して、動かない。


(このままじゃ、ダメ。 相手を油断させないと……)


 ガールはおもむろに剣を鞘にしまった。

その瞬間、ゴブリンがこちらにかけて来た。


「やあああああああっ」


 ガールは踏み込んで、鞘から一気に剣を抜いた。

すると、今度は突進してきたゴブリンの体に剣がめり込み、一気にけさがけに切り裂いた。


「ギャアアアアアアアアッ」


 断末魔と共に、ゴブリンの命は絶たれた。


「はあっ、はあっ……」


「私がいなかったら死んでましたけど、上出来です」


「……さっき、何をしたの?」


「ガールさんの時間を戻しました。 そういう魔法です」


 ウサギがやったのは、ガールの時間を戻す魔法。


(魔法……? 嘘でしょ……)


 そんなもの、存在自体が怪しいが、実際、ガールの傷は腕から消え失せており、信じざるを得なかった。


「気を付けてください。 この魔法は死者は蘇らせることはできません。 即死するような攻撃だけは、もらわないように」


「……」


 廊下を進むと、あるものを見つけた。

ガールは、嫌な予感がした。


(ニキータ姉さんの、ギター…… もしかして、あのゴブリンって……)


 ウサギが先に進むのを、ガールは引き留めた。


「ちょっと、待ってよ! ねえ、今の化け物って、もしかして……」


「言ったじゃないですか。 これは試験。 ここでやめることもできますが、そうなればこの出来事は全て夢だったことになります。 あなたは、あなたの邪魔をする者を倒して、先に進まなければならない」 


(もしかして、あれはニキータ姉さんだったの!?)


 自分の背後に横たわっているであろう、ゴブリンの亡骸。

ガールは、振り向いて確認することが出来なかった。

剣を持つ右手が小刻みに震える。

その様子を見て、ウサギが言った。


「やめておきますか?」


「……教えて。 ここでやめたら、私は将来、どうなるの?」


「それはアナタ次第ですよ。 好きなものになればいい。 ただし、冒険者になるのだけは、諦めて下さい」


「……!」


 これが、ガールにとって、最初で最後のチャンスかも知れなかった。

しかし、この先にいるであろう、兄と母親のゴブリンを倒してでも、果たして自分は冒険になりたいのか?


「……えいやあああっー!」


 ガールは、自分の顔面を殴った。


「えっ!」


 ウサギが困惑する。

鼻からボタボタ血が流れるのを腕で拭って、ガールは言った。


「グチャグチャ考えてる自分、すっごいダサい。 もう姉さん殺しちゃったんだし、後には引けないわ」


 ガールは廊下を進んだ。

冒険者になるための理由をひねり出そうともしたが、自分の気持ちに従わなければ、そんなものは全て嘘になる。

動機など、冒険者になりたいと思った、で十分なのだ。

 

「……まあ、いいか」


 ウサギは、何か言いたげだたたが、ガールの気持ちが変わってしまわないよう、あえて言わずに後へと続いた。

階段を降りると、そこには母親がいた。


「……お母さん? アレ?」


 ガールは拍子抜けした。

てっきり、ゴブリンの姿の母親と戦うと思っていたからだ。

段差に腰を下ろしていた母親は、立ち上がると手にしていた剣を抜いた。

その剣は、随分と年季が入っているように、ガールは感じた。

それよりも、


(お母さんが、剣!?)


