月明かりと殺人鬼
全身傷だらけで倒れている青年は、もう呼吸すらままならない状況で、肺の中の空気を吐き出すように笑った。
傷を負って熱を持っていた身体は、だんだんと体温を失い、一歩、また一歩と死へと近づいている
だが青年の顔は、これから死にゆく者のそれではなかった
走馬灯。彼が見ているものは、家族でも友達でもなく、先の、およそ戦いと呼べるものではないが、彼が生涯をかけた死闘だった。
――――
コンビニで買い物を終えた青年は、いつもの様に電灯が切れた暗い路地を、鼻歌交じりに歩いていた
車も人も殆ど通らない道だが、寧ろ彼は好んで使用していた
近道というのも理由に入るが、一番はそこが風と自分の出す音以外聞こえないからだ。
だからすぐ異変に気付いた
微かだが人の声、決して穏やかな物ではなかった
男の下卑た声、女のうめき声
気付いた時には、手に持っていた飲料水と漫画雑誌が入ったビニールを放り投げ、走り出していた
声の在り処はそう遠くはなかった、50mほど先の角を曲がったらすぐに見つけた。
最初に目に映ったのは、目測190cmの大男。
そして次に映ったのは、今まさにその男に刃物で首を掻っ切られようとしている女性だった。
彼は走り、飛び上がり、男の顔面めがけに飛び蹴りを放った
その瞬間にそれが入る事を確信した
100mを11秒で走りきる足と、夜陰に乗じて放った全力の蹴りが、外れる訳がないと信じて疑わなかった。
「あ゛?」
男が飛んでくる自分に気付くが、もう遅い。
これからアクションが取れる体勢でも距離でもなかった
が、足が着いたのは顔ではなく、男の手の中だった
「なっ...はァ!!?」
「ふっ!!」
そのままジャージの上から足首を掴まれ、地面に叩きつけられようとしていたが、そこに、つい先ほどまで男に掴まれていた女が倒れていたのが見える
「おっ...らぁ!!」
「うおっ!?」
身体を捻り、なんとか男の手から抜け出す事に成功したが、下には女。
このままだと間違いなくなくぶつかる
心の中で舌打ちをしながら、足を大きく開き、女を跨ぐように着地した
「きゃぁっ!!」
「っだぁ!!...ハァ...ハァ...」
近づいて、触れられてわかった
なんだコイツの身体...ブ□リーかよ!?ってぐれぇ筋肉のかたまりだ。やべぇなこりゃ。
下にいた女の腕を引っ張り少し下がった後
女の肩を掴み
「女!! ボサッとしてんな!立てんならさっさと消えろ! 邪魔だ!! それとも死にてぇのか!?」
「あ...あっ...」
だぁぁ!くそ、腰抜かしてやがる。
コイツが逃げらんねぇんじゃ、どうしょもなんないぞ!
「ギハハ、そいつの足の腱を切ったからなぁ。それで立てって言うなんて、お前ひでぇやつだなぁ?」
男は笑いながら俺を見下ろす
暗くてわからなかったが、よくみると確かにスカートが下だけ血で染まっていた。
これで女がここから自力で逃げるって選択肢が完全になくなった
「それでお前はなんだ!?正義のヒーローか?お?いきなり飛び蹴りしやがって!いい蹴りだったじゃねぇか!!ギハハハ!」
「ヒーローだぁ?んな訳ねえだろ!てめぇこそなんだよその身体、尋常じゃねえ。軍人かなんかだろ!」
「おお、よくわかったなぁ!!
まあ元だけどな。ギハハ」
くそ、やっぱりか。筋肉だけがついた筋肉ダルマなら、あれを止められるはずがねえ
いや、格闘家だろうと、武道家だろうと、止められるもんじゃなかったはずだろ、俺の蹴りは。
俺の目の前にいる奴は、俺が今まで蹴り飛ばしてきた奴らとは別格って事か...
はっ、面白くなってきやがった
はじめまして、終始。です。
のんびり書いていきます。
では、これからどうぞよろしくお願いします。