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第一王子親衛隊会議




「それでは、第403回、第一王子親衛隊会議を始めたいと思います」


 ぼんやりとした燭台のろうそくの灯りのみの室内に、低い男の言葉が響き渡った。声の主は、暗闇に紛れ姿が見えない。

 その声に追随するように、二人の女の声もこだまする。


「「異議なし」」


 二人の女の了承を得た男の声は、再び空気を低く震わせ言葉を紡いだ。


「今回の議題は、第一王子落馬事件だ。資料はここに」


 そう言って羊皮紙で出来た書類群が、燭台の置かれた長テーブルの上に置かれる。資料の一番上には、幼い少年が可愛らしく笑うスケッチが載っていた。その書類を求めてテーブル端の暗闇から白く細い手が左右から伸び、書類を手に取り再び闇に消えてゆく。

 男の声はそれを確認したのか、書類が消えたタイミングで言葉を続けた。


「書類にある通り、王子が草原で馬を走らせていると急に馬が興奮し、王子を落馬させた」

「……王子に怪我は?」


 女の声――心なしか若干高い方――が低い声に問いかける。資料をめくる音が聞こえることから、該当するページを探している最中なのかもしれない。


「王子に怪我はない。下の地面が柔らかく、草花がクッションになったのだろう。青痣すらない」

「そう……よかった」


 男の声の言葉に、女性の声――今度は、幾分か低い声――が安心したように溜息を吐いた。

 そして男の声は、断言する。


「以上の事を以て、王城の騎馬の殺処分、および王家の所有する馬小屋の取り壊しを決定する」

「「異議なし」」

「異議大有りですよロイヤルううううううううううう!!」




 暗い室内に、突如として大量の光が差す。何者かがカーテンを開いたのだ。

 真昼の日光は、テーブルを容赦なく照らし出す。春の日差しは、明るく健康的なものだった。


「うおっ、まぶしっ」

「きゃっ、もういきなりぃ?」

「ちょっと、声くらいかけなさいよ」


 照らし出されたテーブルの周りに居たのは、高貴そうな衣服に身を包んだ三人の家族。

 そしてカーテンを開いたのはホワイトブリムを頭に載せたメイドだった。


「いやいや、何由緒正しく続く城の厩舎を壊そうとしているんですか、国王様(・・・)!!」


 メイドに怒声を浴びせられた男――国王は歳に似合わず唇を尖らせる。


「いやだって、我が愛しの息子を落馬させたんだよ?全部馬肉にして二度と悲劇を起こさないくらいが丁度いいじゃないか」

「どこも丁度よくありませんよ!一体メイド何人分の給料相当が無駄になると思っているんですか!」


 メイドが声を荒げ国王を諌めると、今度はテーブルの片側に座っていた少女――王女が父である国王と似たように唇を尖らせた。


「でも仕方なくない?少なくとも可愛い王子の乗っていた馬は馬肉にするべきでしょ。罰として」

「それはあまりに非道ではありませんか!?人間だったら一度のミスで死罪にするようなものでしょう……!?」


 メイドが王女に反論すると、次は王女の反対側に座っていた妙齢の女性――王妃が横合いから口を挟む。


「あら、死罪では無いけど解雇はする予定よ?厩舎長をね」

「だから処分が重すぎるんですよーーーー!!」


 メイドは叫び、頭を抱える。

 この行きすぎた王子溺愛会議に一介のメイドが参加するようになったのは、丁度100回目からのことだった。




 何故か暗い室内に集まった王族たちに命じられ、燭台に火を灯し退出しようとした時、メイドの耳にとんでもない提案が聞こえたのだ。丁度現在の厩舎解体のように。

 思わずメイドは口を挟んでしまい、不敬罪を覚悟した。

 しかし、王子に関すること以外なら基本的におおらかなロイヤルたちは、笑って許し、以来会議の一員としてメイドを招くようになる。

 これが、メイドの受難の日々の始まりであった。


 今年で十歳になる第一王子を、父である国王、母である王妃、姉である第一王女は溺愛していた。

 メイドの目から見ても、可憐で聡明なことは分かる。しかし王族の溺愛ぶりは一線を遥かに超えていた。


 ある時は宝石に興味を示した王子のために国庫の半分を使おうとしたり、

 またある時はいつか島で夏休みを過ごしてみたい!という王子のために遠洋の島国へ戦争を仕掛けようとした。


 メイドの意見によってそれらは、一流の職人に作らせたアクセサリーを送ること(職人はメイドが探し出し、交渉の末に格安してもらった)、王家の所有地の湖に人工島を造ること(現在メイドの叔父の手によって建造計画が進行中)へと変わった。最早メイドの手によって国内事業が動いていると言っても過言ではない。


 会議に出席するメイドには決死の覚悟があった。なんとしても王族の暴走を止めねばならないという覚悟が。

 たとえ自身の首が物理的に飛んだとしても、ロイヤルの大暴走は食い止めねばならない。

 なのでメイドは、今日もなんとか意見を別方向へ向けようと努力する。


「その、馬では無く馬具が悪かったのかもしれません。鞍が合わなかったとか……」

「ふむ、では馬具職人を呼び出し処罰するか」


(いかん、これは矛先が変わっただけだ)


 メイドは焦り、別方向へと話の舵を切る。


「そ、そもそも馬肉にしたところで我が国に馬を食べる食文化がありません。そうなれば処理に困るでしょう?止めましょうよ」

「なら、全国民に馬を食べるよう布告を出しましょう」

「あらいいわね。丁度いいから国から馬を根絶やしにしましょうか」


(文化レベルの話になった!?)


