前編 ~ドリアン、始動~
むかーしむかし。あるところに、たいそう仲の良いお爺さんとお婆さんが住んでいました。
ある日のこと、お婆さんがいつものように川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこと大きな果実が流れて来ました。
「むむ? あれは……」
お婆さんは思わず手を止めて、流れてくる物体に目を細めます。
「ハッ! D24じゃ!」
ドリアンでした。
硬くトゲトゲとした茶色い皮に、強烈で独特なこの香り。ドリアン以外にあり得ません。若い頃に東南アジアを旅していたお婆さんは、一目見ただけでその品種まで言い当ててしまったのです。
「これは良いものを拾ったのう、きっとお爺さんも喜んで……臭っ!」
お婆さんはドリアンを抱え上げると、せっせと家まで運んで帰りました。
巨大ドリアンをドスンと置くと、お婆さんはホッと一息。しばらく休んでいると、山へ柴刈りに行っていたお爺さんも帰ってきました。お爺さんはドリアンを見るなり、目を丸くして驚きます。
「今帰ったよ……臭っ! なっ、なんじゃこれは?」
「さっき表の川で拾ったドリアンですよ、お爺さん」
なるほどと納得し、まじまじとドリアンの状態を調べるお爺さん。
「D24か……わしは猫山王が好きなんじゃがのう」
ドリアンの品種は数十とも数百とも言われ、それぞれに味や匂いの違いがあります。お爺さんもなかなかのドリアンマニアのようですね。
「でも見てくださいなお爺さん。ほら、もう外皮にヒビが入っとる。よく熟している証拠ですよ」
巨大ドリアンの色は茶色に近付き、形も綺麗。申し分のない品質です。
お婆さんは食べ頃を見逃しません。早速台所から包丁を持ってくると、皮に走ったヒビに突き刺し、力一杯切り開きました。
「えいっ! あっ臭っ!」
ドリアンはひび割れに沿って、パッカリと五つに分かれます。普通であれば、それぞれに黄色い果肉が入っているはず……が、なんと言うことでしょう。この巨大ドリアン、その内の一部屋に入っていたのは、元気な男の赤ん坊だったのです。
「オギャア! オギャア!」
「ひえぇ……臭っ!」
「婆さんや、この子はいったい……クッサ!」
突然のことに、思わず腰を抜かしそうになるお爺さんとお婆さん。しかし子供のいなかった二人は、手を取り合って喜びました。
「婆さんや、この子はきっと神様からの贈り物じゃよ。いやしかしクッサい」
「そうですねぇお爺さん。臭いけど……二人で大事に育てましょう」
ドリアンから産まれた赤ん坊は、お婆さんによって『D24ドリアン太郎』と名付けられ、この家で育てられることになりました。
D24ドリアン太郎はすくすくと成長します。
心無い友達にバカにされても、D24ドリアン太郎はくじけません。
『やーい! お前の体臭硫黄化合物ー!』
『やーい! 飛行機内持ち込み禁止ー!』
「クソ共が……頭にドリアン落ちたらお前ら即死だかんな……」
ドリアンの木は15メートルを超える高木です。その上部に硬いドリアンの実がなるので、下を歩くのはとっても危険。
『やーい! ビタミンB1の含有量トップクラスー!』
「なんでコイツらそんなに詳しいの?」
なんやかんやでD24ドリアン太郎は健やかに育ち、立派な青年になりました。
そんなある日、D24ドリアン太郎はある噂を耳にします。それは近頃、近隣の村で『鬼』が暴れて人々を苦しめているというものでした。
「ふーん……かわいそ」
「D24ドリアン太郎や。ここは一つ、その鬼とやらを退治しに行ってみんかね」
お爺さんの意外な言葉に、D24ドリアン太郎は吃驚仰天。意味も分からず聞き返しました。
「はっ? なんで俺が?」
「だって臭いんじゃもん」
「鬼か!」
つい興奮し、お爺さんを口汚く罵ってしまったD24ドリアン太郎。横で見ていたお婆さんが間に入り、彼を優しくなだめます。
「まぁまぁ、臭いのは本当なんじゃから」
「デリカシーの欠片も無ぇなコイツら」
「それに太郎や、わしは昨日お前のために餞別をこしらえておいたんじゃよ」
