月明かりと殺人鬼4
ナイフを振りかざした時起は、まだピクリとも動かない秋人を見て苛立ちを覚えた
お前は違うと思ったんだがな
俺と対峙して笑ってる奴は何度も見てきたが、その笑みのほとんどが、恐怖によって生まれたものだった
俺はそれが好きだったし、その顔が絶望に変わる様を見るために、殺しをしていると言っても過言じゃない
さっきの女だってそうだった、足の腱を切るまで、身体を震わしながら引き攣った笑みを浮かべていた
秋人、お前は少なくともそうじゃなかった
俺が飛び蹴りを止めた後に、お前が一瞬浮かべた笑みはもっとゾクゾクさせるものだった
例えるなら飢えた獣のが獲物をみつけた時の様な。
あれは俺の見間違いだったのか?
いや、そんなわけがない
ここに来る間、俺は何度もコイツを殺そうとした。だがコイツから出るピリピリとした威圧感が俺の衝動を抑えた
一度殺すと決めたから、すぐ行動に起こしてきた俺がだ。
1回ならまだしも、何度も何度も。
止められる度に、嬉しさで笑いが声に出たほどだ
だから戦うのが楽しみでしょうがなかった、
そしてその結果がこれだ
残念だ秋人。
せめてあの月を赤く染めれる様な血をあげてくれ
じゃあな
ナイフを振り下ろした時起の頭の中に秋人は既にはいなく、次誰をどう殺すかを考えていた
秋人の首元に刃が届こうとした
次の瞬間
バッチィィン‼︎‼︎
景色が左に流れていた
自分以外の全てが右に動いていると、認識をしてしまうような
だが、何故地面が迫ってきているのかと、
何故倒れているのかと。
解を見つけるのは簡単だった
そしてそれは俺を駆り立てた。
「おい、戦闘中に敵から目を離すのは感心しねぇぞ」
秋人が立っていた
...!!
「ははっ、ハッハッハッ...ギィィハハハハハァァッ‼︎シュートォォ‼︎‼︎」
「だからうるせぇって言ってんだろ‼︎
...ガッカリさせちまったようで悪かったな
もう大丈夫だ
だから早く立ってくれ
オレは今、戦いたくてしょうがねえんだ」
ゾクッ
そうだその顔だぜ‼︎
さっき見たのと一緒にじゃねえか‼︎
やっぱり見間違いなんかじゃなかった!
ギハハハッ‼︎
「行くぞ、シュートォォ‼︎」
誰かがこれの戦いを見ていたら。
その人は必ずこう思うだろう
これは人間同士の争いではない、と
斬られて笑い、蹴られても笑い
狂気に満ち溢れたその光景は、見る人の背筋を凍らせる事だろう
そしてある事に気付く、この2人は同格ではないと
「おっらァ!!」
「ひゅ〜ッ、まだ威力が落ちねえのか!!
だが遅え‼︎」
くそッ、また避けられた!
「はぁ...ふぅ...」
もう、30回くらい斬られてるか...
フラフラしてきやがった
血を流し過ぎてる。
俺の蹴りはまだ10回も決まってねえって言うのに。
はっ、まだまだ死ねねえ!
「ギハハハ‼︎それ行くぞ‼︎
ふんッ‼︎」
時起が一瞬で目の前に現れ、俺の顔めがけナイフで斬りかかる
みえる..!
見えるが体がついてこねぇ‼︎
言うこと聞きやがれ‼︎
秋人はナイフを躱しきれずに
顔にまた新しい切傷を作る
だが、それを意に介さずに、時起の膝に蹴りを入れる
「うおッ!?」
体勢が崩れ、下がってきた顎に膝蹴りを放つが手で止められ、太ももにナイフを突き立てた
「ぐぁあああッ‼︎クソがあぁ‼︎」
声を上げる事によって、痛みを誤魔化す
「おい、ずっと掴んでていいのかよ!!」
「あ゛?ーーー」
ドコッ!
秋人の拳が時起の顎を捉えた。
衝撃で脳が揺れ、時起がよろめく
「お、おぉ今のは効いたぜぇ‼︎
いいパンチだ‼︎
じゃあこれはくれてやるよ‼︎」
時起は、秋人の太ももに刺さっているナイフから手を離して、拳を作った
「お返しだぁ!るぁあ‼︎」
時起の巨大な拳が顔に迫ってくる
あっ、死んだ...
バッキィィ‼︎
顔面に直撃し、そのまま地面に叩きつけられる
殴られた時に顔の骨が折れ、地面に叩きつけられた時に肋骨が折れた。
「かッはっ‼︎」
肋骨が片方の肺に刺さり、呼吸が出来なくなっていた
「ふぅ、ギハハ...楽しかったぜ、シュート」
俺を一瞥し、林の出口のある方へ足先を向けた時起に、ふざけるなと、俺はまだ死んでないぞと、声を出そうとするが失敗する。
息を吸い込む事が出来ず、むせた。
ごはッ‼︎
ビチャ...
秋人は咳を手で抑えたが、手に違和感を覚え、平をみて絶句する
それは肺に溜まっていた血だった
「もうお前は戦えねぇ、死ぬ。
そんな奴に興味はないし、トドメを刺してやるほど俺は優しくねえ」
ひゅー、ひゅー、と空気の抜けた音が体内から聞こえてきた。
「じゃあなシュート
お前の名前は忘れねえよ」
時起は出口に向かって歩みを始めた
ま、待てよ...!!
立とうとするが立てない
それどころか手に力が入らなくなってる事に気付く
はぁ...終わりなのか...
チッ...あいつ、何が「楽しかったぜ」、だ
嘘が下手くそな奴だ。
勝負になってなかったじゃねえかよ...
地面に力なく寝転び、空に浮かんだ月を見る
秋人の下には、切り傷から出た大量の血で
血溜まりが出来ていた
寒いな...
もう秋だもんな、当たり前か...
それにしても...楽しかったな...
時起と殺りあってる時、
初めて生きてると実感できた。
それで死ねるんだ、悔いはねえ...
ただ、一つ言うなら
あいつと対等になりたかった
対等で殺りたかった。
秋人は目を閉じて、手足を広げて大の字になった
時起よぁ。
地獄でまた会おうぜ、そしたら今度は俺が殺してやるからよ...
月が雲に隠れた