四日目 語るべからず
四日目 語るべからず
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六人部屋に入院していたときのことです。
私はいつも間仕切りのカーテンをすべて閉め、他の入院患者の来客に注意を払わぬようにしていました。
他のブースの見舞客の声は、聞くともなしに聞こえてきます。
快活に笑う人、しんみりと小声で話す人。会話は少なめに身の回りの片付けなどをする人。
しかし、どうも変な見舞客がいました。
私の寝ているベッドの隣。そこに、毎日決まった時間に訪れる見舞客です。
カーテン越しにうっすらと見えるシルエットや、人の気配で、来客があるのは分かるのですが、まったく一言も話さず。ただじっとベッドの脇に立っているだけなのです。
薄手のカーテンから見える、その影。
細身の体に、丸っこい頭が乗ってる、単純な影です。
やはり身動きひとつしない。
声も出さない。
ただ影だけが見えています。
あるとき、私は興味を抱きました。
その来客が来る時間、ベッドの上で身を起こし、そうっとカーテンを開けました。
そこにいたのは。くすんだ色の着物を着た人物。
しかし顔には髪の毛も、目も鼻も耳もなく、薄いゴムをかぶったようにのっぺりとした球体で。
ただ、真っ赤な口だけが、顔の端から端まで走っています。
その口のような、裂け目のような赤い線は薄い三日月形に開かれていました。
その何かが、頭部を少しだけ回して、こちらを見たように思いました。
人差し指、老人のような皺だらけの指を立てて、それを赤い線の真ん中に当てます。
私は金縛りにあったように声が出てこず、ただそっと身を引いて、カーテンを閉じます。シャッという音が短く響き、それが凄まじく大きな音に思えて心臓が跳ね上がります。心臓の音が体中に満ちるように思われます。
やがて、気配が遠ざかっていきました。
私は一分ほど、身じろぎ一つできなかったのです。
そして意を決してカーテンを開けて、さらに隣のベッドのカーテンも開きます。
隣にいたのは、ごく普通の中年男性でした。来客などなかったかのように本を読んでいるところで、突然姿を見せた私に一瞬驚きましたが。そのただならぬ様子に「何か、ありましたか?」と尋ねてくれました。
私が、あの異形のものについて語ろうとすると。
ふいにその男性が悲鳴を上げ、ベッドの中で後ずさりました。
どうしたのかと聞くと、今一瞬、私の顔が目も耳も鼻もない、のっぺらぼうに見えた、と言うのです。
その時、私は悟りました。
あれは、人に話すことはできないのだと。
誰かに言おうとすれば、何かしらの恐ろしいことが起こるのだ、と。
……それから何十年も経ちました。
恐怖が、あるいは呪いが薄れるのに、そのぐらいの時間がかかったということなのか。
ようやく、誰かに話せると思えたのは、つい最近のことなのです……。