06 愛から生まれた彼の悪行
私が聞いた拉致監禁事件の詳細はこうだ。
***
ある晴れた春の日。
伯爵夫人からティーパーティーへ招待された私は、彼女のサロンへ向かうため、馬車に乗って邸を出た。
馬車が林道に差し掛かり、しばらくした頃。
事件は起きた。
木の陰から突如現れた賊たちが、御者に襲い掛かり、強引に馬車を止めさせたのだ。
私は黒い頭巾をかぶった賊のひとりに、馬車の外へと連れ出され、黒く立派な彼の馬の上へ抱き上げられたあと、林の奥にある廃墟へ連れ去られた。
賊は廃墟につくと、部屋の中央に置かれた椅子に私を座らせ、後ろ手に縛り上げた。
廃墟の中には私と、私を馬に乗せた賊のふたりきり。
ともに行動していて他の者たちは、一度も中へは入ってこなかった。
それはそれとして。
明らかに違和感を覚えるポイントが二点。
その結果、賊の正体にも察しがいった。
最初は金銭目的の犯行かと思ったけれど違う。
私は、目の前に立ち尽くしている賊を見上げて、うんざりとした溜息を吐いた。
違和感のひとつめは、私が座らされた椅子について。
繊細な彫り物が施されたこの椅子は、不自然に豪奢で、廃墟にまったく馴染んでいない。
わざわざ運び込まれたものであることは、容易に察しがついた。
部屋を見渡せば、埃をかぶって白くなった木製の椅子が転がっている。
それなのに、敢えてこのふかふかにクッションのきいた椅子を、ここに持ってきた理由はなんなのか。
違和感のふたつめは、賊の態度。
彼は気持ち悪いほど紳士的に、優しく、私に接し続けた。
いま両手を縛っているロープは、とても弱々しい力で巻かれていて、正直ちょっとがんばれば外れそうだ。
しかもこの賊は、馬から下ろした私を、びっくりするほど丁寧な手つきで横抱きにしたまま、部屋の中まで運んだ。
椅子におろされたあと、まずされたのも、怪我をおっていないかの確認だったし……。
壊れ物かと思うぐらいの扱いに、正直息を呑んだほどだ。
……あやしい。
あやしすぎる。
こんな薄気味悪い気遣いをしてくる賊なんて、普通いるわけがない。
あの男以外にね!
私を拉致しておいて、そのくせ気持ち悪い感じで大切にしているよアピールをしてくるような相手。
ああ、もう最悪。
「何を考えているのよ!? ロラン!」
怒りを込めて名前を叫ぶ。
「……!」
賊は驚いたように呼吸を止めたあと、そわそわっと体を縦に揺らした。
黒頭巾をかぶっていて、顔が見えなくてもわかる。
今の気持ち悪い動きに、彼の喜びが滲んでいたから。
『どうして僕の正体がわかったの!? あ、そうか! これがつまり愛の力というやつなんだね!』とか言いたいのでしょう!
ロランの気持ち悪いセリフが、あっさり想像できるようになってしまった自分に、心底がっかりする。
実際、黒頭巾の賊は、自分の体を両手で抱きしめ、身悶えるような動きを見せた。
喜んでいる。
気持ち悪い表現で、めちゃくちゃ喜んでいる。
「……とりあえずその頭巾とったら? どうせもう正体はばれているのだから」
提案した瞬間、彼がガバッと頭巾を外した。