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二日目 おすそわけ



二日目 おすそわけ








隣の男、なんだか妙に来客が多い。


そりゃまあ、見舞い客の数なんてものは人それぞれだが、そいつは一日に10人ほども来てる。しかも、誰もが上等のお土産を持ってきているのだ。


「あなたもおひとつ、いかがですか」


見舞いは多めに持って来るのが礼儀という話がある。同室の入院患者に配ることを考えて、だそうだ。

しかし今のところ、この四人部屋に患者は俺と、隣の爺さんだけ。必然、俺だけにおすそわけが回ってくる。


それは本当に豪華だった。俺でも知ってる有名和菓子屋の水ようかん、糖度がおそろしく高いマスクメロン、上等なハムまである。

食べ物ばかりだったが、それも納得だった。その爺さんはおそろしい肥満体だったからだ。かなりの食道楽なのだろう。骨折での入院なのをいいことに、病院食など見向きもせずに食べ続けている。


「ずいぶん慕われてるんですね。会社の部下の方とかですか」


この爺さんは会社社長か政治家か、それなりの大人物に違いないと思った。

だが爺さんは首を振る。


「いえいえ、仕事はもう定年になってます。元の職場の人間も一人も来てません」

「そうなんですか、じゃあ人徳があるんですね、友人も多くて」

「いえ、特に親しい友人はいませんよ」


どういうことだろう? 俺は首を傾げて、詳しい話を聞かせてくれと頼む。


「あれはですね、お見舞いの会なのです」

「お見舞いの会?」

「はい、私はあるグループに属してます。会員の誰かが入院すると、電話で会に知らせます。すると他の会員が手土産を持ってお見舞いに行くのです。5分以上の世間話をするとか、いろいろルールもあります」


なるほど、入院しても見舞いが来ないのは寂しいものだ、だから一種の互助会が作られたわけか、よくできている。


「よければ、あなたも入会しませんか」

「うーん、見舞いが来るのは嬉しいけど、他の会員を見舞わなければいけないのが面倒ですね」


そのシステムだと見舞いに来られるより、他の会員を見舞いに行く機会の方がずっと多くなりそうだ。よく考えると割に合わない。


「いえいえ、実は裏技があるのです」


爺さんはにやりと下卑た笑いを浮かべ、せりだした太鼓腹を揺すりながら言った。


「裏技?」

「実は私、その会に登録してる名前も住所もデタラメなんです。退院したら誰も私のことなんか追えません」


そういうことか、悪い男だ。


「それに私は貧乏人ですからね。とても他の会員のお見舞いはできませんよ」


言いつつ、キャビアをカナッペに乗せて食べている。思えばこの爺さん、この一ヶ月でだいぶ太っているなと思う。フォアグラやら、金華ハム、高級ホテルのビーフシチューの缶詰め、よく医者が黙っているものだ。


「明日には退院です。早朝に出て行かせてもらえるよう頼んでますから、そのまま行方をくらませますよ」

「ま、見つからないように気をつけてくださいよ」


そして俺は爺さんからたっぷりおすそ分けを貰って、満腹になって眠った。


次の日の朝、病室を訪ねる人物があった。

三つ揃いのスーツを着込んだ男である。病室を見回してから言う。


「○○さんの病室はここでしょうか」

「そうです、でももう退院されましたよ」


爺さんの姿はすでになく、ベッドの脇はお土産の空箱で一杯だった。

スーツの男はそのベッドの有り様をじっと見て、ポケットから畳んだゴミ袋を取り出す。片付けるつもりだろうか、律儀な男だ。


「あの方、偽名を使われていたようなんですが、本名は聞いておりませんか」

「さあ、聞いてないですね」

「そうですか、まだ話していただけないもので」


おや、と思い、俺はその男に尋ねる。


「あの爺さんは退院したんじゃ」

「いいえ、転院ですよ。少し離れた場所……山奥の病院にね」


転院だと?


「あの爺さんは骨折で入院したはずでしょう、それももう治ってて……」

「いえ、もう立派な病人でしょう。肥満が酷いし、高血圧に高脂血症。痛風に、腎機能障害の気配もある。まあ一年ぐらい入院していただくことになるでしょう」


どうも話がおかしい。

スーツの男は見舞い品の箱を潰しながら、それをゴミ袋に放り込んでいく。その淡々とした様子にどこか不気味さを覚える。


「あなた方はお見舞いの会なのでは……」

「あの方は何か勘違いされていたようですが」


男は俺を見る。

ぞっとするような目だ。何の感情もこもっていないような、それでいて俺のことをじっと観察するような。


「我々はお見舞いをされたいわけではありませんよ。我々は、誰かをお見舞いしたい者の集まりなのです」

「何だって……」

「人はいろいろに言います。病人を見て優越感に浸りたい変人だとか、弱っていく人間を眺めて喜ぶサディストだとか。偽善者だとか、狂信者だとか。ひどい中傷もありますが、我々は別に構いません。動機など会員の胸のうちだけのことです」

「あの爺さんはどうなったんだ」

「どうもしませんよ、これまでと変わりません。ベッドにゆっくり寝そべって、来客が来て、贅沢なものを食べて談笑するだけです。今は、今後のために住所やら本名やら、色々なことの聞き取りをしている最中ですが」


なんと空々しい言葉だろうか。

その男の語る言葉に真実は何一つ無いような気がした。


彼の顔、無表情でありながらその奥ににじみ出る気配がある。

最後にほんの一瞬、彼は露悪的な笑みを浮かべる。我慢しきれなかったというように。喜悦の笑みが口の端から煙となって漏れ出すかのように。蛇の笑いのように。


「あなたもおひとつ、いかがですか」


と、男が何かを放り投げる。

俺はそれを受け取り、血の気が一気に引くのを感じた。




それは、剥がされた爪だった。



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