月明かりと殺人鬼3
奴はこんなにもデカかったか?
いや、構えただけだ...何も変わっちゃいねえ。
わかってるはずなのに、身体の震えが止まらない
これが恐怖ってやつか...
秋人は、膝を曲げて重心を下げた
目を凝らし足に力を込めて、奴がどんな動きをしても対応出来るように、その時を待った。
「あん?こねえのか?ならこっちから行くぞ!!」
...くる!!
まただ、なんなんだこの重さ...くそッ!動いてくれよ...!!
時起は構えを解いて、ただ道を歩くようにして距離を詰めてきた。
フッと重圧が消え、悠々と歩く様に
秋人は一瞬、呆気に取られる。
すぐに罠だと気付き、気を入れ直したが、時起には十分過ぎるほどのスキが生まれていた
視界の中の時起の姿がブレて、消えた。
...!?消えッ―――
「お〜、どこ見てやがる?戦闘中に敵から目を離すのは感心しねぇなあ」
背後から声が聞こえるのと同時に、右頬に激痛が走った
「ぐッ!?あああああッ‼︎」
...ッ!?切られたのか!?
あまりの痛さに声を荒げ、地に膝をつけてしまう。敵に背後をとられたままこんなとこをして、更なるスキを作ってしまうのは、秋人も百も承知だったが、意識外からの攻撃とは、その事を忘れてしまうくらい痛いものだった。
秋人は、自分がした事の愚かさに気づく。
すぐさま前方へ転がるように移動し、距離を取ろうとするが、時起がそれを許すはずもなく、ナイフで秋人の背中を二度斬りつけた
「あぁ⁉︎何蹲ってんだよ‼︎」
時起が秋人の腹を蹴り上げた。
秋人の身体は宙に浮かび、そのまま勢いをつけて大木にぶつかった
「がッ⁉︎ハァッ...ハァ...」
何も...見えなかった...
距離を詰めたのも、ナイフを振りかざしたのも、そのナイフが俺の顔を通り過ぎたのも。
あの巨体であのスピード...怪物じゃねえか。
ザッ、ザッ、ザッ...
時起がゆっくりと近づいてくる
何故立たない。何故震えが止まらない。
ザッ、ザッ、ザッ...
コイツは俺が求めてた強者だ。
嬉しいはずだろ⁉︎
何が俺の邪魔をする‼︎
ザッ、ザッ。
足音がすぐ前で止まり、秋人は顔を上げて、時起の様子を伺った。
そこにあったのは、さっきまでの楽しそうな表情でなく、怒りでもない。
あったのは落胆であり、失望だった。
「なんだそりゃあ、死ぬのが怖いのか?
ナイフがそんなに痛かったかよ?
完全にぶるっちまってるぜ?
さっきまであんなに息巻いてたのになぁ。
こんなん殺し合いじゃねえよ。
これじゃあ、あの女と変わらねえ...
少しくらい期待してたんだが、俺も勘が鈍ったな
はぁ、もういいぜ、お前。
死ねよ」
ああそうか、死ぬのが怖いのか。
俺がしてきた喧嘩に、命の取り合いはなかった
相手がどう思ってたかは知らないが
大体俺の方が強かったから、誰かが死ぬことはなかった
そういう戦いに慣れていた。
俺には殺したいって気持ちはわからない
だけど、相手が弱くてガッカリする気持ちはよく知ってんだ。
まさか俺が、誰かにそんな顔させるとは思わなかったが。
だからよ...時起。
悪かった、もうあれこれ考えるのはやめにする
ここが俺の死に場所だ。
俺がお前に殺されるまで、俺はお前を殺そう
それまで楽しもうぜ、命をかけた死合いを。