「アナタは絶対に行かせないわよ。 冒険者なんてロクなもんじゃないんだから」


「お母さん、何で剣を持ってるの? 意味分かんないし……」


「アナタは知らなくていいの。 進みたければ私を倒してから進みなさい、と言いたいとこだけど、アナタの心をここで折るわ」


 母親を倒さなければ先へは進めない。

ガールは三度、覚悟を試されることとなった。

しかし、もう迷わない。

自分の気持ちに従うと、決めたのだ。


「お母さん、私、一歩も退かないから」


 剣を肩から引き抜く。

そして、階段をジャンプした。


「えいやああああああーっ」


 母親も、腰に携えていた剣を引き抜いた。

そして、怪しく剣が閃いた。


「剣技、百花繚乱」


 母親の周辺に、無数の剣刃が発生。

まるで嵐の如く、ガールに襲いかかり、はじき返した。


「きゃあああああっ」


「ガールさんっ!」


 ウサギが慌てて懐中時計を手にして、ガールの時間を戻す。


「何が起きたの……?」


 気付くと仰向けに倒れており、起き上がると、階下に母親がいる。

しかし、先ほどあった階段が消失しており、その部分だけ丸く削り取ったようになっていた。

ウサギがボソリと呟いた。


「ガールさん、あの方はソードマスター。 我々の世界で、かつて最強を争った剣士です」


「は、はああっ!?」 

 

 人には散々冒険者になるなと言っておいて、ちゃっかり自分は最強を争うソードマスター。

こんな理不尽なことはない、とガールは思った。


「お母さんばっかり、ズルいよ!」

 

 「あのね、ガール。 冒険者の世界って、あなたが思ってる程、甘くて美味しいファンタジーな世界じゃないの。 こういうとあなたは反発するかも知れないけど、私の敷いたレールの人生を歩んだ方が、よっぽど幸せよ」


「……嫌だ、ニキータ姉さんみたいな、アニー兄さんみたいな、あんな風な人生が、幸せなんて思いたくない」


「ガール、あなたはあんな風にはならないわ。 しっかり今から勉強して、立派な大学に入れば……」


「私は、そんな風にはなれないよ…… 夏休みだって、ソファでずっと寝転がってるような子だよ? でも、冒険なら、私は途中で投げ出さない」


「……それは、あたなたはまだあの世界を知らないからよ」


 母親は依然として、剣を構えたままである。

このままガールが突撃すれば、剣の餌食になることは必至。

それでも、ガールは退かない。

ここで諦めたら、心に一生悔いを残すことになるだろう。


「私は、冒険者になるの。 お母さん、どいてっ」


 その時だった。

ガールの手にしていた剣が、光に包まれた。

ウサギが叫ぶ。


「クルミナの剣が、呼応しているっ!」


 ウサギがガールに渡した剣。

クルミナの剣。

別名、奇跡の剣と呼ばれ、使い手の強い気持ちに共鳴して、力を発揮する。

剣が形を変えて、ガールの手に収まった。


「な、何これ……」


 ドゥルン、ドゥルン、という音を立てて、激しく刃が回転している。

ガールは自分の手にしているものが何か、考えるより先に走り出していた。

その激しく回転する刃の武器、チェーンソーを母親へと突き出す。


「こんなものっ、ハアアーッ!」


 ガアン、という音を立てて、剣とチェーンソーの刃が競り合う。

火の粉を散らし、お互いを削り合う。


「諦めなさいっ!」


「嫌だっ、お母さんこそ、諦めてっ!」


 勝負は互角。

ウサギも固唾を呑んで、勝負の行方を見守る。

すると突然、強風が吹き荒れた。


「うわあっ」


 ウサギは飛ばされないように、地面に這いつくばる。

その吹き荒れる風が、ガールと母親の手にしていた武器を奪い取った。


「……!?」


 男の、かすれたような声が響いた。


「や、やめろぉっ…… ケンカは、やめろぉっ!」


「アニー兄さん!」


 ガールが、その声の主の名を呼んだ。

ガールの兄、アニー。

手には、朝、母親が使っていた掃除機。

その掃除機が、二人の武器を吸い取った。

そして、その勢いは止まらず、今度はウサギを吸い込んだ。


「ワアアアアーーーッ……」

 

「テリーっ!」


 母親も吸い込まれる、

ガールの体が浮き、次の瞬間、視界が真っ暗になった。

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