 キリキリと痛み出した胃を抑え、それでもなおロイヤルに立ち向かうメイド。

 その目を歴戦の戦士が見れば、死地に向かうベテラン傭兵だと錯覚したかもしれない。


「ぐ、そもそも……」


 王子が操馬ミスをしたのでは?という意見を述べようとしてメイドは思いとどまった。

 そんなことを言えば、流石に死ぬ。

 この場で王子を批判したり技量を疑う言葉を吐けば、解雇ではなく死罪が執行されるだろう。

 必死の思いでここに立っているとはいえ、それは本当に最後の手段でなくてはならない。

 何故なら自分はこの国の最後の防波堤なのだから。


「う、うぅ……し、資料の拝見許可を……」

「はい、どうぞ」


 苦し紛れにメイドは羊皮紙の資料を確認する許可を求める。王女の手によって手渡された資料をめくって、なんとか突破口を見つけようと考えた。

 しかし、資料に書かれた情報には相当な偏りがあった。当時の王子の服装については上着のカフスボタンの製造元まで詳細に書かれているのに対し、騎乗していた馬の名前はなくせいぜいが毛の色くらいだった。


(誰が作ったんだ、これ)


 それでも流石に馬の状況はある程度記されていたので、メイドは必死に読み解く。


 その中で、馬の負った怪我らしき項目がメイドの目に入った。

 右前脚の蹄の裂傷、左前脚の蹄鉄の破損、左側臀部の腫れ。

 メイドは前足の怪我については興奮時に足を思い切り叩きつけてしまったからであろうと考えた。資料には王子の落馬場所のすぐ近くに大きめの石があったと記されており、『当たっていたら国中の岩を全て砕くところだった』と注釈が書き加えられている。メイドは冷や汗を一滴垂らした。

 ならば原因は石なのか?しかしメイドは内心で首を振った。躓いて転んだのならば王子が怪我一つ負わないで済むはずもないし、王家の訓練された馬ならば石ぐらいでは騎手を振り落とす事も無い。


 メイドが気になったのは、左側臀部の腫れだった。

 腫れ、草原、王子のクッションになった草花……花。

 メイドは窓を見上げ、現在の季節を思い出した。


「……こ、国王様!馬が興奮した原因が分かりました!」

「何!?本当か!?」


 メイドの言葉に、思わず立ち上がるロイヤルズ。メイドは一瞬臆するが、それでも退かずに答えた。


「原因は、蜂です」

「蜂、だと?」


 メイドは資料の一点、馬の腫れについて書かれた部分を指し示しながら告げる。


「おそらくこの腫れは虫刺されでしょう。今の季節は春、王子の駆けていた場所が花の生えた草原ならば、蜂がいてもおかしくはありません」


 メイドの推理に、物理的な証拠はない。しかし概ね予測は外れていないだろうとメイドは考えていた。

 実際この季節はミツバチがよく空を舞う。花の蜜を採取しに来たミツバチは、唐突に迫って来た馬に驚き刺してしまったのだろう。そして馬は突如として奔った痛みに興奮し、王子を落馬させてしまった……明確な物的証拠はないが、メイドはほぼほぼこれで間違いないだろうと考えていた。

 間違っていても、最悪構わない。国の財産である数十頭の馬と王城で働く人々の雇用が守られるのならば、蜂には尊い犠牲となって貰う。


「原因は、蜂です」


 念入りとでも言うように、再度繰り返し断言するメイド。

 果たしてメイドの言葉に……国王はこくりと頷いた。


「そうか、原因は蜂だったか」

「確かに、今の季節は春ですものね」

「厩舎長も王子の乗っていた馬は特別大人しいと言っていたから、おかしいと思ったわ」


 それを早く言えよ。メイドは内心でそう思いながら引き攣った笑みを浮かべる。

 そんなメイドを余所に、ロイヤルズ――第一王子親衛隊会議は結論をつけた。


「うむ、では騎士団を総動員して蜂の駆除を命じよう」

「ちょ、ちょっとストップ!わ、私が!私が民間の業者を見つけてやりますからぁ!」


 国の騎士団を動員すれば当然国の警備が薄くなる。再度メイドは必死に説得した。


 こうして、今日の会議も無事終了となった。メイドの活躍によって、今日も人的被害はゼロに収まった。

 しかし会議は週二のペースで開かれるので、きっと数日後には再びメイドの叫びが響き渡るのだろう。






 ◇ ◇ ◇






「……叔父さん、王家裏の森の蜂を全部駆除して来て」

「はぁ!?ちょっと待てお前、俺人工島造ってる途中なんだけど!?ウチの衆を総動員してんだけど!」

「合間でいいから!今すぐ絶滅させてなんて言ってないから!」

「合間でも無理だよ!人工島以外にもいろんな職人探したり他国の書籍を買い求めたり美しい牡鹿を狩りにいったりお前に言われたことこなしてんだからさぁ!俺の部下たち過労死寸前だよ!」

「いやホントまじでお願い!この国の危機なんだから!」

「蜂が!?」

「蜂が!!」

「どんな国だよここ!!」



「私が、一番言いてぇよおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 






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