眠り石 (創作民話14)
豊後屋の主人――吉衛門は、だれもが知るところの藩内一の材木問屋である。
この材木問屋は吉衛門が一代で築いたのだが、それには生まれ持っての才覚のほかに、商いの裏で極悪非道なことをやってきたことによる。
その吉衛門。
年を重ねるにつれ、毎晩のように悪夢にうなされるようになった。夢枕に亡霊たちが立ち、ひとときも眠らせてくれないのである。
この亡霊たち、みなに火傷のあとがあった。
火事で死んだ者たちである。
――すまぬ、ワシを許してくれ。
夢の中で、吉衛門は土下座をして許しを請いた。
それからも……。
夜な夜な、亡霊たちは夢枕に立ち続け、吉衛門は眠れぬ日々が続いた。
そんなある日。
吉衛門は気になる話を耳にした。
眠り石というご神石を祀る神社があり、その村には石のように眠る者があまたいるという。
――その神社に参拝すれば、ぐっすり眠れるようになるのでは……。
吉衛門はさっそく旅支度をすませ、眠り石を祀ってある神社へと向かった。
神社の境内。
そのいたる場所で、吉衛門は人の形をした奇妙な石を目にした。石のように眠る者とは、まことの人ではなく、人の形をした石であったのだ。
大金を寄進したあと、神官に眠り石なるもののわけをたずねてみた。
「あの奇妙な石は?」
「今はああして石になっておりますが、元はこの地の村人らでして……」
神官は奇妙な石の由来を語ってくれた。
その昔。
人の罪を喰らう悪霊が現れ出て、次々と村人をあのような石に変えてしまった。犠牲になった村人たちをああして境内に集めているという。
「悪霊は、なぜ人の罪を?」
「眠るためです。人の罪を吸いとることで、心の安らぎを得て眠るのです」
「その悪霊、今はいずこに?」
「罪を喰らい眠ったところを、ご神石の眠り石に封じこめております」
「その眠り石というもの、ぜひとも拝見してみたいものだが」
「ごらんにいれましょう」
大金を寄進したせいか、神官はふたつ返事で神社の裏手に案内してくれた。
そこには社の洞窟が掘られており、薄暗い奥にひとかかえほどの石が祀られてあった。
神官が石を指さして言う。
「あれが眠り石です。二度と悪霊が出てこぬよう、こうして神の力を借り封じこめております」
眠り石のまわりには、悪霊を封印するしめ縄が張られてあった。
――あの封印をとけば……。
吉衛門は思った。
悪霊が現れて罪を吸いとってくれる。安らかな眠りが訪れる。
たとえ石になろうとも……。
その夜。
吉衛門は洞窟にこっそり忍び入り、封印であるしめ縄をといた。
するといなや。
眠り石から黒いモヤが現れ出て、吉衛門の体を呑み込むようにつつみこんだ。
――これで安らかに眠れる。
吉衛門はそう思った。
ところがいっこうに眠くならない。
石になることもなかった。
「なぜ眠らせてくれん?」
「オマエの罪があまりに大きいゆえ、すべてを喰うことができぬのだ」
黒いモヤの内から声がする。
「それほどにワシの罪は……」
自分の罪の大きさに、吉衛門はいまさらのように気づかされた。
材木問屋を始めて間もないころ、藩内で町を焼き尽くすほどの火事が起きた。
このとき材木が飛ぶように売れ、店はひとまわり大きくなった。これに味をしめた吉衛門、あろうことか付け火をくり返した。
夢枕に立つ亡霊たちは、これらの火事で死んだ犠牲者。つまり吉衛門に殺された者たちだったのだ。
「これで百年は眠れる」
悪霊はそう言い残し、眠り石に吸いこまれるようにして消えた。
その後の吉衛門。
蓄財の大半を恵まれない者たちに施したが、それでも悪夢にうなされる日々は続いた。
吉衛門に安らかな眠りが訪れたのは、その命が尽きた日のことであったそうな。