「す、既に追い出されることが決まっていた……」
そう言って、お婆さんは小さな巾着袋を手渡しました。
「ドリだんごじゃよ」
「『ドリだんご』!?」
袋の中にはお婆さんが丹精込めて作ったドリだんごがギッシリと詰まっています。
「知っての通り、ドリアンには高い疲労回復効果があるからのう。旅のお供にはピッタリじゃろうて」
「知らねぇよ……いらねぇよ……」
こうして二人の期待を背負い、D24ドリアン太郎は鬼退治に出発しました。
「覚えてろよ……無駄に長生きしやがって……」
せめて旅のお供が欲しかったD24ドリアン太郎でしたが、村人全員に断られたので自由気ままな一人旅。人付き合いなど気苦労が増えるだけだと自分に言い聞かせます。
「つーかそもそも鬼って何処に……んっ?」
ブツブツと歩いていたドリアン太郎は、前方に一匹の猿を見つけました。
「畜生か……物言わぬコイツらなら俺を傷付けることも無いってか。コイツ俺の家来になんねぇかな……なんつって」
「臭っ……食べ物をくれたら家来になりますウキー!」
「なにこの猿こわい」
ドリアン太郎は喋る猿を見るのが初めてでした。
少し戸惑ったドリアン太郎でしたが、折角なのでとお婆さんに貰ったドリだんごを差し出します。
「えっなにその……クッサ! ヤメロォ! それを近付けるなウキィ!」
「良いだろう。ただしこれを食べさせられたくなければ、俺の家来になるんだな」
ドリアン太郎はノーコストで家来を手に入れ、ホクホク顔で旅を再開します。
「俺の名前はD24ドリアン太郎ってんだ。よろしくな」
「キラキラネームってレベルじゃないっすね」
「おい、語尾の『ウキー』ってやつどうした」
猿と世間話をしながら歩いていると、今度は一羽の雉に出会いました。
「ドリ太郎さん、鳥いますよ鳥」
「おっ、良いね~。ちなみに俺は塩派」
二人は雉を捕まえるため、陣形を組み直します。
それを見た雉は、あわてて命乞いを始めました。
「ど、どうか命だけは! 家来にでもなんでもなりますから!」
「なに、家来になりたい? そうだな……ではこのドリだんごを食べたら家来にしてやってもいい」
ドリアン太郎はそう言うと袋を開き、ドリだんごを一つ取り出して雉に与えました。
雉はその腐った玉ねぎのような臭いに悶絶しますが、背に腹はかえられません。意を決し、ドリだんごを口に放り込みます。
「ウゲエエ! ……あれ? これいける!」
「えっ?」
「濃厚な……まるでクリームチーズのような舌触りに、ほんのりとした甘み……! あの強烈な香りとのギャップが更にグッド!」
ドリアンの味は、食べた人によって大きく賛否が分かれます。
一口目でギブアップする人もいれば、逆に病み付きになってしまう人もいるのです。これは当然個人の好みもありますが、実はドリアン自体が当たり外れの大きい果実であることも原因となっているようです。
流石はお婆さん、最高に質の良いドリアンを目利きしていたようですね。
「てかさ、鳥にドリアンって大丈夫なの?」
「食わせたあとにそれ言うとか、ドリ太郎さんマジ鬼っすね」
「さぁ……あっ、でもたしかアボカドは無理ですね。『ペルシン』が駄目だそうで」
「あー、でもたしかあれ人間以外大体ダメっしょ」
(なんでどいつもこいつも無駄に博識なんだ……)
ますます賑やかになったチームドリアン。鬼がいそうな気がする方向へ歩いていると、今度は一匹の犬に出会いました。
「どうも! 食べ物くれたら……ウグッ!?」
「えっ?」
犬はそう言って、何故かその場にバッタリと倒れてしまいました。
「し、死んでる……」
「ひょっとして嗅覚鋭いから的なっすか!? パネェ!」
「この香りの良さが分からないなんて、可哀想に……」
また家来が増えると思っていたドリアン野郎も、これにはガッカリ。
その後一行はなんやかんやで情報を入手し、鬼が住むという鬼ヶ島へとたどり着いたのでした。
※ドリアンの匂いで犬が死亡するという事実はございません。ご安心ください。