後編 ~ドリアン、覚悟~
「なっ……!?」
思わぬ鬼の言葉に驚愕するドリアン太郎。そんな彼をどこか憐れむように、鬼はゆっくりと語り始めました。
「この世界には、フルーツから産まれる『果人』という種族が存在する。お前や、この私のようにな。ここ鬼ヶ島は、その異常な出生により迫害されてきた果人達が流れ着いた島なのだ」
「俺とアンタが……同じ……?」
鬼は先程までとは打って変わり、ドリアン太郎に優しく語りかけます。
「様々な種類の果人がいるが、私もお前と同じ『ドリアン人』だ。家来が動物ばかりなのを見れば察しがつく。お前もさぞや……苦労してきたのだろう」
「……俺は……」
猿達と出会う前、誰にも心を開かなかった幼少期。それは確かに、幸福とは言い難いものです。
「さぁ、お前はもう一人じゃない。私と共に、お前を迫害してきた人間共を見返してやろうじゃないか!」
「鬼さん、俺……!」
しかしその時、D24ドリアン太郎の脳裏に浮かんだのは、彼が生まれてから幾度となく聞いてきた、あの言葉でした。
『やーい! お前の体臭硫黄化合物ー!』
『だって臭いんじゃもん』
『まぁまぁ、臭いのは本当なんじゃから』
「なぁ、鬼」
ドリアン太郎はゆらりと鬼を見据え、ゆっくりと間合いを取りました。鬼は何が起こったのか分かりません。ドリアン太郎の豹変を警戒しつつも、再び猫なで声で話しかけます。
「どうした、私はお前の味方だ……!?」
突如、鬼の肩に走る鋭い痛み。
(これは……!?)
「アンタもドリアン生まれ……成る程な、確かに親近感は湧くよ。だがな……」
鬼の肩に深々と突き刺さっていたのは、茶色く熟した『D24』。
「俺より臭くねぇんだよ! てめぇッ! 『モントーン種』だなッ!!」
「チッ……!」
ついにドリアン太郎の怒りが限界に達しました。体は真っ赤に燃え上がり、頭からはドリアンの棘のような角が生え始めています。
(『覚醒』! クソッ、このタイミングでか……!)
「婆さんから聞いてたぜ……近年品種改良によって生み出された、比較的臭いの弱い品種、モントーン……!」
ドリアン太郎は両手にD24を具現化し、鬼の如く斬りかかります。
(しかしコイツ、一体今の話の何が逆鱗に触れたのか……)
「交渉決裂……ッ! 良いだろう! 誰がこの世の王か……存分に味わうと良い!」
「ハッ、笑わせんな! この世の王だぁ? 俺らはどこまで行っても所詮『果物の王様』なんだよ! 井の中のドリアンがッ!」
『悪魔の果物』、『熱帯果実の魔王』など、様々な異名で呼ばれるドリアン。中でも『果物の王様』という名は、その昔精力増強の為に国王が食していたことに由来するとも言われます。
「どうした! モントーン様の力ってのはそんなもんか!?」
D24の乱舞を捌くので精一杯なのでしょうか、鬼は攻撃をしてきません。
「フフッ、まさか貴様……自分が『押している』とでも思っているのか?」
「なっ……!? クッ!」
鬼が不敵な笑みを見せた次の瞬間、ドリアン太郎の額から汗が吹き出します。
「《ドリアンバースト》!!」
鬼を中心に無数のドリアンが放たれ、一瞬にして跡形もなく吹き飛ぶ壁や天井。至近距離でドリアンバーストを喰らった太郎は、一体どうなってしまったのでしょうか。
(今の手応え……)
「仕留め損ねたか」
バーストを受ける刹那、ドリアン太郎は本能によって彼の能力であるDurianを発現し、鬼の攻撃から身を守ったのです。
全身を硬質の外皮で包んだドリアン太郎は壁を突き破り、瓦礫の下に身を隠していました。
(なんだこれ……? 防御壁にはなってくれたが、もう一度アレを防ぐのは恐らく無理だな……)
Durianは既にボロボロにひび割れ、鎧としての効果が格段に落ちいているのは明白です。
しかし現在、状況が芳しくないのはドリアン太郎だけではありませんでした。
(ドリアンバーストを防がれるのは想定外……! ドリアン100グラム当たりのエネルギー量は133キロカロリーだ。恐らく私も奴も、今の大技でエネルギーは残り僅か……!)
鬼は細心の注意を払い、隠れているドリアン太郎を探します。
(焦るな……奴が狙っているのは不意打ちだ。五感を研ぎ澄ませ……経験では圧倒的にこちらが上! 一発目を避ければ私の勝ちだ!)
(もう少し……奥へ……)
一歩、また一歩と進む鬼。
踏み砕かれた材木が立てる乾いた音。視界の端の、微かなブレ――。
「――フッ!」
鬼に向けて放たれた最後のD24は、奮闘虚しくその頬を掠めることしかできませんでした。
「不意打ちに二度目は無い……だったかな? さあ、終わりにしよう」
絶体絶命のドリアン太郎。完全に位置がバレた彼は瓦礫から抜け出し、鬼の前にその身を晒します。
「何か言い残すことはあるか?」
しかし、ドリアン太郎の目は、まだ死んでいませんでした。
「あるかもしれないぜ? 二度目の不意打ち」
「……カハァッ!?」
どうしたのでしょう。鬼は頭を押さえ、力無くその場に崩れ落ちてしまいました。
揺れる視界の中、鬼の目に映ったのはパッカリと割れた一つの『モントーン』。
「狙ったのは私ではなく……木か……!」
「足元に気をとられ過ぎたな。しかし、余りに迂闊だぜ……事もあろうに、ドリアンの木の下を歩くなんてよ」
ドリアン太郎の不意打ちは鬼ではなく、島に生えたドリアンの木を狙ったものでした。射出されたD24は木に命中し、上に実っていた一つのモントーンが鬼の頭に直撃したのです。
「さ、最後に聞かせてくれ……何故貴様はあの時……あれほどまでに怒ったのだ……?」
鬼の問いに、ドリアン太郎は静かに答えました。
「その程度の匂いしかないお前が、迫害だ何だと喚いてやがったからだよ。世の中お前よりよっぽど苦労して、凄い名前付けられたりして、それでも腐らず生きてる奴等が大勢いるんだ。生まれを呪うのは自由だ。だがお前はそれを理由に、あろうことか開き直って悪事を働いた……お前の魂は、ただの悪鬼だよ」
鬼はハッとしたような表情を見せると、どこか満足そうに気を失いました。
「ドリアンみてぇに甘くねぇんだ……この世界はな……」